魔法の粉
usagi
第1話 地方テレビ局
その店は、蛇行した山道を車で30分ほど上がった山の中腹にあった。
東京テレビ系列、山口放送の編成局長からはこれまで何度も誘われており、社交辞令とは思いつつも隣県で打ち合わせに絡めて、僕は初めて山口まで足を伸ばすことにした。
県庁からタクシーで10分ほど幹線道路を進むと、「YBC山口放送」という看板が見えてきた。3階だての小さなビルにも関わらず、屋上にはビルの3倍以上もあろうかと思われる電波塔が突き出ていて、鉄骨部分には局の名前が巨大な赤字で表示されていた。
このような塔を作らなければいけない全国統一の決まりでもあるんだろうか、と僕は車の窓から眺め考えていた。
僕は東京のキー局で、番組販売=通称「バンハン」の担当をしていた。
東京で作ったドラマやバラエティ番組を地方の系列局の販売するのが主な業務で、地方局の担当者とやり取りするのが日課だった。
入局以来15年間、研修時に半年間総務局に所属した以外は、ひたすら番組を売り続けてきた。
山口放送の正面玄関でタクシーを止め、2000円を支払いお釣りをもらうと、正面に座っていた受付の女性に声をかけた。
彼女は白いシャツに茶色と赤のアーガイル調を合わせ、首に赤いスカーフを巻いていた。
「TTVの田中と申します。」
「高田編成局長と4時にアポイントさせていただいております。」
彼女は立ちあがって深く一礼をすると、答えた。
育ちの良さそうな丸い顔立ちをしていた。
「お待ちしておりました。ロビーでしばらくお待ちください。」
ロビーといえるかどうかも微妙な、2つしかない丸テーブルに腰かけた。
テーブル脇の壁には、新しいドラマの告知、山口のホールで開催されるお笑いイベントの案内、「YBC新キャラクター、ワイふくちゃん誕生」とかかれたB1のポスターや、新しく始まるバラエティ番組の紹介など、色とりどりのポスターが天井から床近くまで一面に飾られていた。
ワイふくちゃんか。
この前は別のキャラクターだったはずなのに、今度はぷっくりとしたふぐがYの形をした杖を持っている新しいキャラクターを推していることに少し驚いた。
地方局の活動はキー局に比べてかなり自由だ。
これに経費をかけられるとはまだまだ余裕があるもんだ、と見つめていた。
ともかく地方局の経営は、規模は小さくとも利益率が高かった。
東京に比べCM単価は格段に安くも出稿枠は満杯で、加えて局主催のイベントの収入、オリジナルキャラクターグッズの販売収入などもあり、地方局の局員たちの待遇は、どこの県でも県内トップクラスだった。おまけに交際費の使用がゆるく、局員たちは地元では大きな顔をしているとよく聞こえてきた。数年前、地デジのシステム導入で大きな出費があった時には、何局かつぶれるのではとささやかれたものだったが、結局どの局も割と調子が良い。
東京テレビでは、ある程度昇進すれば、定年後に地方局の社長として迎えられることも多く、将来的には狙いたいセクションだと思っていた。番組販売のセクションから地方局に行くルートは確立されていたというのもあるが。
今回の訪問の目的は、秋の番組改編の情報公開だった。
資料を渡して少しだけ説明すれば済む話だったので、正直わざわざ来る必要もなかった。
簡単な会議の後はお決まりの接待コースになることが予想された。地方出張は大体いつもそんなものだった。半年ほど出張がなかったので、久しぶりに「ザ、地方出張感」を味わっても良いかと思っていた。
一軒目に地元の食が味わえる居酒屋を行く。
女子アナを含めた5-6人でワイワイやり、二軒目には3-4人でカラオケ付きのスナックへ行く、というコース。
付き合うのは面倒ではあったが、たまにであれば、それなりに楽しいものではあった。
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