エリーゼに捧ぐ剣
@takuaaan
一章 美しき姫君
#01
「……以上、男女3名を、第7王女エリーゼ様の第三期護衛兵として任命する!」
女性の鋭い声が、春先のひんやりとした大気をふるわせた。
時は神歴693年。アストラール王国城内では、新人の護衛兵を迎える恒例の儀式が行われていた。
白い大理石を基調としたその一室は、こうこうと光るシャンデリアによって明るく彩られている。中央には真紅の絨毯が縦横に敷かれ、空間を艶やかに彩っていた。
中に入った者が、思わず居住まいを正してしまうような......そんな荘厳な空気が、その場を流れていた。
その中央には大きな壇上がある。そこに立ち号令を発しているのは、ひとりの小柄な女性だった。
裾が膝上まで伸びる厚手の灰色の外套をぴしりと着こなし、短くさらさらとした黒髪から真っ白なうなじが覗く。きれいな鼻筋に、くりっとした瞳。しかし、その瞳から放たれる鋭さが、彼女がただの可愛らしい女性ではないことを物語っていた。
その後方には、数名の男性が着席している。同じく灰色の外套に身を包んだ彼らは、年齢も体躯もバラバラである。興味深そうに女性の話に耳を傾ける者もいれば、退屈そうに頬をかく者もいた。
「自らの意思でこの重責を志願し、求める水準を満たした諸君を歓迎しよう。以降、宮内で帯剣する重みを理解するように」
女衛士の命を受けるのは、同じく灰色の制服に身を包み、紅の絨毯の上で直立する18歳の男女たちである。
ある者は野心を。
ある者は決意を。
ある者は覚悟を。
室内に差し込む昼下がりの陽光が、彼らの意思が現れた表情を一つずつ鮮やかに染め上げていく。
彼らこそが、新人の護衛兵であり......この物語の主役たちである。
壇上の女性がすっと顎を上げる。
「訓示は以上。諸君の剣を王家に捧げよ!」
「ハ!」
3人の敬礼が重なる。
今、ここに、あらたな王族護衛兵が誕生したのだった。
--ついに、この時が来た。
敬礼のために胸に掲げた右拳を握りしめ、ヨルダ・ファダレーは高揚していた。
3人の同期たちの中で最も背が高いのが彼である。黒い短髪が似合う精悍な顔立ちで、その茶色の瞳は野心と希望できらきらと輝いていた。
ヨルダ・ファダレー。数々の武官を輩出してきたファダレー一族の子弟である。彼にとってこの任命式は、華やかな一流集団に入るための入り口であった。
王族警護という職務は、武官の役職としてはかなり上位に位置する。武芸の腕のみならず、礼節や知識をも高い水準で満たさなければならないこの職は、例え名家の血筋や推薦があっても容易く就けるものではない。
王城に勤める兵士、衛士と呼ばれる彼らの中でも、最上級の役職である。
--この実績があれば、もう他の輩に余計な事は言わせない。
敬礼の余韻のさなか、ヨルダはそうひとりごちていたのだった。
しばしの沈黙の後、壇上の女性が再び口を開いた。先程より、いくばくか厳しさが緩和された口調になっていた。
「--さて。丁度今、エリーゼ様がお見えになっています。挨拶を下さるとのことなので、失礼のないように」
言葉が終わって一拍後、彼女は一歩下がり、後ろに控える衛士達--つまり、ヨルダ達の先輩にあたる護衛兵の面々と、なにやら短くやり取りを交わした。
次の瞬間、ザ!と壇上の衛士たちが一斉に立ち上がり、左右に整列する。
ひとときの沈黙。自分の心音すら聞こえてくるほどの静寂が場を支配する。
こつ、こつ、こつ、と。
やがて、大理石の床を打つ硬い踵の音が響いてくる。それは徐々に大きくなっていき--
そして、彼女はあらわれた。
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