3.症状

3-1

 ナンシーがマシューと直接対面したのは、その日が二回目だった。初めて顔を目にしたのは医療チームメンバー全員が紹介されたときで、握手をしながら笑顔で名乗っただけだった。一週間前から前頭葉賦活剤の投与が始まっており、各種の心理テストでも有意な変化が観察されていた。面談を通じて主観的な変化を聞きだすのがその日の目的だった。

 ドアをノックして診察室に入ってきたマシューの顔は、十七歳の少年らしく、幼さと大人らしさがないまぜになっていた。

「調子はどう?」

「まあまあかな」

 ぎこちない動作で少年は椅子に座った。表情に不安が表れている。リラックスさせようと、ナンシーは質問を重ねた。病院での生活には慣れたか、なにか不便はないか。マシューは無邪気な笑顔を浮かべて看護師とのエピソードをいくつか述べ、やがて会話の内容は入院生活から一般的な話題へと逸れていった。ナンシーはそれにつきあいながら、千変万化するマシューの表情を観察した。

「音楽の聞こえ方が、変わった気がする」

「どんなふうに」

「耳が悪くなったのかな。うまく聞こえない。ヘッドホンをしても、遠い感じっていうか。膜があるみたい」

 マシューは病室に、ラジオ付きCDプレイヤーを持ちこんでいた。短く刈った黒髪、男性にしては優美な眉。やや面長な顔を斜めにして、考えこむ。

「感情移入できない?」

「そうかな。ああ、そういうことかも。前に好きだった曲を聴いても、同じ感じがしなくて。気が滅入ってるのかなって思ってた」

「生活が急に変わったからね。とまどってもおかしくない」

「先生」

「ナンシーでいい」

「ナンシー、僕が治るってどういうこと?」

「え? なに?」

「なんていうか、頭の病気が治ったら、音楽とか、映画とか、ぜんぶ楽しめなくなるの?」

 しばらく、ナンシーは黙りこんだ。脳裏を過ぎった、いくつかの不適切な回答を投げ捨てる。

「どうかな。楽しみ方は、ひとつじゃないから。無我夢中になって味わうことがすべてじゃない。歌詞の意味を想像したり、他の作品と比べたり、テーマをじっくり考えたり。大人になってから鑑賞の仕方が変わることもあるし。そういう揺らぎは、誰にでもあることなの」

 自分の鼻の頭を見るような目つきで、マシューは黙りこんだ。

「マシュー、いまのあなたは変化にとまどってるだけ。そのうち慣れてくれば、適度に感情移入するコツをつかめると思うわ」

「そうかな」

 ぽつりとつぶやいたその返答には、ありありとした冷たさがあった。

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