第50話 君といるよ

 僕は優香さんのカミソリを持つ手を両手で優しく握った。

 そうして二人の手で握ったカミソリを僕の首元にそっとあてたら、ゆっくりと刃を立て力をこめようとした。

「これで死ねんのかな?」

 薄っすら僕が笑うと優香さんは泣いていた。

「出来ない…出来ないよ。しばらく考えさせて」

 優香さんは手の力を抜いたから、僕は優香さんの手からカミソリを受け取って畳に置いた。


 優香さんが僕にしがみついてきて、懇願するように僕に言う。

「お願い。ねえ私を抱いて。慶太を忘れさせて」

 僕は躊躇ためらった。

 優香さんのことは大好きだ。

 だけど優香さんは慶太の子供を妊娠している。

 そんな女性を抱くことに勇気が出なかった。


「君はホントに僕で良いの?」

「智史くん?」

「こうして抱き合うことも……死ぬとしても。それは、一緒にいるのは僕で良いの?」


「私は智史くんが良い…の」


 優香さんが唇を重ねてきたから僕は受け入れて、激しく求められるままに応えていった。


 僕は優香さんに体を押しつけられながら優しく服を脱がされて、体のあちこちに跡をつけるように口づけをされていく。

 熱くとろけるような心地よさを、優香さんのキスで感じさせられて僕は受け身で快楽に投じていく。


 優香さんは、まだ生きたがっているようには見えなかった。

 まだ生きたいと強く思っていない。

 ならば。

 どうせじきに一緒に死ぬんだったら、いっそ狂ったように情事に溺れたあとでも良いじゃないか。


 そんな気持ちも芽生えてきて、大声をあげて壊れそうになる。

 僕のどこもかしこもがおかしくなった気がした。


 男と女が好きあって、抱きしめあって一つになって。

 大昔からそうして子供を授かり命を繋いでいく。

 僕は命を繋いでいけるかは分からないけど。

 大人になった僕は責任のもてる範囲でなら、体の欲望を満たしても良いはずだ。

 そして心も満たされるだろう。


 僕と優香さんは大人だし、好き合っているんだ。


 今はこの気持ちの良い抱き合いに、夢中になりたい。

 優香さんの心地よさ気な顔と、漏らす吐息に僕は興奮していく。


 ゆっくりと優香さんは自ら服を脱いで、僕に寄り添いキスをして何度も舌を奥まで交わしていった。

 優香さんを抱きしめていたがあくまで僕は受け身で、優香さんは震えながら僕に重なった。

 

 優香さんはあらわになった彼女の胸に、僕の手を導いて上から被せた。彼女の胸は握ると柔らかくて心地よくて思わずそっと口づけた。

 優香さんと僕は裸同士になった肌を擦り合わせて、密着すればするほど気持ちがいい。


 昼の明るい宿の部屋で隠しもしない優香さんの肌は、白く艶めいて透きとおりそうで美しかった。

 

 しっとりと優香さんの肌が汗ばんでくる。彼女の首筋や腰やあらゆるところに、今度は僕の方から口づけては反応を楽しんだ。


 琴美ともずいぶん抱き合っていなかったから、女の人との触れ合う体の心地よさを忘れかけていた。


 まだ優香さんのなかに僕はいれないで最後に聞いた。

 妊娠している女性に激しい行為はすべきじゃないだろうと思った。

 僕はゆっくりと上半身を起こして座って壁に背中を寄りかける。優香さんを僕の上に座らせて正面から抱いた。


 優香さんの耳元に囁く。

 どうか彼女の心に響きますようにと願いながら。

「優香さん。ちゃんと考えてよ。

 そのお腹の子を僕の子として一緒に育てるって選択肢があるって言ったよね?」

 もう一度強く僕は優香さんに訴えかける。

「私が慶太の子を産んで智史くんと育てる…」

「そう。…死ぬなんて駄目だ。赤ちゃんは生きたがってるんじゃないのかい? 僕は君といるよ。ずっと」

 僕はそう言って優香さんの肩を軽く噛んだ。

「あっ…。

 ……もし私の気持ちが変わらなかったら?」

「その時は一緒に終わらせよう」

 優香さんは僕の唇をふさいで、下唇を軽く噛んできた。

 甘い痺れが全身に広がる。

 僕は興奮しきって我慢できなくなっていた。

「優香さんが…いれて」

「…うん」

 優香さんが僕を受け入れてゆっくりと僕は優香さんのなかに沈みゆく。


 僕の一部分を優香さんが包み込み、締め付けられる圧倒的な気持ちよさに心震えながら僕は優香さんのなかで果てた。


 初めてだった。

 こんな気持ちの良い愛撫は。


 どこか儀式のような型にはまった行為ではなくて思うがままに快楽を貪り合っている。


 最高に気持ちが良い。

 何度も優香さんのなかで果てた僕は優香さんを抱きしめながら感動していた。

 僕がこんなに欲望が丸出しになっても優香さんは受け入れてくれる。

 心は開放されていた。

 優香さんは僕の体も心も受け入れてくれる。

 僕はもう優香さんを離すまいと思った。

 二人で生きて行くほうが遥かに素晴らしいことだと僕の方は思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る