アイ*ヒーリング
黒霧奏太
第0話 プロローグ
俺は今、窮地に立たされている。
(なんで……なんで、こうなるんだよ!)
五十数人の生徒と数人の教師たちに囲まれ、凄い形相で見つめられている状態だ。今にでも殺されそうなほどの殺気を放っていて、下手に動くことができない。
助けを呼ぼうにも、ここは学校の端に位置する多目的室。叫んでも誰かが助けにやってくる可能性はないに等しいだろう。
というか、助けてくれる人がこの学校にいない!
この俺こと、相原柊二(あいはらしゅうじ)に逃げるすべはない。
壁に追いやられ、生徒と教師が詰め寄ってきても下がりたくても物理法則には逆らえず、背中を接着させることしかできない。
そうこうしているうちにも生徒と教師はにじり寄ってくる。怖い形相を浮かべ、今にでも日頃の恨みとばかりに襲い掛かってきそうだった。
「……ようやく追い詰めたぞ」
「もう我慢できない。絶対に逃がさないんだからね!」
「大人の本気を甘く見ないことね」
「男としてケジメはしっかり果たさせてもらう」
これの怖いところは老若男女問わず一致団結して俺のことを追い詰めているという状況だ。そして、みんなの恨みを買うようなことを今までしたことがないという点だ。俺はなにもしていないのに追い詰められているのだ。
「俺がなにしたというのだ!」
徐々に距離を縮められ、一メートルを切った瞬間、生徒と教師はなにかポケットから取り出し、俺に向けて構える。
だが、この俺、相原柊二はまだ諦めてはいない。この窮地に陥ってもこの場面をハッピーエンドで抜け出せる笑いあり涙ありの回避劇を知っている。なぜなら映画でよく見るクライマックスに似ているからだ。根本的な解決策などあるわけではなく、とりあえず密集する中を突っ込んでいけばワンチャン逃げられるんじゃね? という甘い発想から来る自信があるからである。
だけど、その願いは包囲網の隙間から現れた屈強な男女によって踏みにじられる。
俺の四肢を四人がかりで拘束され、完全に行動を起こすことができなくなってしまう。
「ちょっ、どこ触ってるんだ!? やっ、やめろぉっ! いやぁぁぁぁぁぁッ! いやぁぁぁぁぁぁっ! 放せッ! おっ 俺に乱暴するんでしょ!? エロ同人みたいに、エロ同人みたいにぃっ!」
大暴れするけどビクともしない拘束。さすが柔道部のエース候補だ。俺のような帰宅部が叶う相手ではなかった。
チクショー! ……、誰だよ! 俺のケツ触ってるヤツはッ!
ウェーブかけながら艶かしく触っている野郎を必死に探している間にも、集団は俺の零距離付近まで迫っている。
「どうか……、い、命だけは……ッ!」
今の俺には命を乞うことしかできない。だけど、誰も聞く耳を持ってはくれなかった。そして、これが俺の最後の言葉となってしまった。
「「「「「「今日こそ代金払わせてもらうからなぁぁぁぁぁッッ!」」」」」」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
放課後の今日この頃。校舎一体に俺の絶叫が木霊した。
………………。
処刑決行後。俺はエロ同人誌の如く事後の姿みたいになっていた。
目の焦点は合わず、涎が駄々洩れの状態でぐったりとしている。
制服は着崩れ、上着はボタンを外され、中のシャツは半分以上のボタンが引き千切られた。ベルトは緩み、ズボンのホックを外され、チャックは全開。下に薄生地の半ズボンを穿いているのが幸いし、パンツのお披露目だけは阻止できた。
しかし、ここからが問題だ。
服の隙間という隙間に小銭やらお札が入ってるということだ。
思春期の子からしたら、ノンストップで性的暴行後に端金を握らされて放置されているという壮絶な光景に見えるだろう。まあ、それは置いといて。
こうなってしまったのは、多分、俺の責任なのだ。
おもに、俺の趣味であるマッサージが原因。
あっ、エロいほうじゃないからね? ガチもんのマッサージ。とか言って……とか裏はないから。本当は? とかもないから。喜ばせるためであって悦ばせるのとは違うからね? 必死なところが怪しいと言われても本当になにもないから。期待するだけ無駄だからね?
とにかく、趣味がマッサージなのだが、俺が軽い気持ちで学園中でいろんな女子やら男やらの肉という肉を揉みほぐしてきたせいか、さすがに引っ張りだこになるのは疲れるので、冗談のつもりでワンコイン程度の金銭を要求したのだが、なぜかみんな払う気満々になり、逃げているうちに今に至る。
そして、なぜか今までのマッサージ代をも出すと全員が言い張る始末。もう俺にはなにがなんだかわからない。
「うっ、おえっ……、誰だよ。俺の口の中に五百円玉数枚突っ込んだ奴は……」
口の中は金臭く、なんなら少しだけ塩気もある。
誰だよ。手汗かくまで握って口に入れたヤツ絶対に許さねぇ!
恨みを募らせながらも、隙間という隙間に詰められたお金をすべて取り出して、購買の袋に集め、身なりを整えて早々に多目的室を後にする。
ざっくりだけど、小銭とお札を合わせて軽く四万円は超えていた。
「うわぁ……、こんなに貰えないよ。あとで特定して全員に——」
おもむろに内ポケットに手を突っ込んでみると折り畳まれた紙が入っており、広げると俺の思考が停止、そして絶句した。
『返そうと考えていたら、次はケツの穴に捻じ込む』
と脅迫文が綴られていた。
「……すぅ」
見なかったことにしようと、そっと内ポケットに仕舞うが、もう一枚折り畳まれた紙が入っており、広げてみると、
『基本料金は絶対に柊二君が嫌がると思うので、最低限のお気持ちは頂いてください。これは暗黙の了解なので、もしこの提案を飲み込まない場合は今日のように強制執行しますので、文句なら柊二君の教室の掃除用具のロッカーにでも手紙置いといてください』
とこれも遠回しに脅迫文が綴られていた。
「……すぅ、みなさんのご厚意に甘えます」
俺はなにもかも諦めた。
冗談でも金銭を求めるんじゃなかった、と後悔するばかりである。
夕暮れになると陽光は、あたり一帯を朱色に染める。窓から差し込んでくる眩い光が薄暗い廊下を照らす。そんな廊下を弱々しく歩き、自分の教室に向かう。
「はぁ……、今に思えば、凄いところに転校してきたもんだな」
転校当時は思っていなかったけど、今の俺なら確信できる。
この学校クセもんだらけである。
アイ*ヒーリング 黒霧奏太 @kugiriya345
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