序章 試練の遺跡 3

 王冠を被った骸骨の長刀は、ロウの油断した隙をついた不意を突いた一撃となって襲い掛かる。

 思わぬ一太刀に体勢が崩れたロウは片膝をつき、好機と見た骸骨たちの一斉の攻撃に真横に飛びこむことで致命傷は避ける事が出来た。しかし、無傷とは言えない傷に、ロウの表情も曇ってしまう。


「…チィ」


 骨たちの攻撃は緩まるどころか激しさを増しており、先ほど砕いたばかりの骸骨も起き上がり始めている始末だ。


 そんな中、飛び出してきた数体の骸骨を砕いてできた僅かな距離は、全体を見渡す事の出来る貴重な間をもたらした。


 この部屋を通りぬける為には何か謎を解かねばいけないらしいのだが、その謎が全く持って分からない。

 つい今まで考えていた事は良い線を言っていたと思っていたのだが、どうやらそれは思い違いだったようで、終わったと思った試練を再び最初からやり直している。


 ─一体何を間違えた?


 どれだけ管会えても脈うつ心臓と痛む頭、さらにはこの状況がロウにその余裕を許さない。


 銭湯の骸骨を転倒させたところに、横から襲ってきた王冠を被った長刀の一太刀を受け止める。


 集団がロウに向けて動き出そうとしており、再び距離をとろうとするが体にいまいち力が入らない。

 骸骨たちの攻撃は回を増す事に激しくなる。


 ─こんなところで俺は死ぬのか? …ふざけるな!


 一方的に無慈悲で理不尽な状況に怒りに震えるが、思ったように動かない体から不意に力が抜けてしまった。


「─マズい──」


 片手に盾を装備した骸骨が真っすぐにロウへと突進してきており、膝をついたロウの体を大きく後方へと吹き飛ばした。


 吹き飛ばされた際、頭を強く打ってしまったらしく、揺らぐ視界は骸骨たちとの距離をまともに図ることが出来ない。


 霞む視界の端に、こちらへ向かってくる骸骨を薄らと確認できるが、体はもう動こうとはしてくれなかった。


 ──こんな…ところで……


 俯くロウの胸の内に、途切れ途切れの走馬灯が蘇る───


 ◆◆◆


 本の匂いに包まれた部屋の中、静かな部屋で一人ページをめくっているロウへと、不意に声がかけられた。


「あ、居た! やっぱりここに居たんだ!」


 黒いショートヘアーに、漆黒の瞳。城の軍服に身を包んだ女性がロウの元へと駆け寄ってきた。


「…何だ、クレハか」


「そんな不満そうに言わないでよ。静かな読書タイムを邪魔した事は謝るからさ~」


 クスクスと笑いながらロウに近寄ってくるクレハと呼ばれた少女は、コーヒーが注がれた紙コップを二つ持って近づいてくる。


「ロウってホントに本が好きよね。確かに勉強には持って来いだけど、頭痛くならない?」


「別に、そんな事はないな。それに特にやる事ねぇし」


「いや、あるよ! めっちゃあるよ! 送られてくる指令書についての調査とか、軍事訓練の宿題とか山ほど……」


「んなもんトキが居れば一瞬だろ。俺より頭良いんだから…なぁ、そうだろ?」


 クレハが来た方向糸は逆の方向に言葉を投げかける。数泊の間を開けた後、本棚の影から、困り笑顔を浮かべた金髪金眼の少年が姿を見せた。


「あちゃー、ばれてた?」


「当たり前だろ。俺相手に隠れようなんざ十年早ぇ。少なくともその手に持ったコーヒーは置いてからくることだ」


「えー、蓋してるのに気付くんだ。その鼻など唸ってるんだい? 機械かなんか埋め込んでるとか、犬の花を植え付けてるとか?」


「んな訳あるか。どこの猟奇野郎だ、それ」


冗談を言いながらロウの正面へ座るときと呼ばれた少年は、コーヒーの注がれたカップの蓋を外すと、図書室一体に芳ばしい香りが充満する。


そんな二人の少年のやり取りを見て、クレハは小さく笑っていた。

手にしたコーヒーをロウに差し出すと、気恥ずかしそうにロウの隣へと座って開かれている本を除きこむ。


「よくこんな細かい字読もうとするよね。私は開いただけで眠たくなっちゃうよ」


「そうか? 少なくともあの禿げ頭の授業を受けるよりかは充実してると思うけどな」


「それについては僕もロウに賛成だね。言いたいことは分かるけど、説明が下手だから聞いてるより教科書読んでる方が速いんだよねぇ」


「うわ、そうやって二人は私を置いていくんだ。これだから頭の良いやつらは。一緒にいると自分のバカさ加減に嫌になっちゃうよ」


「クレハだって似たようなもんじゃないか。僕が三回も落ちた実技テストを一回で突破したくせに。ロウやクレハみたいに恵まれた運動センスをもたない僕は付いていくのに必死だよ」


やれやれと肩を組めるトキは悲しそうにカップに口をつけた。

外は肌寒い季節となっているので、ロウとクレハの二人は温かいコーヒーだが、猫舌のトキはホットコーヒーを飲むのも一苦労だ。

なので、時季外れだとしても一人冷たいコーヒーに舌鼓を打っていた。


「あれは運が良かっただけだよ。元々私が得意にしてた環境が選ばれただけだったし」


「まぁ、水中が舞台に鉢巻の争奪戦がテストになるとは思わなかったからな。得手不得手も分かれるだろ」


「だね。水中じゃ重さも特に変わらないし、それに浮きやすい人ってのは水の中で何するにも強いからね」


「あ、トキ。それセクハラだよ? 訴えるよ?」


「…言葉に込められた重いってのは重いもんだねェ。身に染みて感じてるよ。そうだろ、ロウ?」


「ええぃ、俺を巻き添えにするな。お前が撒いたんだから自分で責任取れ、自業自得だろうが」


「そんな冷たいこと言わずにさぁ。ロウだってちょっとは思っただろ?」


視線を本へと落としたまま何も答えず、沈黙を守り切る。

しかし、クレハにはその沈黙は肯定と受け取られてしまったようで、顔を赤くして口を震わせるクレハは机を叩きながら立ち上がる。


「もう! そうやって二人して馬鹿にして! こっちは年頃の乙女なんだからもっと気を遣ってくれてもいいでしょ!」


「怒んなよ。俺は何も言ってないだろ?」


「それがもう『言ってる』ってのよ!」


「まぁまぁ、痴話げんかは止めときなよ二人とも。落ち着いてコーヒーを飲むといい。確か落ち着かせる何とかって成分が入ってるから…」


「「原因はお前だ!」」


言い合いのキッカケをつくった張本人に向かって同時に突っ込みを入れた。

仲睦まじい二人の様子に満足したのか、トキはカップの中に残っていたコーヒーを飲み干すと、大きく背伸びをして立ち上がる。


「さぁて、そろそろ時間だね。昼一番の授業は残念な事にあの禿げ頭だよ。遅れると面倒くさいことになるから」


「禿げ頭の授業って『集団における集団真理』から始まるっけ?」


立ちあがった時に習う様にクレハも慌ててコーヒーを飲み干して立ちあがり、近くのゴミ箱へとカップを捨てる。


「うん。そして残念なことに今日から戦術授業も彼が受け持ってくれる事になってるはずだよ」


「マジかよ。ただでさえ眠たい授業にあのハゲの言葉なんざ子守唄みたいなもんじゃねぇか」


「まぁね。そしてさらに残念な事に本日の昼からの授業はそんな彼とずっと一緒に取り組まなくちゃいけないようだよ?」


悪戯っぽく笑うトキの笑顔にロウとクレハの二人は疲れた表情を浮かべ、これから起こるであろう退屈な時間を考えると、始まっても居ないのに眠くなってきてしまう。


「しょうがない、行くしか無いか。行こ、ロウ」


差し出された手に誘われるように読んでいた本を閉じる。

クレハが持ってきてくれた飲みかけのコーヒーを一気に流し込むと、熱い液体はロウの喉を焼くかの如く一直線に胃袋へと流れていく。


「あぁ、今行くよ」


短く返した言葉をウケた二人は既に走り出しており、二人の後を追いかけるように手にしたカップを投げ捨てて後を追う。


無人となった図書室に一冊の本を残して───


◆◆◆


「…思いだした」


振り下ろされた長刀をすんでのところで受け止めると、倒れたままのロウは骸骨の足を払って転ばせて、すぐさま起き上がりぞの頭蓋を踏み潰した。


「二本目だ」


先程まで感じていた体の倦怠感はもう感じない。

別の方向からおそってくる骸骨の一撃を撃ち返し、狙うべき目標を探し始めた。


「あの時読んだ本に従うなら、選定の王の剣は二本目だ。とするなら狙う歯ただ一つ───」


選定の剣は姉妹剣。太陽の一振りと選ばれし者への二振り目。

であるならば、狙うのは二本目の剣。双剣や二刀流の剣は二本一対として存在しているので目標とは当てはまらない。

位置を変え、場所を変えて骸骨の集団を見て回った骸骨の群れの中で、二本目の剣を持つ骸骨は一体しかいなかった。


「────」


体力は限界、体は悲鳴をあげているがそれでもまだ動ける。

動けるのなら、まだ諦める状況じゃない。


逃げ回る戦い方を止めて自ら骸骨の集団の中へと向かって行く。

当然、無傷で通り抜けられるはずもなく、全身に生々しい傷が増えていく。それでも──


「おおおおぉぉぉぉお!!」


雄叫びを上げながら突撃したロウの一振りに骸骨は次々に砕け散る。

一番手前に現れた骸骨を砕けば、偶然にも目標の骸骨が眼前へと躍り出てきた。


鎧は錆びつき骨は茶色く変色してしまっている。身なりは周りの骸骨と比べてもまともとはいえず、むしろ汚れている方だ。


正面から向かってくるロウへと振り下ろされる、容赦のない一太刀を下から力任せに切り上げたロウの剣が撃ち砕いた。


無防備となった骸骨の腕を掴んで引き寄せ、足を払って組み伏せる。

倒れた骸骨の腰に差された剣を奪い取り、周りに居る骸骨たちが全方位から老蘇委掛かるかな、錆びて汚れた剣を抜き放つ。


──瞬間、辺りが光に包まれる。


当たりを包んだ光は周囲の骸骨を吹き飛ばし、残りの骸骨たちの動きを止めていた。

抜き放った刀身はガラスとも陶器とも思えるような不思議な材質で、薄らと光を帯びていた。

錆びた柄とは裏腹に、刀身に埋め込まれた五つの宝石は神々しく光を放つ。


刀にばかり目をとられていたが、ふと気が付けばさっきまで追いかけてきていた骸骨たちはロウの周りに近付いてこず、一定の距離を保ったまま近づかず離れずを繰り返していた。


ロウの進むべき道を示す様にホールの中央に鎮座する岩へと道が開かれる。

導かれるようにして進んだ先の岩へと手にした剣を力一杯に差し込むと、再び剣と岩の隙間から光が漏れる。


まさかまた吹き飛ばされると思ったが、今回はそんな事にはならなかった。

光が零れると同時に床に大きな亀裂が走る。岩を中心にほとばしった亀裂はホール全体に及び、立つことすらままならない揺れと共に亀裂は音を立てて崩れ始める。


崩れ始めた隙間から光が零れ、零れた光の隙間から無数の黒い手が伸びてくる。

伸びてきた手は未だに蠢く骸骨を掴むと亀裂の中へと引きずり込んでいく。


その光景をただ見守ることしかできないロウの頭の中へと、試験の始まりを告げた声が再び響いてきた。


【 ススムガイイ ソナタガエランダ ミチノソノサキへ 】


響いてきた声が終わると同時に亀裂から伸びた腕は殆ど消えていた。


安堵の息を吐く吐いて床にへたり込むと、唯一の出口を閉ざしていた柵が消えて無くなる。

正直な気持ちはここでじっくりと休みたいところだが。また骸骨たちと戦闘になっては敵わない。


「また罠が発動されて先頭になるのはごめんだな。…行くしかねぇか」


そう言いながら立ち上がり、ふらつく足取りでホールを出て行く。

一際輝く岩に刺さった剣を残して、暗闇の道へと進み始めた。


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