眠りの祠と嘆きの少女Ⅱ


「く……、クソゲーが過ぎるのでは……?」


 場所は戻って、再びへステルマイムの中央区域です。

 すっかりお気に入りの場所になった巨大きょだい噴水ふんすいの傍ら、レアはうめいていました。なげいていました。

 先程の出来事は、なにかの間違いだろうと思い直し、都市に戻って修理して再び【眠りの祠】でツルハシを使用して、砂利と石ころを入手すると同時に【鉄屑のツルハシ】が破損。

 そしてなにより、それを繰り返すこと——、

 無情にも修理費用の三百ゴールドは積もって、所持金は綺麗さっぱり〝0〟を示していました。でした。

 レアは修理直後の【鉄屑のツルハシ】を眺めて、クエスト続行するか逡巡しゅんじゅんしました。


「——いや、ここで引き下がれる奴は人間じゃない!」


 例えば、ギャンブルの話。

 元手が綺麗さっぱり消える直前になって、撤退てったいを決断できるほど聡明そうめいな人間は、地球上にどの程度居るのでしょうか。

 今まで悪い方へと傾いていた分、確率が収束すること願って前に進む——。

 比較的ネガティブな人が多いはずの日本人ですが、大半の人がそう考えるのではないでしょうか。

 もちろん、レアもその多数派の一人で、

 というか、そもそもここでツルハシを温存する利点もありません。

 使い道が明確にある内に使っておく方が、むしろ賢いのかもしれません。


「でも、やっぱり運がないのが悪いと思う。……、私じゃなくてこのキャラクターの」


 レアは自分の身体——、とはいっても立体映像ですが——、をいぶかしそうに眺めます。もちろん脇の下にも、お尻にも、何か付いているわけではありません。

 付いているのはせいぜい、頭上に生えてる角くらい。   

 自分の体質をキャラクターのせいだと決めつけるレアは、再びステータス画面を確認しました。

 ログアウト前に確認し、少し気になったもの。

 ボーナスポイントです。

 なんとなく察しは付きそうなものですが、念の為にヘルプで確認。

 調べてみると、案の定それは、自由に割り振れるポイントのようです。

 種族毎に特徴とくちょうや傾向があるのかは不明ですが、《TCO》では基本的にステータスがランダムで上昇します。

 この仕様によって、このゲームにおけるキャラクター育成には、運の要素が大きく絡んできます。


 例えば、魔法使いになりたいのに〈STR〉ばかりが上昇してしまうと、そのキャラクターは絶望的です。

 魔法を詠唱えいしょうするより、杖で相手を殴打おうだする方が強力になってしまいます。

 それでは同じように〈STR〉が上昇した近接戦闘に特化した職業に勝てませんし、なにより本末転倒というものです。

 その点、自由に割り振れるボーナスポイントは確かにありがたいシステムですが、かといって、不必要な項目にステータスが割り振られてしまうと、他のプレイヤーに比べて一段劣ってしまうことでしょう。

 もっとも、レアは特にその辺りにこだわりはありません。

 貴恵や涼花のような〝ガチ勢〟とは分野も意識も違います。


「〈STR〉は筋力で、〈DEF〉は……、なんだろう。防御力……?《FVW》では〈VIT〉だったはずだけど……」


 分からない項目は、その都度ヘルプウィンドウで照らし合わせ、確認していきます。


「おぉ、やっぱり防御力か。〈INT〉……、魔法の攻撃力って感じだね。〈RES〉はレジストで魔法防御力か。物理と分けられてるのは珍しいかも?〈DEX〉は器用さ……。生産職関係ではなくて一部の近接ジョブの攻撃力に直結……。難しいな。〈AGI〉は……、アジリティー。なんだそれ、よく分からん」


 レアはステータス画面とヘルプを交互に開いて、ぶつぶつと呟いています。

 そんな様子を遠巻きに見て、周囲のプレイヤーから注がれる生温かな視線。

 これが屈強な男性キャラだったら、さぞ気持ち悪がられたことでしょう。


「〈LUK〉ね。はい、はい、はい、はい。これは流石に私にも分かるよ!」


 自信満々なレアがパチンと指パッチンを一つして、


「——ずばり、〝ルックス〟でしょ!」


 ボスモンスターに致命打を与えたような痛快な表情で、鼻を鳴らしました。これ以上ないくらいのドヤ顔です。

 〈LUK〉はlucky(ラッキー)の略称であり、looks(ルックス)とはつづりが違います。

 もちろん微塵も合ってませんし、掠ってもいませんが、本人は満足そうでした。


「ま、見た目は大事だけど今は違うね。それで最後は……、〈FAI〉? なにこれ? 信仰?」


 ヘルプの説明はざっくりしたもので、〝特定ジョブにおける効果発動の影響力上昇など〟としか書かれていません。


「信仰ってことは……、神様に関するなにか……?」


 レアは少し考えて、気付きました。


「……、あっ! じゃあ、これが運気が上がるステータスってことだ!」


 〝違うよ〟などと、わざわざ親切に教えてくれる人は、どこにも居ません 。


「よし、神様に祈ろう!」


 そしてレアは禁忌きんきおかしてしまうのです。

 空間ウィンドウに投影されたステータス画面の右に付いている矢印、〈FAI〉の上昇を長押ししました。

 これは所謂いわゆる——、〝極振り〟と呼ばれる行動です。

 主に、キャラクターのステータスを自由に振るシステムが採用されているゲームでの行動で、上昇させるステータスを一つの項目に絞り、何か一つの分野に特化した、とがったロールプレイをのことを指しています。

 

 しかしこの極振りにはもちろん弱点、というか、大きな欠点が沢山あります。

 例えば攻撃力に特化した場合、確かに相手に与える一撃のダメージは強力無比なものになりますが、非常に打たれ弱くなってしまい、せっかくの攻撃力を活かすことは困難です。

 魔法などの遠隔性能えんかくせいのうを持った攻撃に特化すれば、相手の攻撃範囲の外から一方的に強力な攻撃をできるので、多少は実用的ですが、これも所詮は集団戦——、味方に守ってもらって初めて成り立つものなので、あまりにもピーキーです。

 ゲームの仕様によっては、一撃の攻撃力に特化して、道具やスキルなどで隠密性を追加し、〝影の暗殺者プレイ〟なることが出来たりと、一概いちがい愚策ぐさくとは言えませんが——、


「これでツルハシ君も折れないね!」


 ゲームへの理解力がとぼしい初心者には、いばらの道となることでしょう。

 元々一番高い数値を誇っていたレアの〈FAI〉は、18から24に上昇しました。

 しかし、ある程度平均的に自動でステータスが割り振られる〈TCO〉の仕様が功を奏したと言えます。

 でなければ、今頃レアの他のステータスはバリバリの完全初期値になっていたはずなので。


「さぁ、リベンジの時間だ!」


 信仰の値が筋力の実に三倍もあるという、〝信仰ガン振りプレイヤー〟と化したチビ女は、嬉々として【眠りのほこら】にやって来ました。

 今回もNPCは留守なようで、誰も居ません。

 なんというか、現代には珍しい、ホワイトな企業なんでしょう。

 レアは気合を入れてそでまくり、


「いくぞー!」



『 【砂利】、【石ころ】を入手した。 』



 親の顔よりも見たシステムメッセージと、

 パリーン——。



「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



『 【鉄屑のツルハシ】の破損ブロークンが確認されました。 』



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


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