ゲームスタートⅠ


「……むむっ」


 まず初めにレアが感じたのは、尋常じんじょうではない違和感でした。

 目の前に広がる景色は新鮮で目新しいものですが、その膨大ぼうだいな情報量をはるかに上回る違和感です。

 まるで異世界にきたような景色の変化を超える、あまりに強い違和感。

 何かが、おかしいのです。

 より正確に言い表すなら、周囲の建造物や人が、一回り大きくなったような感覚——、でしょうか。

 ……というより、これは、もしかして、自分が小さくなっている?


 レアは考えます。

 身体の感覚自体に違和感はなく、昨日まで使用していたVR装置に比べても没入感はかなりのもの。

 現実世界とも、ほとんど遜色そんしょくはないように思えます。

 ……、という点をのぞけば。

 地面に両手両膝りょうてりょうひざを付いて、組体操のピラミッドのようにつんいの姿勢を取ると、このくらいの視点の低さになるのでしょう。


「?」


 疑問は尽きませんが、考えていても仕方がないので、レアはとりあえず歩くことにしました。

 さいわいにも開始地点は草原や山の中ということもなく、街の中のようです。

 を器用に動かしながら、移動を開始。

 道行く人垣ひとがき隙間すきまって通り、ようやく見つけたガラス張りの建物に視線を向けます。

 そして——、


「わぁぁぁぁぁぁあああああああああ⁉ なんじゃこりゃぁぁあああああああ!」


 そこに映っていたのは——、四足歩行する動物。

 体表を隈なくおおっているのは——、白い毛皮。

 それも——、とても——、モコモコとした。

 ひつじ。ヒツジ。羊。

 どこからどう見ても——、ヒツジ。

 寝れないときに数える——、ヒツジ。


「えっ、えっ、えええええええええええええええええええっ⁉」


 世間の人達は想像したことがあるのでしょうか。

 自分の身体がヒツジになっている感覚を。

 レアはありませんでした。

 実際に体感してみると、とてもおどろくものです。

 仮想現実内でHPを全損させ、初めて〝死〟を体感した時と同じくらい驚きました。

 

 それから一頻ひとしきり騒ぎまくって、レアが落ち着いたのは数分後のことです。

 冷静になって辺りを見渡すと、物凄い数のプレイヤーがあふれています。

 その姿はファンタジーの王道であるエルフやドワーフ、背丈が二メートル以上ある大男や、鋭い牙を覗かせた長身の女性。様々です。

 レアは、今更ながらに新たなゲームの世界に来たことを実感させられました。

 中にはレアと同じように、自分の姿を確認して驚いている動物の姿も少なからずうかがえました。

 どうやら、彼らは初期種族を〈獣人種セリアンスロープ〉に設定したプレイヤーのようです。

 獣人じゅうじんという言葉から連想される、獣耳と尻尾が生えた人間——、と、そんなイメージを超えて、なにやら完全に動物そのものの素体そたいです。

 

 既存のVRゲームは、その全てが人間視点——、つまりは〝人間を操作するもの〟しか存在しませんでした。

 例外として、一昔前にプレイヤーがゾンビとなって人を襲うゲームが話題を呼びましたが、前屈みのゾンビ歩き縛りという制約がある他、特に人間であることと遜色がなかったそうです。

 

「……あ」


 ふと、レアの中に一つの欲求が生まれました。

 短い四肢しし懸命けんめいに動かし、もぞもぞと身じろぎします。


「んっ、んー。んーーー」


 挙動不審なヒツジがそこには居ました。


「くそっ! このモコモコを自分では触れないなんて!」


 短い四肢で自分の毛皮を堪能たんのうするのは、少し難しいようです。

 そして、そんなレアのかたわらで、


「初心者かな?」

「そりゃ、今日発売されたゲームだし全員初心者だろ」

「じゃなくて、VRゲームの、だっての」

「あー、なるほ」


 周囲から、やや温かめの視線が注がれます。

 失敬な。私、これでも結構VRゲーム歴はそれなりに長いんですけど!


「……」


 レアは思いましたが、思うだけに留めました。

 人見知りなので。 積極的に他のプレイヤーと交流を持つタイプではありませんし。

 ……さて、これからどうしよう。

 ようやく落ち着いて考えようとした時——、

 ポンっ。


「およ?」


 何かが弾んだような音。

 通知音と共に、文字媒体もじばいたいの個人メッセージが届きました。

 それを開こうとすると、更に二つ。

 ポンっ、ポンっと、小気味よい通知音がリズミカルに響きました。


「んー? どちらさーん? なーに?」


【from: ekidona.0410@yanoo.co.jp】

いきなり強そうな敵に突撃したりするなよ(笑)

【from: rook.suzu@gogoll.co.jp】

危険行動絶禁

私必要時早急呼

【from: yuuuuuri.nightmare.demon@gogoll.co.jp】

こんにちは。

これから三人で、ジョブ解放のクエストを進めることになりました。

レアも一緒にいきませんか?


 上から順にエキドナ、ルーク、バエルからのメッセージでした。

 正確には、それらは《FVW》での彼女達のプレイヤーネームなので、正確には、貴恵きえ涼花すずか遊里ゆうりからのメッセージと言えます。

 メールアドレスで連携している為、ゲームにログインしてさえいれば、フレンド登録していなくても連絡が取れる仕様です。

 というか、なにやら約一名日本語を使用してない人が居ますが——、レアはスルーしました。


「くっ……! みんなして私をダメ人間の道に引きずり込もうなんて! そうはいかないぞ!」


 レアは読み終わったメッセージを空間ウィンドウと共に、ポイっと消し去りました。被害妄想でした。

 そもそも、ファンタジーゲームで無理をするなとは、何事だ!

 無茶振りにも程がある!

 レアは短い前足で地面の小石をって、


「……。でも、困った。そろそろ人間になりたい」


 妖怪人間のような独り言。

 半獣半人——、獣人を基調きちょうとしてデザインされたセリアンスロープが、四足歩行の獣のままということは流石になさそうですが、依然いぜん、人型になる方法は不明です。


「……仕方ない。これだけみんなに聞いてから頑張ろっか……」


 自分にそう言い聞かせ、レアはメッセージの作成画面に入り、


「――いや、ダメダメ! 少しだけって甘えたところから、誘惑は人の身を蝕んでいくのだ!」


 寸でのところで踏みとどまり、自分を奮起ふんきさせました。

 今回のレアは、意識が高いです。とても。凄く。


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