It's not half bad.

夢見 和

夢でみたのは

 夢を見た。

 人間関係に悩み、進路に悩み、家族に悩み、世界に悩む。

 優しさとは何か。自己犠牲の先に何が待っているのか。


『どうかした?』


「…私は、私には未来があるのか、不安でたまらないの。」

 誰かにこぼした独白。だが、その誰かは、ちゃんと返事を返した。


『そっか。そりゃそうだよね。一寸先は闇。見えるのは過去だけ。未来に何が待っているのかわからないから、先に進むのは怖くてたまらない。…私もそうだった。』


「…大人はみんな言う。頑張れば未来は明るいって。本当にそう?ニュースを見ても新聞を見ても、何も大丈夫なところがない。大人になっても、誰かがしくじればそれをみんなで叩く。子どもと何ら変わらない。…大人って何なの?」


 ずっと、抱えていた。社会に出ればきっと自由に耐えなくてはならない。自由を謳いながら、他人の自由を許せず、そのくせ自らの自由を損なわれると反発する。たしか今日も週刊誌にアイドルの熱愛報道が流れて、ネット上は騒いでいた。

 叩く方も、それに反発する方も、馬鹿らしい。


『そうだね…大人になってからわかったけど、結局人は変わらない。子どもの時の記憶は、大人になってからも無意識の中にあり続ける。…今も昔も変わらず、大人たちは言うんだ。昔はこうだった、て。』


「未来を見てない大人が子供に未来を諭すの?」


『おかしいと思う?』


「当たり前だよ。」

 去年の生徒たちはこうだったのに君たちときたら…と確か今日、先生が言っていた。定年間近の教師だ。

 だが、同じことがいつまでも同じであるわけがない。変わるからこそ人は未来を見るのではないのか。


『そっか、おかしいか。』


「…違うの?」


『いや、その通りだと思うよ。君の考えはきっと間違ってない。でもね、きっと正しくもないんだ。』


「…どういうこと?」

 間違っていないのなら、正しいのではないのか?


『君の言う通り、未来は見なくちゃならない。…大人には、君たちに現実と、そして夢を見てもらうために努力する義務がある。現実を見せながら、未来を語るのはそのせいで、過去と比べるのもそのせい。なぜなら、この世界はたくさんの過去を重ねて出来ているから。』


『今こうして世界の時間は進み、君の体は1秒ずつ今を進み、過去へと君を送っている。そして同時に刻々と未来へ進んでいる。今まで進んできた17年分が過去、これから死ぬまでが君の未来。』


「…つまり?」


『君の言う大人たちはね、死が怖いんだ。だから先をあえて見ない。見たくない。だから、過去ばかりを見返す。でもね、その人たちは間違いなく、君たちのような若者の未来が明るいことを望んでいるんだ。だから、昔と比べてしまう。自分が積み上げてきた過去を、君たちに伝えるために。君たちに、過去の過ちを、自分たちがしてきた失敗をさせないために。だから、未来を見るために過去を語るんだ。』


 過去は変えられない。だが、それは変わらないことでもある。変えられるのは未来だけ。

 だが、それだけだ。どれだけ未来が変えられると言っても、大学に、就職に、結婚に子育て…間違えてしまったら、後悔だけでは済まない、未来が間違いなく沈んでしまうこともあるだろう。


「それでも未来に希望なんて持てない。…大丈夫なんて気休めを言われても困る。何が大丈夫なのか、保証もないのに。」


『たしかに、言えてる。』

 ほんの少し苦笑気味だ。少し腹が立った。


「笑い事じゃないのだけど。」


『ごめんごめん。あまりに昔の私とそっくりなことを言うものだから。…そう、未来に保証なんてない。私はこの道だ!と思っていたことが呆気なく無くなってしまった。…正直絶望だったな。私はその道を自ら断ったけど、だからこそ逃げたという記憶がいつまでも残ってる。大丈夫だ、私はまだ平気なんだ、って自分に強がりを言い続けたために、自分の手で未来を閉ざした。』


「…そんな。」

 それは、いつも自己暗示のように大丈夫と言い続けている私とよく似ている話だった。未来に不安はある、だからこそ強がらねば折れてしまいそうな心を保つために、大丈夫だと言うようになっていた。


「…じゃあ、私はどうすれば。」


『…ううん。あなたのそれは間違っていないわ。強がれるのも強さだもの。』


「…でも、正しくもない。」


『鋭いね。そう、私はそんな強がりのために道を失った。真っ暗で、どこにも光が見えない。…うずくまってわんわん泣いたな。不安で、後悔で、ひたすら泣いた。それは事実。』


 今の自分には夢がある。でもそれが、その夢という光がなくなったら、闇の中に1人放り出されたら私は生きていれるだろうか。


『でもね、散々泣いて、暴れて、もがいて悩んだ。そんな時、ある夢を見た。夢から逃げた私に、夢の中で会った誰かにこう言われた。「あぁ、それは良い。勇気ある決断だ。」と。とんでもなく救われたような気がした。逃げたことをいつまでも引きずっていた私は、立ち向かうことばかりが美徳だと思っていた私には、逃げることにこそ勇気が必要だった。…それが間違いだったかどうか、それは今でもわからないけれど、逃げたことは私に別の道を運んできた。自分と向き合う時間をくれた。』


「逃げる…勇気…」


『さっきも言ったけど、過去は変えられない。でもね、考え方を変えることは誰にでもできる。立ち向かうことも勇気なら、逃げることも勇気なんだって、私は変えられた。』


『それに、さ。逃げるが勝ちって言葉があるんだから。自分でどうにもできないような、本当の理不尽に出会ったなら、逃げればいいの。それに、いつだって逃げることも勇気、なんて考えが頭にあるから、何かに立ち向かうことのすごさが、前より一層わかるようになった。だから、私は先に進めたの。』


 逃げる勇気。今の私にはない、わからない勇気。努力し、もがいて苦しんだ人だからこそ、辿り着いた答え。

 私には、まだわからない。周りのことばかり気にして、自分と向き合うことなど、今までしたことがなかった。


「…だめです、私には、そんな強さはない。自分の未来を信じていないと、先には進めない。」


 失敗が怖い。頑張ってきたものが全て無に帰すなど、恐ろしくてたまらない。

 私はこの人とは違う。こんな強さは、まだ私の中にはない。


『…そっか。うん、そうだよね。…でも、ほら。』


 誰かが私の横から、前の方に指差す。


「これ…私…?」


 私服姿だし、髪型も違うけど、私だ。

 どこだろう、学校のようだから大学かも。友達と並んで、楽しそうに歩いてる。

 そんな光景がいくつも、映像集のように流れている。どれも、誰かと楽しそうにしている。


「…私が、なんで…」


『…君はきっと、これから先もたくさん悩むと思う。たくさん後悔すると思う。誰かとぶつかって、喧嘩するときも来る。…でもね、ほら。それと同じくらい、楽しそうにしている時間も来る。たくさんの仲間に出会って、たくさんの価値観に触れて、きっと君は成長できる。』


 ぽろぽろと涙が流れてきた。

 不安もあるだろう。後悔もあるだろう。それでも、私が、誰かと一緒に笑って過ごしている。

 これが、本当に待っているのかはわからない。けれど、なぜかこんな日々が来るんじゃないかと、そう思えた。


『…未来は見えない。でもね、だから適当に過ごせばいい訳じゃないと思う。過去があるから今がある。今があるから未来もある。それが積み重なって人生になるんだ。今はその過程。…大丈夫だよ。君が歩いていくその先は、山あり谷ありだけれど、捨てたものじゃないからさ!』


――――――――――――――――――――――


「…夢か。」

 実に懐かしい姿を見た。悩み、苦しんだあのころ。


「…捨てたものじゃない、捨てたものじゃないよ。」

 過去を思い出すとき、必ずこう言ってきた。何も知らないあの頃の自分に、そう言いたかったからだ。


 今の自分も、先が見えなくて怖いのは変わらない。けど、きっと少し先の自分は言うだろう。


『捨てたもんじゃないよ!』


 それを信じて、今日も生きる。

 過去の自分にそう言って、今の私が頑張らないわけにもいかないのだから。

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