5分
岩木田翔海
5分でない「5分」
「5分」
私は決して相対性について語りたいわけではない。
それにしてもその時間は何もしないのには長すぎて、何かを成すには短すぎる。
この長い歴史の中で、私の人生なんて「5分」とさして変わらないのだと思う。
そもそも何かが成せたとしてどうなろう
それは「5分」が少しだけよい言葉に置き換わって人々の注目を集めたとしても、時が過ぎれば風化して、きっとまた5分となって、数あるほかの5分のように成り下がってしまうのであろう。
だから私の今からの行動はその宿命に身を委ねるだけのことであって何ら変わったものではない。
等価値でなくとも同等で、イコールで結ばれてしまうこの世の中で、楽しくとも苦しくともあるこの世の中に妥協点を見つけただけなのだ。
ここは4階建ての校舎の屋上。
高さは十分足りている。
そして周りには誰もいない。
そう、止めてくれる声も。
では足りないのは少しばかりの勇気なのか。
そんな話でもないと思う。
これは勇気のいる決断というよりも、単に人生の選択なのだから。
つまりはきっと、この先の希望を捨てきれていないということかもしれない。
情けない。この期に及んでもまだ私は未来に求め、縋るのだ。
ああ、それでもきっとこの背中を押してくれる少しばかりの風さえ吹いたなら、私はそれに身を委ねるのに。
扉の開く音がする。
ああ、決意が遅かったのだ。
どこかで見たような約束の展開。
私は5分に成り下がる。
しかし彼は動揺するそぶりを見せない。落ち着いた歩調で向ってくるのだ。
私は彼を見る。
ここで思いとどまるように説得するのが彼の役目であろう。
しかし、私の意志はそこまで脆くない。さらに彼がそれに値するほどの話をできるとも限らない。たいていこういう時は残念なフレーズを口にしてしまうのである。
辛いことだけではなく楽しいこともあるとか、家族が悲しむぞとか、飛び降りる勇気を別のところで生かせとか。
別に飛び降りることにはさして勇気なんて必要ない。
それはただ、恐怖心というストッパーが外れて死という運命への可能性が上がっただけの話なのだから。
そして可能性とはつまり確率と置き換えられ、右へ動く確率、左へ動く確率、前に動く確率、すなわち飛び降りる確率、というように私たちはこの確率の組合せを人生と呼んでいる。
自分の行動は自分の意志で決定するから確率の関与する余地などないと言う人もいるが、その意志が実は前々から神によって決められていて、それに操られているだけだと私は思う。
故に神が振るさいころの死の目を大きくすることまできるのだ。
さあ彼はどんな話をしてくれるのだろう。
私は彼のほうを向く。
それにしても体の向きを変えるにはこの足場はひどく頼りない。
「最近空を見たのはいつ?」
意表を突くような質問に答えが出ない。
ああ、確か今日は雲一つない空だったような。
「空はいつでも僕たちの上にある」
まったく「上を向け」なんて慰めの言葉を掛けたいのだろうか。
「その空に鳥は舞う」
彼の大きな声に驚いて、ちょうど一羽の雀が羽ばたいた。
「さあ、だれが鳥に飛ぶことを強いたのであろうか。
彼らは自分の意志で飛んでいる。
でも彼らはそれに気づかない。
さてそれは幸せなことなのか。
しかしもとより彼らは幸せなど感知出来ないかもしれない。
僕たちの祖先は頭脳を得ることを選んでしまった。
故に彼らのように無心に羽ばたくことができないのだ。
そう、私たちは彼らのように無心でいることより有心に生きる定めなのだ」
どちらが幸せかなんてわからない。
でも格好いい励ましよりはこの言葉が心に残るだろう。
しかし、生まれてしまった以上その環境に適応しなければならないのは人間も鳥も同じだ。結局私は適応できなかったのだ。
「じゃあそろそろ飛んでみるか」
意味が呑み込めずに私が固まっていると、彼は軽々とフェンスを越えてきた。驚く私は気にも留めずに
「空の旅へ出発!」
そう言うと彼は私の肩に手をかけて後ろに重心を傾けた。
私は咄嗟にフェンスを掴もうと手を伸ばすが、虚しくも空を切る。
そのまま下へ。
今まで感じたことのない恐怖を感じる
加速する体とは反対に、映像がスローになっていく。
鳥がはるか高くを飛んでいる。
これが私と鳥との距離。
ドスン、体に衝撃が走ると思いきや、ふかふかのマットに包まれた。
マットが何枚も重なっている。
周りにいる連中が共犯というわけか。
「5分あれば君を救えるんだよ」
彼は帰り際にそう残した。
ああ、そうだ。きっと5分あれば何だってできるんだ。
そう、こうして恋に落ちることも。
5分 岩木田翔海 @ShoukaiIwakida
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