第109話 【Side:ステラ】ステラと美輝

 首を掴まれたキリコはグッタリしていた。口からは泡を吹いている。


 掴む手に力を込める。その腕を掴むわたしの腕。


「本当に敵なの!?違うよね?」


 問う声はわたしの声。


「キリコは魔物で敵だ。殺す!」


 頭が混乱する。わたしが何人もいる?キリコを殺したいわたし。キリコを殺したくないわたし。それを呆然と傍観しているわたし。どれがわたしなのか分からない……。


 わたしってどんなだっけ?


◇◇◇


 子供の頃、お隣さんだった『ブー君』のことを思い出す。小さい頃から一緒に遊んだブタみたいに太った弟みたいな幼馴染み。


 ブー君は何をやってもうまくできず、すぐに泣くし嘘もつく。わたしは子供ながらにイラつくこともあったが、親から仲良くするようにと言われていたのでそうしていた。


 ある日、わたしの大切な友達にブー君が「ブス!」と言った。わたしは泣く友達を抱きしめながら叫ぶ。


「ブー君のくせにわたしの親友に酷いこと言うな!アンタなんてブタじゃない!!」


 いつもは姉のように振る舞っていたわたしは自然とそう口にしていた。心の中でいつもそう思っていたのだろう。


 心配だったのは……親に怒られること。泣いて帰ったブー君はきっと親に告げ口をして、きっとわたしを怒るに違いない。ビクビクしながら数日過ぎたけど親は何も言って来ない。


 そしてブー君はわたしのところには来なくなった。


 正直、ブー君が来なくなってスッキリした。これで友達といっぱい遊べると思ったから。


 公園で友達と遊んでいると、遠くでひとりでいるブー君が見えた。


 同級生だろうか。何人がブー君のところに行っては砂をぶつけたり蹴りを入れていた。逃げていく同級生を追うことなく、ブー君は座っていた。泣いているようだった。


 友達を侮辱されたばかりのわたしは良いキミだと思った。


 ……のは束の間。


 わたしは友達に帰ると言って別れ、ブー君のところに行った。


「いじめられてるの?」


 今思えば、その問い自体もブー君には辛辣に聞こえたことだろう。その時のわたしには分からなかったけど。


「牛子だっていじめっ子じゃないか。嫌い。死んじゃえ。」


 言われたわたしは後悔した。何でこんなヤツに声をかけたんだろうと。


「心配してあげたのに何ソレ?そんなだからいじめられるんだよ!バカじゃないの?」


 感情的になったわたしは思ったことを口にする。ブー君はしゃがみこんで泣いた。わたしはイライラとしてブー君を打とうとした。


 でも、泣いてるブー君を見ていると小さい頃からわたしの後をついてくる姿が思い返された。


「ゴメン。酷いこと言ってゴメン。」


 しばらくうずくまって泣いていたブー君の隣で座っていると、さっきの同級生たちが戻ってきた。


「ゆうき、また泣いてるの?弱虫〜!」


「ちょっと、アンタ達!ブー君に謝りなよ!!」


 わたしはいじめっ子の同級生達に文句を言う。


「『ブー君』?ブタだから?やーい、ブーブーブー君!あははーっ!!」


 わたしは無意識にソイツらを殴ったり蹴ったりした。そしてソイツらの頭を地面に擦り付けて謝らせた。


「またブー君……ゆうきをいじめたらわたしが許さないから!」


 いじめっ子達は泣きながら逃げて行った。


 帰り道、わたしはブー君の手を引きながら言う。


「今度アイツらがいじめてきたらわたしに言って。やっつけてやるから。」


「牛子だって僕をいじめた……」


「だって、アンタがわたしの友達をバカにしたからでしょ!」


 ベソをかきながらブー君はその理由を話してくれた。ブー君はわたしを友達に取られたと思ったから、つい悪口を言ったらしい。


「ブー君は弟なんだから、取られるなんて無いから。分かった?」


 頷くブー君は、それからまたわたしの後をついてくるようになった。


◇◇◇


 キリコの身体が地面に倒れる。


 手を離したわたしは頭の中で叫ぶ声が響く!


「殺せよ!殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!!」


 違う、こんなわたしは居ない。


「誰よアンタ!?」


「わたし?ステラ。魔法少女ステラだよ。」


 やっぱり!


「わたしは『美輝(みき)』だよ!わたしの中から出て行ってよ!!」


「そうか。でもね、魔法少女になればアンタは『ステラ』なんだよ。闇に染まるのは楽だろう?すぐに慣れるよ。あはは。」


 わたしは変身を解除する。あの声は聞こえなくなった。


「黒い魔法少女ステラが生んだ……わたし?」


 震える手を見つめながらまだ頭が混乱していた。


◇◇◇


「ここは?」


 覗き込むわたしの顔を見たキリコの身体が強張る。さっきまで死闘を繰り広げた敵が目の前にいるのだから当然か。


「待って!もう殺し合いはダメだから!!オーケィ?」


「何で殺さなかった?」


 キリコなら牙でも爪でもわたしの喉に届く距離だったが、そうはしなかった。


「わたしはキリコじゃないから。敵を殺すかどうかはわたしが決める。文句ある?」


「文句って……あるよ!敵は殺さなきゃいけないだろう。それができないなら役立たずだ!」


 キリコもまた思いの丈をぶちまけてくる。


「そんなことない!わたしはゴーファンの小隊長。部下も味方も助けるし、敵も排除するよ。でもそれはわたしのやり方で。だから口出ししないで、迷惑はかけない。分かった?」


「そんなの、魔獣王に対して示しがつかない!ステラは小隊長なんて似合わないよ。辞めちゃいなよ!」


 こんなに愛国精神が強いなんて思わなかったよ。無邪気で食べ盛りな人狼娘だと思っていた。


「小隊長は辞退したんだ。でも、魔獣王が辞めるのは許さん!と言うからやってるんだよ。こんなことになったのも魔獣王のせいだよ……。ハァ〜」


「魔獣王が命じた……の?」


 それを聞いたキリコは何も言わなくなった。仕えるべき王の命令と知っては逆らえないようだ。


 最初からそう言っておけば良かった。何だったんだよ、この死闘〜!!


 でも、そのお陰で知れた。黒い魔法少女ステラの存在を……。

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