第84話 【Side:ステラ】敵

 敵国スピリットガーデンとの初戦はゴーファン軍騎士団長ヴェイロン率いる主力部隊の活躍でスピリットガーデン軍を後退させることができた。しかし、激しい衝突で双方にかなりの被害が出たため、両軍共に体制の再編や補充を余儀なくされた。


 ゴーファン王都では帰還した負傷兵の治療のため医療施設はごった返していた。そんな医療施設の一室。


「まさかキリコが手傷を追うとは思わなかったよ。」


 わたしはベッドで横になっているキリコの懐をまさぐると仕込みナイフを拝借し、持ってきたお見舞いのリンゴを剥く。


「はい、ウサギさんだよ。」


「リンゴじゃん。ウサギ肉がいいなー。肉まだぁ?」


 口に押し込んだウサギさんリンゴをシャリシャリ嚙むキリコは物足りなそうなだった。


「待て!話を聞かせてよー。」


「相手は氷の魔剣を持ったエルフの剣士で……確か『ブレイブ』だったかな?あれは相当な魔剣だよ。一瞬で辺り一帯を凍らせる程の冷気には驚いた。でもソイツ自体は大したことなくて、だからこそ悔しい!」


 本気で悔しそうだ。


「でも、その前にお腹を痛めていたんでしょ?」


「うん。ホビットの女拳闘士で名前は『ファナ』。実力はやっぱりそんなでもなかったけど、必殺技は相当なものだった。覚悟の一撃ってやつかな。熱い拳だった!」


 何故か嬉しそうに語るキリコ。


「でも不思議なんだ。その剣士のブレイブはさ、最初に喉を食いちぎって殺したハズだったんだけど、少しして喉が完治して現れたんだよ。しかも格段に強くなって。魔剣とか魔法とかって何かズルいよね!」


「喉を食いちぎったの?うわぁ、流石ワーウルフ。でも、喉を食いちぎられてなお立ち向かってくるブレイブっ剣士も凄いね。まさに勇気ある剣士だね。どんな奴か見てみたいよ。あと、ファナって拳闘士もね。」


 話を聞いて……正直、戦争には行きたくないなーと思った。


 キリコが生還して安堵したけど、負傷したことに生死を掛けた戦争なんだなと感じた。もちろん、わたしたち魔法少女も魔王との戦いで生死を掛けた真剣勝負を繰り広げた訳だけど、戦争という明確な善悪でなく互いの主義主張のために多くの兵士が命を落とすことにしっくりしなかった。


「そういえば、人間の女で魔法使いが居たんだよ。巨人族の重戦士がその人間を殺したと思ってたんだけど生きててさ、ソイツ……わたしが投げたナイフ数本を短剣で叩き落したんだよ。何だったんだアレ?」


「キリコの投げナイフを短剣で防ぐって尋常じゃないでしょ~。え、人間って言ったの?」


 この世界の人間は戦闘や魔法には不向きなハズ。騎士団宿舎の人間はみんな、まさにそんな感じだ。いや、現実世界の地球でも人間はそうだ。わたしが人間として異常なんだよね、多分。


「うん。ステラと同じくらいの背格好だった。名前は知らないけど、人間の女が戦場にいるなんて思わなかったよ。」


 わたしと同じくらいの人間の女の子がそんな活躍を。何か、ジェラシー?


「へー、人間の女の子ね。戦場で敵として人間と出会ったら倒さないといけないんだよね。複雑な気分だなぁ。」


「そう?もし敵にワーウルフがいたら……普通に殺すよ。敵だし。」


 キリコはマジ戦士なんだなと感じた。


 そういう意味では日本という法治国家に生まれ、何不自由なく生まれ育った自分が甘いのだろう。地球でも国や種族によっては生きるために敵を、同族でも躊躇わず殺すなんて当たり前のことなんだろう。


 魔法少女なんて偉そうに言っていても、命のやり取りについてわたしは覚悟が足りないのだなと気付く。軽く自己嫌悪……。


「そう……だよね。それが戦いだよね。」


 気付きを与えてくれたキリコに、感謝!!バッグから1つ紙包みを取り出し、キリコに手渡す。


「それ食べて、早く良くなってね!」


 キリコの既に口からよだれを垂らしていた。


「ずっと気になってたんだ、この匂い。やっぱり……ハンバーグだ!やった~!!」


 中には丸いパンにハンバーグとチーズといくつかの野菜を挟んだ、いわゆる……


「それは『ハンバーガー』ね、おいしいよ~。!今日はもう行くね。またね~!」


 キリコにとって『ハンバーグ』でも『ハンバーガー』でもどうでも良く、アメリカンサイズな巨大ハンバーガーを頬張る。ハンバーガーに夢中なキリコに手を振って病室を後にした。


 わたしは考え込む。『敵』って何だろう?と。


 魔法少女の敵である『魔王』は倒した。そして今の敵は『魔獣王』と敵対する『精霊王』とその国『スピリットガーデン』。


 成り行きとはいえゴーファンの王宮騎士団小隊長になったからには、『精霊王』とスピリットガーデン軍が敵なんだけど、この異世界で生まれ育った訳でないので敵のことは何も知らない。知らない敵と戦うのは……気持ちが悪い。


 それなら!


 病院を出たわたしはそのまま南瓜亭に向かい……デネブとモーリスに相談した。


「正気かい?スピリットガーデンに行ってみたいだなんて。疲れも吹っ飛ぶことを言うね~。」


 自分の中のモヤモヤを打ち明ける。それを聞いた二人は顔を見合わせる。


「わたしもスピリットガーデンのことは知りませんよー。というか、ゴーファンの民の大半は同じですよ。敵は敵としか思ってませんし~。」


「そうだね、別に敵のことなんか知らなくてもいいんじゃないかい?ただ倒せばいいのさ。オーケィ?」


 二人には理解されなかったようだ。敵のことを知るためにわざわざ敵の本拠地に行く意味が。


「そうかぁ~。でも……やっぱり気になるんだよね。あー、スピリットガーデンに行く方法無いかなぁ~~~?」


 ちょっと大袈裟に言ってみる。デネブたちはわたしの性格を理解している。例え反対されても勝手に突っ走るこの性格を。


 デネブは溜息を漏らす。


「やれやれだねぇ~。」

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