第73話 【Side:アリス】風に舞う綿毛のように

 前日に遡る。


 件の騒動でわたしは少しやり過ぎたと反省していた。


 あのヒュールというエルフの剣士の言動や振る舞いには、普段そんなに怒る方ではないと自負してるわたしだけど、アレはないと思った。


 そんなわたしをブレイブは必死に守ろうとしてくれた。凄く嬉しかった。


 でも、ヒュールやその他大勢は人間を軽蔑していたから、あの場は人間であるわたしが彼らに教える必要があると思い、そして行動した。


「なるほど。人間云々はどうでもいいが、女性を性処理の道具と揶揄する男など、あのまま圧死させれば良かった位だ。」


 騒動の後、リフィーはわたしを連れてテントに戻ると騒動の顛末について2人で話をした。彼女もまた人間の味方では無さそうだけど、女性の味方ではあるみたい。


「リフィーは面白いことを言いますね。」


 真面目な顔でブラックジョークを言うリフィーに笑いが込み上げでくる。リフィーは怪訝な顔をしながら話を続ける。


「さて、どうでもいい話はそれくらいで、本題だが……」


 リフィーも大概失礼だけど何処か憎めず、笑いを堪えるのが辛い。


◇◇◇


 翌朝。第23中隊の朝礼で中隊長のジェイスから今後の作戦について周知がある。その内容を聞いた多くから不満や心配の声が出る。


 要は、わたしが単身敵陣に迷い込んだフリをして騒ぎを起こして逃げ回り、自軍が待ち構える場所に誘き寄せるというもの。


 当然、人間にそんな役を任せるのか!と非難が上がる。作戦の成功確率が高いことを示すため、この場でわたしが捕まらないことを証明することとなった。


「アリス、前へ。ヒュールも前へ。」


 相手は昨日散々わたしを、人間を、女性を馬鹿にしたヒュール。彼はわたしを睨みながらも笑みを浮かべていた。やりにくいけど……騒動の張本人同士の勝負で結果を示せればみんな納得するだろうと、リフィー曰く。その通りだと思う。


 一変して歓喜の声となった。


「あんなチンケな作戦なんかいらねぇ。突っ込んでぶった斬ればいいんだ。人間の出る幕はねぇ。すぐに終わらすぞ。」


「はい。」


 ジェイスの掛け声で始まる。時間は10分。


 わたしは開けた草原を走り距離を取る。ヒュールは動かなかったけど、10m位距離が開くと走り出す。実践を想定してわたしは軽装で彼は戦装備。


 10分が経過。分かってはいたけど10mなんて何のハンデにもならなかった。


「クッソが!すばしっこい人間だ。ハァハァ……」


「ヒュールも軽装にしてもらって構いませんよ。」


 わたしの提案に悔しがりながらも鎧や剣を置き、再度勝負開始。わたしは走ると5m位で止まる。


「おい、ふざけてるのか?」


「捕まえてください。」


 ヒュールは全身の筋肉に力を込め、初速から全力で駆け出す!鍛えられた肉体はしなやかなバネのように5mの距離を一足飛びに詰める。


「舐めやがって人間が!はっ倒してやんよ!!」


 動かないわたしにヒュールは大きな掌を振り下ろす!


「アァ?」


 わたしを掴もうとした掌は空を掴む。彼の2m先にわたしは居たから。


 それからは2m程距離を取り、荒ぶるヒュールの攻撃を交わすこと10分。


「そこまで!」


 ジェイスの声でわたし達は止まる。


「任せてもらえますか?」


 わたしはヒュールに握手を求める。


「……勝手にしろ!」


 握り返す掌には力が込められていた。


「ありがとうございます。」


 わたしはヒュールに応える。彼はわたしを一瞥して背を向け去って行く。


 その先に大きく手を振るブレイブ達が見えた。わたしは軽く会釈した。そして……


「他にわたしと勝負したい方いたらお相手しますよ?」


 全員が納得しないことには作戦のマイナス要因になる。とことん付き合うつもりだった。しかし、かなりの実力があるヒュールが完敗し、名乗りを上げるものは……


「はい、はぁーい!」


 ファナか……こういうの好きそうだもんね。さっきのようには行かないかな?


「さっきのと違って、今度は捕まえるからね!アリス。」


 ファナはヒュールとすれ違いざまに宣言し、楽しそうにこっちに向かって来る。ヒュールは振り返ると凄い顔で睨んでいた。それはファナ、とわたしに向けられたものだろう。


◇◇◇


 ファナとの勝負。


 ヒュールの筋肉のバネを活かした力強い走りとは違い、ファナも鍛えられた身体だけど力を抜いた自然体で迫ってきた。それはまるでバッタのようだった。


 わたしはヒュールの時より一段階高い身体強化魔法を発動していたけど、それでも紙一重で避ける程に肉薄していた。


「悔しい〜!風に舞う綿毛を捕まえるみたいなカンジだよ。アリス、どうなってるの〜?」


 あと少しで手が届くところだったからこそヒュールよりもファナの方が悔しさはひとしおだったに違いない。


「ファナは性格もそうだけど、真っ直ぐだから行動が読み易いかな。フェイントとか入れられたら避けられなかったよ。」


 気になった点をアドバイスすると、ファナは目から鱗が落ちたようだった。


 これで作戦は決まり、夕刻実行に移されることとなる。

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