第55話 【Side:ブレイブ】大ドンデン返し!

 森を歩む5人の影がかなり長いことから、だいぶ陽が低くなり、空は燃えるような橙色だった。夕暮れは放課後の図書室を思い出す。あぁ、アリスと二人きりだったらそんな思い出話もできたのになぁ。


 先のジャイアント・アントとの戦闘以来、アリスは魔法使いではなく戦闘もできるオールラウンダーとして扱われるようになる。重く長い武器は好みではないようで、基本はダガー二刀流で素早さで戦うスタイルであった。まるで盗賊か……アサシンか。


 本人としては魔法使いを極めたいようだが、ファナに引けを取らない戦闘力がある以上、そうも言っていられなかった。とはいえ、魔法に関しても既に上級魔法をあらかた習得しており、まさに『戦う魔法使い』である。


 アリスこと月島さんは元々が成績優秀、運動も得意で、優しく、可愛い……非の打ちどころのない模範生徒であった。劣等生な僕とは雲泥の差だった。転生した俺はかなりの勝ち組と自負していたが、それでも彼女には及ばないと実感……いや、痛感した。まぁ、仕方がないか。だって彼女は『魔法少女』なのだから。


 ひとつだけアリスから皆に説明があったのは、『身体強化魔法』を習得しており、一時的に爆発的な身体能力を発揮できるらしい。魔法にある程度の知識を持つリフィーやパチャムは『身体強化魔法』なんて聞いたことがないと言う。ここでも墓穴を掘ったしまうアリス。慌てて生来の固有スキル的な言い訳をしていた。


 察するに、俺だけが知る秘密。アリスの魔法少女にまつわる能力や魔法なんだろうなと邪推する。


「遅くなったけど、そろそろマギクス様の庵に着くな。本当なら昼過ぎには着くハズだったが……。」


 ジャイアント・アントとの戦闘後、ファナの治療と休息に時間を要した。しかし、明日からの戦線復帰に向けての準備もまだあるので、一刻も早くアイスソードを回収して首都に戻らなければならなかった。俺たちは歩みを速めた。


◇◇◇


「何度も言わすな、たわけめ。」


 老エルフの魔法使いマギクスは俺たちの問いに苛立ちを表す。彼の話では、預けた俺のアイスソードを修復はしたのだが覚醒しないとのこと。レジェンド級の武器と言っても多種多様、ピンキリなのだが、このアイスソードには氷の精霊が宿っており、その精霊が目覚めないと本来の力を発揮できないらしい。


 暗黒龍との戦いで急激に魔力を放出したために深い眠りについたのか、もう精霊自体が消滅してしまったのかは分からないらしい。


 つまりはお手上げとのことだった。


「マギクス様でも打つ手がないなら……諦めるんだな、ブレイブ。」


 リフィーは軽く言い捨てる。掴みかかりたかったが、どうしようもない事実、正論に堪える俺。アリスが居る手前ってのもあったが。


「いやいや、諦めろとは言わんぞ。そうだな、精霊たちの主である精霊王ならば覚醒を促すことができるかもしれん。確証は無いがな。」


 マギクスは長い顎髭を撫でながら可能性を示唆する。しかし、一国の王にして神と崇められている精霊王にお願いできることなのか?誰もがそう思った。


「マギクス様から精霊王にお願いできませんか?」


 処方箋や紹介状を出してもらう感覚で頼んでみるが、それなりの名声はあれど一介の魔法使いが精霊王に謁見することなど叶わないとのこと。もはや諦めるしかない状況だった。


「あ。」


 アリスが口を開く。


「クリスティーナから頼んでもらえないかしら?ね、リフィー?」


 リフィーの顔が硬直する。


「あ、貴女は何を言っているんだ!?恐れ多い!!」


「そうかしら。クリスティーナなら精霊王にお願いしてくれると思うわ。わたしからクリスティーナに話してみます。」


 リフィーの様子から察するに、アリスは有り得ないことをやろうとしているのだろう。リフィーの表情が険しさを増す。


「もしかして……クリスティーナ様って、スピリットガーデンの勇者の……ですか?」


 パチャムが恐る恐る質問をする。


「そうじゃ。そこのリフィーの主は現勇者のクリスティーナ殿じゃ。そうだの、精霊王に最も近い勇者からならもしかしたら。」


 マギクスもアリスの意見に賛同する。


「馬鹿な!たかが新米剣士の武器のために我が主の手を煩わせるなど!しかも、その先には我らが偉大なる神、精霊王になど!?ど、どれだけの愚行か知れっ!!」


 老魔法使いマギクスを含めその場の全員に対し威圧的な物言いをするリフィー。


「そ、そうだな。リフィーの言う通りだよ。俺の剣如きでそんな大それたことはできないよ。このままだってそこいらの武器よりは強いかもだし、この剣は忘れてくれ。悪かったな、みんなに迷惑をかけて。」


 俺は頭を下げた。


◇◇◇


 俺たちが首都ピセに着いたのは日も変わる頃だった。疲れたのかパチャムはすぐにベッドに入る。


 俺はパチャムの寝息を確認し、静かに部屋を後にする。何故なら、ファナと飲む約束をしていたから。やっぱ冒険の後はシュワシュワで英気を養わないとねー!


 廊下の階段を降りようとすると、急に風が吹き入れたので窓に目をやると、そこに黒髪で色白の少女が居た。


「ヒィッ!」


 俺は怪談の類は苦手で腰を抜かしてしまう!助けを呼ぼうとした瞬間、俺は口を塞がれていた!!目の前にはその少女の顔があった。


「静かに。わたしです、アリスです。」


 腰をついた俺の上に跨り、彼女の両手が俺の口を塞いでいた。俺は頷き理解したことを意思表示すると、アリスは手を離す。


「驚かせたみたいでごめんなさい。どうしてもてブレイブに会いたくて……。」


 暗がりの中、黒髪に白い肌だったので幽霊と思い心臓が止まるかと思ったが、今は台詞にも別の意味で衝撃を受ける!


「ア、アリス……それって!?」


 俺と至近距離で合う視線に、アリスは俺との密接な体制に気付き……俺の顔を両手で押すようにして身を離した。


「ご、ごめんなさい!そういうんじゃなくて……その。」


「あ、そうだよね。アリスには将来を誓った好きな人が居るんだもんね。ゴメン、俺また勘違いしちゃったよ。」


 今日、ジャイアント・アントとの戦いの中で決めたじゃないか。アリスは恋愛対象ではなく、偶像崇拝のように守ると。


「許婚のことは……好きな訳ではないの。決められたことだから……。あれ?何言ってるんだろう、わたし。今のは……忘れて。」


 俺は今日何度目かの衝撃の中で一番の衝撃を受けた!


 つまり、親が一方的に決めた婚約で、彼女はその許婚相手のことを好きではないとか?


 そ、それを俺に言いに来たのか!?俺は彼女に告白したから俺の気持ちは知っている。つまるところ、やっぱり俺と付き合いたいってことも言いに来てくれたに違いない!!やっぱりこのイケメンに転生して良かったぁーーーっ!!!


「俺、もう一度言うよ。俺は君のことが好きだ!付き合って欲しい!!」


 頭を下げて手を差し出す俺。


「えっ!あの……ごめんなさい。それはちょっと……」


 訂正しよう。今日一番の衝撃はコレでした……。

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