詩の世界について

歌うように、踊るように、リズム刻む、そんな詩の世界が好きです。


どうも、店主・尾岡です。今回は僕にとってもライフワークとも言える「詩」について、ちょっとお話をしたいと思います。


ところで、逆に聞きたいのは、皆さんにとっての「詩」ってメディアはどんな風に移るんでしょうか?

自由な散文詩、俳句や短歌等の定型詩、詩の世界にも様々ながあるわけで。

そして僕自身は、詩を語れるほどに書いてもいないし、研ぎ澄ましてもいないし。まして勉強もしていないので、「こうだ!}っていう詩論があるわけでもないので。


僕の中での詩は、

歌であり、言葉遊びであり、ラブソングであり

時に、感情の掃きだめの表現の場である、と思っています。


まぁ、もっと言うと、何を書いてもいいものであるし、

ストレートに、誰かに分かって欲しいものでもなくて。


創作をする方は少なからず、自分の心の中でくすぶる、

もしくは熱く燃える、そのナニかを燃焼させたいという想いをお持ちじゃないかと思うのです。


それは表現をしたいという衝動であり、何か哀しすぎてやりきれない時に発生する反重力のようであり。生活の中で満たされないものについての欲求かもしれません。


物語の創作においては、それは

登場人物であり、その関係性が

世界観が、リアルな感情が

作者の深層心理を、代弁していくわけで。

完全な作者との共有はないし、

読み手がもつ世界は、読み手の数だけあって。

遠回りに、あやふやに繋がるツールでもあるかもしれません。


詩という世界は(尾岡が思うところの、ね)

非常にストレートです。

思ったこと、感じたことをストレートに描く。


でも人の心の中を言葉で描こうなんて、

そんな、喜怒哀楽と書いて済むものでもない。


だから詩を書く人は、時にそ心の変化の機敏さを表す為に、

様々な言葉表現を駆使していくのだと思います。



尾岡自身も、詩を書いているわけですが

僕の詩を「詩」と言っていいのか悩むところもああります。


尾岡が詩を書き始めたのは、学生時代で。

どちらかというと、「詞」を意識していたと思います。

いわゆるポップミュージック、ロックンロールミュージックに憧れて、です。

音楽のセンスもない尾岡の、歪な音楽の愛し方がスタートだった気がします。


詩と詞は違うと実感した思い出もありますが、またそれはドコかで。



詩論を語る程に詩を勉強してきたわけではないのですが、

古今東西において、詩が

愛を語る為の最良のツールと思っていて。

言葉を巧みに、言葉に意味を込めながら、時に比喩を、時に暗喩をしながら、

極上の言葉で、愛を囁く。

そういうツールだと思っています。


時にそれは理解されなければ、

「ポエミー」「ポエマー」と揶揄されがちですが、

感情を言葉で描き、表出させれば、

それは極端なまでに甘いか、

時にはドロドロしさが極限まで高められた負の感情となるか、といったところでしょうか。


僕の書く詩は

自分勝手な言葉の渦ではありますが、

そこに言葉や感情の美しさ

言葉のリズムを持つことができて、

何かしら突き刺さるナニかがあって

誰かとリンクできたら、これほど嬉しいことはありません。


単純にですね、言葉遊びをしたいのです。

物語の創作とはまた違う、純粋な感情を抽出して。


多くの投稿サイトでは、

詩は【その他】に分類されてしまうので、

稀少なジャンルとも言えなくもないです。

ただ、やっぱり僕も多くの作品を読んでいるわけではありませんが、

珠玉の突き刺さる言葉に出会った瞬間は、

ゾクゾクしてしまいます。


かまえる必要なんて、なにもないので、

気軽な気持ちで紐解いてみてください。

僕の詩でなくても、勿論いいです。


「なんだかこのフレーズいいなぁ」

「このリズムがスキ」

「なんとなく、突き刺さる」


僕はそれで良いと思っています。

そうでなくても、ROCKやポップミュージックが好きであれば、

詩や詞に親しむ土壌ができているわけで。



難しいことなんか、どうでもいいんです。

ただ、ただ、言葉遊びがしたいんです。

少しだけ、言葉と戯れてみませんか?

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