第3話:見えぬ者
3:見えぬ者
物音、吐息、衣擦れ、お店の中はとても静かで音などというものは存在していないのではないか、そんな考えすらよぎるほど、夜のお店はとても静かで窓からの月明かりと小さなランプの明かりが温かみのある雰囲気を作り出していた。
すっと何かが入ってくる、お店の中の温度が少しだけだが下がったように感じる。
椅子に座って静かに編み物をしていたミズはカチャリと音を立て樫の木で出来た編み棒を机の上へと置いた、そして数秒目を閉じ一言。
「いらっしゃいませ、ゆったりとして行ってくださいね」
「じ、自分が見えるのですか……?」
「えぇ、見えますよ、白いもわっとしてですが。見えてますので……変な事はしないでくださいね?」
「し、しませんよ!」
「ふふっ、冗談です。ここには色々な物がありますので一通り見てみる事をオススメしますよ」
「は、はぁ……それでは失礼して……」
そんなやり取りをしたおかげか、声をかけられ驚いた様子だった男性は落ち着いたようだった。
そう失礼してと言って「幽霊」の男性は入口付近の棚から目を通していく。
声からして年は30後半かそれくらいだろう、男の霊はふよふよとそしてゆっくりと上から下へと棚に並べられた数々の品をじっくりと見ているように動いていた。
ガラスで作られた無骨なデザインのグラス、余り上手い出来とは言えない木彫りのウグイス、所々施された銀メッキが剥がれている車の玩具、非常に使い勝手の良さそうなハンマーに、思わず「ほぉ」と男の霊に声を出させることが出来るほど精巧に作られた小さな帆船。
どんなものの前でも一つ一つ、男の霊はじっくりと見ていた。
まるで何かを見納めるかのように。
「ここは…良いものがありますね……」
「あら、ありがとうございます。どれもこれも、一つ一つにどんなものであれ想いが込められてますからね」
「そうですね、見ていてこれ程までに飽きないものは今までの人生でもほとんどありませんよ。ここは雑貨屋なのでしょうか?」
「それはそれは……雑貨屋ですよ、色んなもののある雑貨屋さんです」
そう言葉を交わした後、ミズさんは編み物を再開した、編み棒が当たるようなことも無く、静かにしかし確かに編み物は編まれて行く、再びお店の中には物音1つしない空間が戻ってきた。
1時間だろうか、もしかしたら2時間かもしれないそんな時間をかけて男の霊が片側の棚を見終え、そして空の水槽の前まで来た。
男の霊は空の水槽を見て何かを思い出したのか、ミズに声をかけた。
「すいません」
「なんでしょうか」
「この水槽は……」
「あぁ、水槽ですか。それはただの置物ですよ、特に何か飼っていたりした訳ではありません」
「そ、そうだったのですか……実は自分、一つだけ気がかりなことがありまして」
「あら、そうなのですか?」
「えぇ、残してきた家族が少し」
「御家族は?」
「嫁と高校生になった娘が1人と小学生になったばかりの息子が1人です」
「それはさぞかし賑やかな家庭だったのでしょうね」
「えぇ、家族仲はとても良かったです。休日は皆で遊びに行ったりなんかもしてましたよ」
「あら、良い御家族でしたね」
「本当に……だからこそ自分が死んで後腐れ無く次に進んでくれてればと思いまして……」
「そうだったのですか……そうですね、よいしょっと。えーっと確かここら辺……あったあったありましたっと」
「この手鏡は?」
「月鏡、と私は呼んでいます。鏡面が少し暗い珍しい鏡です。ここに置いておきますね」
そう言ってミズは縁や持ち手部分が銀色の鏡面が少し暗くなっている余り装飾すらない手鏡をゴトッという重い音を立て、机の上へと置かれた。
男の霊は月鏡を覗き込むようにして近づいた、そしてピタリと止まった後、小さく、それこそ今の静かなお店の中でしか分からないようなほど小さな声で「よかった」と呟いていた。
「あの、すいませんこれ……」
「月鏡ですか、そうですね……ではお代はこちらを頂きます。後は持って行きたいと強く想って頂ければ」
「ありがとうございます、それでは」
「えぇ、それでは。本日は御来店ありがとうございました」
挨拶を交わし、男の霊はお店の中から出ていった、お店の中の温度にほんのり暖かみが戻る。
ミズは「何か」をこくんと飲み込み。
「憂いを吸われた貴方様が次の幸せな一生をおくれますように」
ミズは完成した編み物を置き、そう一言言って月鏡を戻した。
戻された月鏡はコトッという軽い音を立て、元あった場所に置かれたのであった。
戻す時に月鏡を見たミズは、くすりと小さく笑っていたのだった。
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