知命のバイク乗り、東北へ走る

桑原賢五郎丸

ある夏の日の病院にて

 注射針が前腕の皮膚をぷつりと破り、静脈に達する。痛みはほとんど感じない。

 透明の液体が血流にゆっくりと流れ込み、最後の一滴を空圧で送り出すまで、注射針は当然のことながら血管に刺さっている。


 なんの変哲もない医療行為だが、注射針まで極端に顔を近づけるおれの癖のせいで、処置を施してくれた看護師さんのやりにくさは伝わってくる。少し上から見たら、自分の腕にかぶりついているように見えるかもしれない。

 質が悪いことに、刺さる時よりも抜く寸前の方がさらに顔は近づく。かなりの邪魔になっていることは皮膚ごしに、というか血管ごしに伝わってくる。


 この悪い癖は恐怖心の発露だ。刺さる瞬間も注入されている間も針を抜く時も、全力の緊張で挑まなければ、体に針を刺すなどという原始的な恐怖に負けてしまいそうになる。


 針を抜く寸前、右腕に力が入る。わざとやっているのではなく、体から何かを引き抜くという行為に対しての無意識での抵抗かと思っている。看護師さんはつくづくやりづらかろうと思うが、やめてくださいと言われてやめられるものではない。



「しんどそうですね。大丈夫ですか。あわれ」

 お見舞いに来てくれた元同僚の三吉が容赦なく笑う。

 ベッドに寝ていなければ、この右手に点滴の針が刺さっていなければ、何も言わずにタバコの火を押し付けていただろう。

 窓の外に目をやる。ツクシンボウが全力で鳴いている。遥か西の空が真っ黒だ。またゲリラ豪雨が来なければ良いのだが。

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