ACT113 素直になった、その結果は?


「なんとなく、予想できていたことではあるけどね……」


 昼休みが終了してから間もなく、真白は、茶々が学校を早退したのを知った。

 そして当然と言うべきか、その数分後に奈央も早退の連絡をしてきた。彼女のピンチを本能で悟ったからだろう。

 茶々の早退の理由は、間違いなく、真白と朱実のことが原因だ。

 あの場面を見た時こそは平静を装えていたけど、長時間は無理だったと思われる。トランプで遊んだとき(ACT95参照)もそうだったように、彼女は感情が表に出やすい子だから、とても頑張っていたに違いない。

 やはり。

 自分の予想通り、茶々は、朱実のことが好きだったのだ。おそらく、幼少の頃からずっと。

 そして、既に朱実は真白とくっついていたことが、彼女にはショックだったのだろう。

 でも、


『早退してごめんなさい。朱実と真白と茶々、三人でお話をしたいから、班の仕事を終わったら、この場所に来てもらえるかしら』


 一時間ほどして、茶々自身から真白のスマホに連絡があった。

 ショックを受けつつも立ち直りが早かったのか、それとも奈央が上手く彼女を元気づけたのかはわからないが、とにかく彼女の傷が予想していたよりも深刻になっていなくて、その辺りは真白はホッとした。

 ただ、三人でお話をしたいというのは……これはつまり、茶々は朱実を諦めていない、と言うことなのだろうか。

 そう思うと、真白はモヤっとなった。


「これについては、割り切るしかないのかな……」


 真白だって、朱実のことが好きだ。それこそ、世界で一番といってもいい。これからの未来だって、ずっとずっと、朱実と一緒に歩いていたい。

 そんな彼女との未来は、例え茶々にだって譲るつもりはない。

 ただ。

 ……ただ、だ。


「……いやだなぁ」


 だからと言って、茶々と対立することになるのも、真白にはものすごく抵抗があった。

 この二ヶ月。

 自分の母や祖父への恩返しや己を高めるために努力する茶々を、真白は何度も尊敬した。

 常にツンツンしていて、時には素直になれる茶々のことを、真白は何度も可愛いと思った。

 朱実不在の間に真白の寂しさを埋めてくれた優しい茶々のことを、真白は何度も有り難いと思った。

 たったの二ヶ月だけでこれなんだから、これから先、一年どころか大人になってもずっと、彼女と友達として付き合えていけたならと、その可能性を真白はとても楽しみにしていた。


 それくらい――真白にとって、八葉茶々は大好きで大切な友達だった。


 そんな彼女と争うことになるだなんて……というと悲劇の物語みたいになるのだけど、そんな悲劇を迎えるのが、真白にとってはイヤだった。

 だから、どうにかならないのかな、と茶々に連絡を貰ったときから悶々と考えているのだが、残念ながら答えは出てくれない。

 そして。

 茶々と面を合わせる時は、刻一刻と迫っていた。


「シロちゃん」


 茶々の指定の場所――連絡メールに添付の地図にあった、茶々の自宅近くの小さな公園まであと少しといったところで、真白は朱実と合流する。


「朱実。昼休みぶりね」

「うん」


 朱実の表情は、やはりというべきか神妙で、心配しているようにも見える。今の真白と、同じ心情であるのがすぐにわかった。


「シロちゃん。初めての道で、迷わなかった?」

「学校から直接だったから大丈夫。あたしのマンションとは、ちょっと距離があるみたいだけど」

「ああ、夜道は危ないから、帰りはお母さんがシロちゃんを車で送ってくれるって。あそこで待機してる」

「朱莉さんが?」


 朱実の視線にあわせて真白はその方角を見ると、公園の入り口から離れたところに、見たことのある……というより、乗せてもらったことがある(ACT72参照)小さな赤い車が、真白の目に止まった。

 フロントガラスの奥は見えないけど、その運転席から朱実の母――仁科朱莉が、ゆるふわな笑みで手を振っているようにも感じられ、


「なんだか、とっても安心感がすごいわ。痴漢とか出てきても、難なく撃退してそう」

「ん、茶々様がお母さんに電話でお願いしてきたから、喜んで引き受けたって、お母さんが言ってた。補足すると、本当は一茶様――茶々様のお母さんに頼りたかったけど、今、一茶様は泊まりがけで大事なお仕事の最中だからって」

「……そうなんだ」


 呼び出したからには、そんな気遣いも欠かさない茶々に、真白は本当に頭が下がる思いであると共に。

 ますます、真白は彼女と対立する気になれない、ずっと友達で居てほしい、という気持ちになってしまう。


「シロちゃん」


 でも。


「――わたしは、どんなことがあっても、シロちゃんと一緒がいいよ」


 朱実は、既に腹が決まっているようで。

 ぎゅっと、真白の手を握ってきた。

 ……一番に辛いのは朱実自身だというのに、朱実はもう迷っていない。だからこそ、真白はそんな彼女の思いに応えたくなって、


「あたしもよ。朱実と、ずっと一緒にいたい」


 その手を握り返した。一本一本、指を絡めて、強く、強く。

 それは、もう躊躇わないという、真白の決意の形だ。


「――行こう」

「うんっ」


 お互いの覚悟を確かめ合って、真白と朱実、二人で手を握りながら公園の中に入る。

 果たして、そこで待っていたのは――



「こ、怖くないわよ……あ、あ、あんたがそこで這い回ろうとも、茶々は一歩もここを動かない。う、う、う、動かないんだから……っ」



 涙目になりながら、公園の砂地を這っている大きな蜘蛛とにらみ合っている茶々の姿だった。

 にらみ合っていると言いつつも、茶々の足というより下半身全体がガクガクと震えており、今にも、その足下に蜘蛛が徐々に距離を近づけている辺り。

 おそらく彼女は別の意味で一歩もそこから動けなくなっているのと、そろそろ限界が近いというのが、真白達には一目で分かった。


「――助けよう」

「うんっ」


 だからこそ、彼女を助けることにした。

 虫が苦手で怖がる茶々もまた可愛いと思ったのは、真白だけの秘密である。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「た、助かったわ……今は、奈央も呼べない状況だったから……」


 わたし達が道ばたで拾った小枝で、件の蜘蛛を公園の草むらに誘導して状況を解決してから、茶々様が呼吸を落ち着けるのに、五分くらいかかった。

 昔から、茶々様は虫とかトカゲとか、あと幽霊などの怪談の類も苦手というのは、従姉妹の真耶ちゃんからの情報通り(ACT86参照)である。そんなピンチの度にも、茶々様は奈央さんに助けてもらってたのかな。

 ……そういえば。

 出会って始めの頃の奈央さんは、ああいう場面で駆けつけたとき、茶々様に向かってあんなに畏まってなかったような――


「と、ともかく。ありがと、二人とも。お礼を言っておくわ」

「うん。茶々様の身に何もなくてよかった。もし茶々様が怪我とかしたら、あたし、泣いちゃってたかも知れない」

「っ……そ、そこまで大袈裟にならなくてもいいでしょ」

「でも、やっぱり茶々様はあたしにとっては大切だから……」

「こらこらこらっ。真白、本題に入る前からいつものやつを発動させるなっ。というか近い近い近いっ」


 と、もう少し記憶をたどろうとする傍ら、シロちゃんがいつも通りシロちゃんしていたので、わたしはシロちゃんの服の裾を摘んで、


「シロちゃん」

「う……そ、そうだった。なんだか、大事な話の場だというのに、茶々様のアレを見たらなんだかいつも通りの空気すぎて」

「ク、クラスの皆には言うんじゃないわよっ!? 秘密! ゼッタイ! わかったっ!?」

『はい……』


 顔を赤くしながら、茶々様はこちらに念入りに釘を刺すのに、わたし達は勢いに押されて返事をしちゃった。

 イマイチ締まらない空気だけど、それでも、


「……ふぅ」


 茶々様が深呼吸するだけで、少し緊張した様子になっていたので。

 真剣に、話を聞いたほうがいいようだ。


「改めて言うわ。まずは、早退して心配をかけてしまったこと、二人をこんな時間に呼び出してしまったことをお詫びするわ。ごめんなさい」

「ん、いいのよ、茶々様。それくらい……あたしが言うのも何だけど、茶々様には大事なことだったんだし」

「はい。わたし達としても、もっと早く言うべきだったって」

「こちらこそいいのよ。あなた達は茶々達が転校してくる前からそうだったって、なんとなくわかったから。……その上で、茶々は言うわ」


 ささやかな前置きもそこそこに、茶々はまたも深呼吸。

 こちらに向かってくる、熱い視線。

 来る、となんとなく、わたしには分かった。



「――茶々は、朱実のことが好きよ。子供の頃から、ずっと」



 そして。

 来る、と分かっていても、その言葉を改めて聞いて、わたしの胸中で胸の高鳴りを得ると共に。

 これから起こることに、何となく胸が痛みそうになって、


「茶々様。あなたの気持ちは分かるけど、それでも――」

「わかってるわ。そして、真白」


 わたしの、そしてシロちゃんの予想をも越えて、茶々様は、わたしに向けてくるのと同じくらい熱い視線で、



「――真白のことも、茶々は好きなの」



「えっ……」


 そのように告げてきた。

 茶々様が、わたしだけでなく、シロちゃんのことも?

 つまり、それは――



「茶々は、あなた達を同時に、愛しちゃってるのっ!」



 混乱しそうになったところで、茶々様が端的に、しかも大胆にまとめてくれた。


「思い返せば、朱実のことはもう一目惚れだったわ。子猫みたいに可愛くて、照れ屋なところはからかいがいがあって、ついつい悪ふざけをしても笑って許してくれて……時を空けてこの夏に再会したときも、朱実はさらに可愛くなって、ますます好きになって、遂にははっきりと気持ちに気付くまでになってっ」

「ちゃ、茶々様……」

「同時に、この夏に会った真白は、最初はちょっと怖かったけど。茶々の将来への決意にとても素直に共感してくれて、立派だって褒めてくれて、他にもたくさんたくさん、茶々と仲良くなろうって気持ちで接してくれて。朱実には、真白を懸想しないって一度は言った(ACT88参照)ことあるけど、日々接していくうちにやっぱりダメだったわ。どうしても好きになっちゃたのっ」

「…………」


 どんどん、茶々様は自分の胸の内をさらけ出していく。

 こんなにも素直な茶々様は、もちろん初めて見た、というのもあるけど。

 わたしは、胸を打たれているのを感じた。


「茶々は、あなた達の関係を裂こうだなんて思わない。でも、この気持ちに蓋をしたままなんて、茶々には出来なかったの。それくらい、あなた達のことが大好きだったの。例え拒絶されたって、茶々は後悔なんて――」

「茶々様っ」

「……って、えっ……!?」


 と、茶々様がさらけ出す最中で、シロちゃんが茶々様のことを抱き締めていた。

 これにはわたし、ちょっとびっくりしたけど、


「――朱実もっ」


 シロちゃんがこちらに手招きをするのに、ああ、そうか、と納得できた。

 シロちゃんも、わたし同じことを思っていたんだ。

 拒絶されるかも知れないという恐れもあるというのに、それでも、自分の気持ちを告げる茶々様の勇気に、わたしもシロちゃんも、胸を打たれていたんだ。

 ――茶々様のことを、愛おしいと、感じたんだ。


「うん。茶々様、失礼いたしますっ」


 だから。

 シロちゃんが茶々様の正面をとっていたので、わたしは茶々様の後ろから、抱き締めさせてもらうことにした。

 そうすることに、躊躇いはなかった。


「ちょ、ちょっと、いきなりなんなのよ二人ともっ」

「なんなのも何もないわ。あたしが、茶々様の気持ちを拒絶できるはずがないもの」

「え……そ、それって」

「わたしも同じ気持ちです。茶々様が素直に気持ちを伝えてくれて、とても嬉しかった」

「!」

「恋人になるとかそういうのはちょっとダメだけど」

「それでも、わたしはこれから先の未来、ずっと茶々様と友達で居たい」


 それくらいに。



『――茶々様のことが、大好きだからっ』



「あ……」


 重なる、わたしとシロちゃんの言葉を受けて。

 茶々様の釣り目からは、大粒の涙が溢れ出してきて、


「うっ……ありがと……二人とも、ありがとっ……!」


 大声ではなく、声を押し殺しつつも笑いながら、茶々様は泣いた。

 あの茶々様がこんなにも涙を流すのを、わたしは初めてみたかも知れない。


「うぐっ……はうっ……よかった……よかったよぅ……!」


 あと、それに釣られたのか、シロちゃんも思いっきり泣きだしていた。

 元よりシロちゃんは感受性が強いというのもあるけど、これからも茶々様と仲良くできるという安堵もあったんだろうし、それくらいに茶々様のことを想っていたんだと思う。

 これにはちょっと妬けちゃうけど、


「……はは」


 その安堵はわたしも同じことで、やっぱりちょっと泣いちゃった。

 こうして本音を出し合って、わたし達三人はしばらく身を寄せ合いながら、泣いたり笑ったりを繰り返した。



「はぁ……涙なんてさっき出し尽くしたはずなのに、こんなにも、また出てくるなんて思わなかったわ」


 ほどなくして。

 一番最初に泣きやんだ茶々様が、溜め息と一緒にそんなことを言っていた。

 確かによく見ると、茶々様、さっきから元より目元が赤かったようにも思える。

 ……多分、その時も悲しかったり寂しかったりで、茶々様、すごく泣いたんだろうなぁ。

 そして今のこの時、みんなで嬉し涙を流せたと思うと……本当に、さっきまで考えていたような悪い方向に行かなくて良かったよ。


「とりあえず……茶々様の気持ちは分かったけど、あたしと朱実は今まで通り、関係を続けていいのね?」

「うん。この気持ちを伝えた今、茶々は、大好きなあなた達を心から祝福できるわ。だから、ちゃんと幸せになりなさいよねっ。そうじゃないと茶々が許さないんだからっ」

「改めてそう言われると、なんだかすごく照れるような……」

「…………でも」

『? でも?』


 わたしとシロちゃん、そろって首を傾げるのに。

 茶々様、顔を赤くしつつ、小さなその身をもじもじとさせながら、


「あんた達が愛し合う、そのついででいいから……たまには、茶々のことも愛してくれたらいいなって……」

『――――』


 そんなことを、弱々しく、切なげに、それでいて素直に伝えてくるものだから。

 ゴトリ、と。

 わたしから、あとシロちゃんからも、音が鳴ったような気がして、


「朱実」

「うん」


 一瞬で、シロちゃんと頷きあって、


「え……っ!?」


 二人して、両側から、茶々様の肩に手を置いて。


 ちゅ、と。


 わたしは茶々様の左頬に、シロちゃんは茶々様の右頬に、各々の唇を押し当てていた。


「な、な、な、な……!?」


 無論、茶々様は両頬を手に当てて、その頬を真っ赤にしつつ涙目でこちら側を見てきて、


「なにしてきてんのよ、あんた達っ!?」


 ギャンギャンと暴れわんこのように、吠えてきた。

 わりといつも通りに。


「いやぁ、茶々様がとても可愛くて」

「なんといいますか、衝動が抑えられなくて」

「だ、だからって、いきなりそんなことする!?」

「だって、茶々様が愛してほしいって言ったから」

「はい。今がその時だと思いまして」

「なっ……!」

「大好きよ、茶々様」

「!」

「ずるいよ、シロちゃん。先に言っちゃうなんて。わたしも、茶々様のこと大好きなんだからっ」

「!!」

「いいでしょ、別に。あたしは今、茶々様が好きっていう今の気持ちを、素直に伝えてるだけなんだから」

「それを言うなら、わたしだって。茶々様を好きって気持ちはシロちゃんに負けないつもりだよ」

「!!!」

「いいわ、朱実。これから先、たまに競争しようねっ。どっちが茶々様を好きかって」

「もちろんっ。なんてったって、茶々様はわたしの大切な幼なじみなんだからっ」

「あ、あ、あんた達……!」


 と、わたしとシロちゃん、鼻息を荒くしながら火花を散らしている傍らで。

 茶々様は、顔どころか全身を真っ赤にしつつ、全身をプルプルと震わせつつ、涙目になりながら、


「茶々をさしおいて、いつも以上を発揮してんじゃないわよっ、も――――っ!」


 夜の小さな公園に、その叫びを木霊させるのだった。

 ……確かにその辺は、いつも以上なのかも知れないなどと、わたしが思ったのはここだけの秘密。

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