ACT97 どっちがお姉ちゃんでどっちが妹?
「では、私は夕食の支度があるため、これにて失礼いたします。茶々様、くれぐれも暗くなる前にお帰りください」
「わかってるわよ。子供じゃないんだから」
「……奈央さんとも、一緒に遊びたかったんだけどなぁ」
校門前にて、奈央がそのように暇を告げるのに、茶々は少々渋い顔、真白は苦笑いをした。
「生憎、現在の八葉家は私が主な家事担当となっておりますので」
「うちのお母様も、今は新たに就いた仕事で少し忙しい身なのよね。本当、奈央にもお母様にも感謝してるわ」
「その分、茶々様は自己の研鑽に力を注いでおられます。そして羽を伸ばす機会も大切でしょう。今日は真白様とごゆるりとお楽しみください」
「ん、わかってる。でも、今度必ず奈央も遊びに行きましょう。その時は茶々や真白だけでなく、朱実や、出来るなら桐子や奈津も一緒にっ」
「…………はい」
茶々の真っ直ぐな言葉に、奈央は伏せていた紺色の瞳を開いて、少し驚いた表情を見せたものの……ややあって、優しく微笑んで頷いた。
なんだろう。月並みで言えば、やんちゃな妹を見守る優しい姉とも見れるし、立派に育った娘を誇らしく思う母とも見れるような。
元ある主従以上に、二人の間には純然たる家族ともいえる絆があるように、真白は感じる。
家族か……いいなぁ……あたしも、朱実とそうなりたいなぁ……。
「真白、何をボーッとしているのよ」
「え?」
と、ぽわぽわと考えていたところ、茶々が声をかけてきた。
……今、よくよく考えると結構恥ずかしい想像をしていたような気がしたけど、そこはどうにか表に出さずに、
「なんでもないわ。奈央さん。茶々様の言うとおり、また今度一緒に遊ぼうね」
「はい、必ず。真白様、本日は茶々様のことをよろしくお願いいたします」
「わかってる。奈央さんの代わりに、茶々様のお姉ちゃん役をこなして見せるわ」
「なっ……!」
「ふ……ふふ、そうですね。お願いいたします、真白お姉様」
「!」
奈央の言う、お姉様という呼称に。
……なんだろう、とってもグッときた。
結構前に、朱実のことをついついお姉ちゃんと呼んだことがあって(ACT08参照)、朱実が悶絶したのを見たことがあるけど……なるほど、これは、なかなかイイ。
「茶々様、お姉様の言うことをよく聞くのですよ?」
「だから、子供扱いするなって言ってるのっ! ほらっ、奈央、早く行っちゃいなさいっ。また後でっ!」
可笑しそうに奈央が言うのに、茶々はプリプリ怒りながら、真白の手を引いて商店街の方に歩いていってまう。
真白、『はい。また後で』と奈央が後ろでゆるりと手を振っているのを感じながら、
「茶々様、そんなに急がなくても時間はいっぱいあるわ。焦らず騒がずゆっくりよ」
「うっさいわね。真白も真白で、お姉様風吹かせてるんじゃないわよっ」
「む。じゃあ茶々様、誕生日はいつなの?」
「ん、十月十七日よ」
「あたしは十月十六日だから、やっぱり、あたしの方がお姉ちゃんね」
「い、一日違いなだけでしょうがっ!」
わんこのようにギャンギャン怒る茶々。またもちょっと涙目で可愛かったのだが、これ以上からかうのはやめとこうと思いつつ、どうどうと宥めにかかった。
あと、今、わりといいことを知れた気がする。
「それにしても偶然ね。誕生日、あたしと一日違いなだけだなんて。それに、お互いもうすぐでしょ」
「む……そうなるわね。あと一週間もないわ」
「知っていたら、何かプレゼントとか出来たかもしれないけど……ごめんなさい、急だから何も思いつかない上に、今月のお買い物の予定とかあるから、そちらに割くお小遣いが厳しいかも」
「それもお互い様でしょ。茶々も、知ってたら真白に何か贈るようにしていたわよ」
「んー……それじゃ、さ。商店街に美味しいアイスのお店があるから、前祝いみたいな感じで、お互い何か奢り合わない?」
「なによそれ。自分で買うのとあまり変わらないじゃない」
「そこは気分ってやつよ。……ダメ?」
そのように、真白は背丈の低い茶々に目線を合わせながら問いかけると。
茶々、『うぬっ……』と詰まって少し考えたようだが。ややあって、小さな肩を竦めつつ苦笑して見せて、
「しょうがないわねぇ。付き合ってあげるわよ」
「おお。ありがと、茶々様」
「元より、この放課後は真白の寂しさを埋めるためだからね。それくらいどうということはないわよ。それに」
「? それに?」
真白が首を傾げた矢先、茶々は顔を赤くしてこちらから視線を逸らしながらも、ちょっとした笑みを見せて、
「奈央や朱実のような親類以外の友達と、その、こういう風に誕生日を祝い合うのも……ちょっといいなって、思ったから……」
途中から恥ずかしさがどんどん増していったのか、最後は声の大きさが尻切れになっていたのだが。
茶々のその気持ちに、真白は、先ほどの教室の時と同じくとても胸が熱くなるのを感じて、
「茶々様……!」
「ぃっ……! だ、だから、いきなり抱きついてこないでよっ!?」
「いやー、ちょっと茶々様が愛おしすぎて。友達として」
「な……そ、それにしても、オーバーすぎるのよっ! 友情表現、もうちょっと考えなさいっ。茶々は大丈夫だけど、他の子とかいろいろ勘違いさせちゃうわよっ」
「? 勘違い? なんのこと?」
「……本気でそういう風に首を傾げてる辺りが、恐ろしいわね」
「???」
真白としては逆に、茶々の本気でそういう風に戦慄している辺りが、よくわからないのだが。
ややあって、茶々は抱きつく真白をやんわりと引き離して、一度大きく呼吸をして、心身をリラックスさせてから。
「ん」
こちらを向いて、ずいっと手を差し出してきた。
この仕草が、真白にはよくわからなかったのだが、
「……お姉ちゃんでしょ。あまり地理に詳しくない妹を、はぐれないように、なおかつしっかりとエスコートしなさいよね」
「ああ……うん、なるほど」
そのように、照れた様子で言ってくる茶々に、真白はちょっと可笑しい気持ちになりながらも、その手をそっと握る。
思っていたよりもずっと小さな手で、でも、さらさらした滑らかな肌触りで、なおかつ柔らかい。朱実とはまた違った意味で、握り心地がよかった。
一瞬、いつも朱実とやっているように、指の一本一本を絡めながら握ったらどうなるのかなと思って、真白は試したくなったけど。
「――――」
やめておいた。
あの手の握りは、朱実とだけの特別にしておきたい。なんとなく。
「じゃ、行こっか。茶々様、はぐれないように、付いてきてね」
「だから、子供扱いしないでって言ってるでしょ」
そんな風に。
真白は、茶々と手をつなぎながら、商店街へと歩いていく。
あたし達、姉妹のように見えてるかな?
そんなことを、のほほんと思いながら。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
はっ!
こ、今度は、何処からかハートウォーミングな波動がっ……!?
今回は一体何が……。
「どうしたの、朱実ちゃん?」
「う……な、なんでもありません。気のせいと思っておきます」
すぐ隣にいる藍沙先輩が声をかけてくるのに、わたしは曖昧な笑みで返しておく。
まあ、おそらくこの波動もシロちゃん関連なんだろうけど……それはそれと、割り切っておいた方が良さそうだ。
今、わたしにはそれ以上に気になることがあることだし。
「それにしても、藍沙先輩」
「ん、なぁに、朱実ちゃん?」
「本当に、今日はこの格好で、するんですか?」
「んー、そういう日だからね。恥ずかしい?」
「う……ちょ、ちょっと。こういうの、わたし初めてで」
「まあ初めてだと緊張するわよね。私もそうだったし。でも、時間が経つにつれて慣れてくると思うわ。ハマってくれると、結構気持ちいいものよ?」
「き、気持ちいいんですかっ!?」
「うん。だから……そうね。緊張しなくなるコツを教えてあげる」
「……い、いいんですか?」
「もちろん。ちょっとこっちにおいで。少しの間だけ、私に、何もかも任せてもらえる?」
そんな、藍沙先輩のふわりとした笑みに、年上としての包容力と彼女特有の愛らしさを感じて、わたしはちょっとドギマギしたんだけど。
この時ばかりは、藍沙先輩に身を任せた方が良さそうだ、と思ってしまう辺り。
「は、はい。よろしく、おねがいします」
「ふふ、いい子ね」
わたしは、この人にどうやっても叶わないかも知れないな……と、改めて思う。
本当に、この人は、ちょっと苦手で、どこまでもシロちゃんとわたしの憧れであり続ける人だった。
いつもはシロちゃんにお姉ちゃんぶってるわたしだけど、藍沙先輩の前では形無しだよ……。
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