ACT96 その友情に感謝を示すには?
「朱実、一緒に帰りましょう」
「あー、ごめんね、シロちゃん。今日もちょっと用事があるの」
十月に入ってからというものの。
朱実は、学校が終わっても真白と一緒に帰るのではなく、私用ですぐに帰ってしまうことが多い。
今日も今日とて、彼女にはその用事があるらしく、
「用事、どのくらい続きそうなの?」
「んー、もうしばらくは、一緒に帰れないかも」
「……そうなんだ」
「ごめんね。これ終わったら、また元通りになると思うから。それじゃ、また明日ねっ」
「あ、うん……また、明日」
そう言い残して、さっさと教室を出て行ってしまった。
そんな彼女の後ろ姿を見送りつつ、
「……はぁ」
真白はちょっと、溜息をこぼした。
もちろん、朝の登校時は朱実との『補給』を欠かさないし、昼の昼食時だっていつも一緒だし、他の学校での班行動や体育の時間の準備運動についても同様に傍にいるけど。
でも、やっぱり、一日最後の締めである『朱実と一緒に帰る』というプロセスが数日なくなるだけで、真白はこの時間、なんとも寂しい気持ちになる。
ただそれだけで足りなくなってしまったら、将来社会に出て、一日で面を合わせない時間が多くなったらどうなっちゃうんだろう、という気持ちもあるけど、やはり……。
「なに辛気くさい顔をしてるのよ、真白」
「どうかいたしましたか、真白様」
と、切なさを抱えながら、真白が帰り支度を済ませところで、友達である茶々と奈央が声をかけてきた。茶々は訝しげに眉をひそめ、奈央は無表情ながらも少々心配げである。
いけないいけない。彼女達に余計な気を回させないようにしないと……と思いたいところだが。
「最近、朱実が一緒に帰ってくれなくて」
「朱実が?」
「それは……なるほど」
ついつい、本音が漏れ出てしまっていた。
……そうだ。
「二人は、何か知らない? 朱実の用事って」
「なによ。真白、聞かされてないの?」
「……教えてくれないの。なんだか、朗らかに笑ってはぐらかされちゃうから。で、茶々様達なら、こう、親戚特権とかで何か知ってると思って」
「何よ、親戚特権って……。生憎、茶々は何も聞いてないわ」
「同じくです。それに親戚といっても、私と茶々様の住居は、朱実様の邸宅とは学校を挟んで逆方向となっておりまして、先約がない限り、朱実様と放課後に面を合わせることは、あまりありません。これまで、私達が真白様や朱実様と帰宅を共にするケースがなかったのは、まさにそのためです」
「そういえば、そうだったわね」
「お爺様、そこの手配だけは間違っちゃったみたいで。文句を言うつもりはないんだけど……茶々だって、朱実と一緒に……」
「? どうしたの、茶々様」
「! な、なんでもないわ。とにかく、茶々達二人にも、朱実からは何も聞かされてない。それだけが事実よ」
何故か慌て気味で答えてくる茶々だが、まあ、それは些末なこととして。
茶々も奈央も、朱実の用事についてはわかっていないようだ。
と、なると、他の人を当たっても、答えを得るにはかなりの困難となるだろう。
……それをわかったためか、またも切なさが増した気がする。
「よろしいですか、真白様」
そんな風に真白が悶々としているところで、奈央が挙手してきた。
「ん、なに、奈央さん」
「真白様のお気持ちもお察ししますが、あまり深入りされるのもよろしくないかと」
「う……」
「例え心を許せるご友人だとしても、人間、誰しも内緒にしたいことだってあるものです。朱実様とて、それは例外ではないことでしょう」
「それは、そうだけど」
「もうしばらくと言っても、様子からして、一ヶ月もかからないと思われます。朱実様を信じて、その用事が終わるのを待つことはできませんか?」
「…………」
厳しくではなく、むしろ優しく問いかけてくる奈央。
彼女の言うことは正しい。まったく正しい。朱実の用事の詳細を知ったとしても自分にはどうすることもできないだろうし、朱実と一緒に帰れるようになるわけでもない。
何より、真白は朱実のことは誰よりも信じている。
信じているんだけど、
「やっぱり、寂しい気持ちだけは、抑えられないの」
もう少し、朱実との時間が欲しい
もっと、朱実と一緒にいたい。
一日だけなら耐えられるけど、何日も続くとなると、その気持ちが真白の中で現在進行形でどんどん大きくなってしまう。
「……はぁ、しょうがないわねぇ」
と、そんな真白を見て何を思ったのか、茶々様は大きく息を吐きながら一歩前に出て、ぐいっと真白の手をつかんだ。
これには、真白は少し目を丸くして、
「ちゃ、茶々様?」
「ホント、見てられないわね。茶々をいつもハラハラドキドキさせる、あの大胆な行動力の塊だった真白はどこに行ったのよっ」
「え、あたし、茶々様にそんな風に見られてるの?」
「それ以外に何も見られないわよっ。……ともかく今日は、この茶々が真白と放課後を一緒に居てあげるわっ。光栄に思うことねっ」
真白の手をつかんだまま、シニカルな笑みで、育っている胸を張ってふんぞり返る茶々。
「……いいの?」
「茶々がいいって言ってるんだから、いいのっ。最近、家に帰っても勉強ばかりだったから、たまたま今日は気分転換したいだけで、それで気分転換の先に一人寂しそうな真白が居ただけのことよ」
「と、言いつつも、茶々様はいつも二人で肩を並べて下校する朱実様と真白様の背中を見送りながら、自分も放課後を二人と過ごしてみたい……などという気持ちで、物欲しそうなわんこのような目で――」
「なっ……な、奈央っ、余計なこと言わないっ! あ、朱実や真白と、一緒に遊んでみたいとか、お茶したいとか、もっとお喋りしたいとか、そんなこと全然思ってないんだからねっ!」
淡々と解説を加える奈央に、茶々が真っ赤な顔かつ涙目で弁解する。可愛い。
この二人のやりとりに、真白はちょっと和んでしまう傍ら、二学期から仲良くなれた友達の優しい気遣いに、自分の胸中が少し熱くなった気がした。
だからこそ、
「……ありがと、茶々様」
「む、そ、そうよ、感謝しなさい真白……って、え……っ!?」
どうにか落ち着こうとしている茶々を、真白はぎゅぅっと抱き締めた。
朱実より少し小さいけど、柔らかさはあるだろうか。胸の熱いものが身体中に広がっていって、真白自身がぽかぽか満たされていくのがわかる。
とても、心地いい。
「に……ほ、ぅ、わああぁぁぁぁ!? い、いきなりなにやってんの、真白!?」
一方、茶々は全身を真っ赤にしながら、ちたばたと真白の腕の中で暴れていた。
その様は、飼い主に抱っこされてパニックになるわんこの如し。
「なにやってるって、友達への感謝のハグだけど」
「そ、それはわかってるけど、いきなりしてくるのは、びっくりするでしょっ!」
「でも、茶々様への感謝が抑えきれなくて、ついつい」
「ぬぅ。ついついで動く当たり、本調子を取り戻しつつあるわね……!」
「言ってることの意味がよくわからないけど、感謝が伝わって嬉しいわ。これからもいい友達で居てね、茶々様」
「う…………むぅ」
なにやら戦慄しつつ、茶々、暴れるのはやめてくれた。向こうから抱き返してくることはなく、ほとんどされるがままといった状態だが……感謝は、受け取ってくれたようだ。
なので、真白は思う存分気持ちの向くままに茶々のことを抱き締め続けるのだが、そこで、
「……ずるいです」
傍らで見守っている奈央が、いつものように瞳を伏せた無表情でありながらも、どこか『むー』とした雰囲気を出していた。
これには真白、自分は何か彼女の機嫌を損ねることをしただろうか……と考えたのだが、
「ああ、ごめんごめん、奈央さん」
すぐに合点がいって、腕の中のやんわりと茶々のことを解放しつつ。
真白は、奈央の方に向き直って、
「仲間外れは、いけないことよね」
「え?」
「もちろん、奈央さんにも感謝してるわ。だから――」
「――――っ!?」
今度は、奈央のことを、真白はぎゅぅっと抱き締めにかかった。
奈央の身体がピシッと石化するように固まったのがわかったが、真白は気にしない。
背丈が同じであるためか、こちらの胸部と奈央の立派な大きさの胸部とが重なる形になるけど、それでも真白は、彼女との密着面を広くするため、少し強めに力を込めて自分の抱く彼女への感謝を伝え続ける。
「奈央さん、いつもありがとね」
「ま、ま、ま、真白、様……!?」
「この前のモデルの時(ACT85参照)も言ったけど、あたし、奈央さんともずっと大切な友達でいたいから、これからも――」
「くぉら! 真白、調子に乗るなっ!」
後ろから、茶々がこちらの身体に腕を回して、ぎゅっと力を込めてくる。
「あれ? 茶々様からもあたしに、友情のハグ?」
「違うわっ! 真白のスケコマシムーブが度を超してるから、引きはがしにかかってるのよっ!」
「言ってることの意味がわからないけど……茶々様は軽いから、こうやっていても、あたしのことをハグしているようにしか見えないわよ?」
「うっさい! とにかく離れなさい、くぬっ、くぬっ……!」
「んー。前は奈央さんで後ろは茶々様。二人の大切な友達に包まれてるこの状況……なんだか、いい気分ね」
「堂々と色ボケするなっ!?」
「…………あぅ」
真白に抱き締められたまま未だに石化している奈央と、まだまだ必死にこちらに力を込めてくる茶々。
この頃、朱実の居ない放課後が続いて切なかったのだけど。
こうやって、いろいろ元気づけてくれる二人には、真白、改めて感謝である。
……でも、やっぱり、朱実が居ないと寂しいという気持ちは、ちょっぴりあるので。
今、朱実は何してるかな……。
そんな思いに耽りつつ、しばらく真白は奈央を抱き締め続け、茶々に抱き締められ(?)続けるのだった。
「ビ、ビクともしない。なんて胆力なの……っていうか、なんなのよ、この構図……」
ちなみに、茶々様の疲労気味のぼやきは、真白の耳に届かなかった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
はっ!
なんだか今、学校の方角からキャッキャウフフ的な雰囲気の波動が!?
……こういう波動って、決まってシロちゃんが絡んでいるような気がするんだよね。なんとなく。
急いで学校を出たはいいけど……うーん、気になるよ。
「――あら、朱実ちゃん。どうかしたの?」
と。
後ろ髪を引かれる思いながら、わたしが商店街に向けて早歩きしていたところ、かけられる声。
声の主は、もうわかっている。
「ん……なんでもありません、藍沙先輩」
「そう? ならいいけど」
シロちゃんと中学時代から付き合いのある先輩で、わたしにとってはちょっと苦手だけど、憧れのお姉さん的存在でもある二年生。
わたしと背丈はほとんど変わらず小柄で華奢な人なんだけど、とても大きな存在感を持つ彼女は、セミロングの髪を揺らしながら、
「じゃ、行こっか。今日もよろしくねっ」
「はい。藍沙先輩、よろしくお願いします」
そんな魅力的な微笑を向けてくるのを、少しくすぐったく感じつつ。
わたしは、藍沙先輩と共に、商店街へと歩を進めていった。
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