ACT92 落ち着かない昼休みの原因とは?


「ふぁ……うーん……」


 九月も終盤となりつつも、まだまだ気候が暖かい昼下がり。

 今日は天気もいいし、昼休みの昼食は校庭で取ろうと言うことで、真白は友達の朱実と、茶々と奈央のことも誘って、中庭の長椅子で昼食を楽しんだのだが。

 その昼食が終わった後に、朱実が可愛らしく欠伸を漏らしていた。


「朱実、眠いの?」

「ん……昨日は、ちょっと寝付きが悪かったんだよね。朝のうちは平気だったんだけど、今になって急に眠気が……」

「あら、朱実にしては珍しいわね。昔、親戚同士で集まってお泊まりや旅行なんてしたときは、いつも布団に入って一分経つ頃にはもう寝てたじゃない。それがまた子猫みたいに安らかな寝顔で、みんなすんごく和んでたのよね」

「え……茶々様や皆さん、そんなこと思ってたんですか」

「茶々様、その時の状況を詳しく」

「シロちゃん、なんでそこで興味津々モード……?」

「いいわよ真白。あと、その時に撮った写真も、確かデータとして残ってたような……」

「ちゃ、茶々様!? …………う、うぬぅ」

「お二方、あまり仁科様の心が安まらない会話をするのは、よろしくないかと」


 盛り上がる真白と茶々に、奈央がピシャリと待ったをかける。

 見ると、朱実は眠そうにしながらも、どうにかこちらを留めようと必死に意識をも保たせているように、真白には見えた。


「あー、ごめん、朱実……」

「茶々も、少々調子に乗りすぎたわね。ごめんなさい」

「いや、まあ、別にいいんだけど……はぅ……」

「仁科様、昼休み終了の予鈴までまだ時間があります。幸い、天気もいいことですし、少し仮眠を取られては如何ですか?」

「その方がいいかも……」


 奈央の提案に、ゆらゆらと揺れながらも案を受け入れる朱実。


「仮眠……」


 と、なると、真白が想起するのは、一学期のこと。

 同じく眠そうだった朱実に、真白はちょっと甘えさせてみたことがある(ACT30参照)

 自分の胸の中に朱実の小さな頭があって、いい匂いがして、温かくて、全部ひっくるめて安らいだ気持ちになった。

 その頃はまだ朱実と恋人同士という関係ではなかったけど、恋人同士になった今、あの時以上の安らぎを得られるのは、まず間違いない。

 だからこそ。

 さあ、朱実、あたしの胸に飛び込んできて……!

 と、朱実の隣に座りながらの体勢で、真白が腕を広げようとしたところ、


「……ふぅ……んにゅ」

「え、ちょっと、朱実?」


 右隣にいる真白ではなく、左隣にいる茶々の胸に、朱実はコテンとその小さな頭を預け、十秒も経たずに寝息を立て始めた。


「……………………」

「乃木様、いかがされましたか。腕を広げたまま固まっておられますが」

「……いや、その。ちょっと切なくて」

「はあ」

「っていうか、茶々は、どうすればいいのよこれ」


 盛大な肩透かしを食らって真白が切ない傍ら、茶々は朱実のことを支えながら、困惑を隠せていない。心なしか顔も赤くて、落ち着いていない様子。ちょっと可愛い。


「……茶々様、ひとまず、そのまま支えるだけでいいと思うわ。朱実のこと、ゆっくり休ませてあげて」

「ん……そ、そうね。予鈴五分前くらいに起こすのがベストかしら」

「それでよいと思います」


 ともあれ、このまま茶々の胸で朱実を寝かせたまま、時間をつぶすことになったのだが。

 真白としては、自分ではない誰かに支えながら朱実が眠っているというこの状況、少々面白くない。その相手が例え、友達である茶々としてもだ。

 あと、朱実よりも小さな背丈のわりに、茶々の胸は結構育っていて柔らかさもあるためか、朱実の寝顔は実に心地よさそうである。

 自分だって、朱実を心地よくできるのに、という気持ちではあるが、やはりここは我慢。


「……時間も経てば、ちょっとは、落ち着いてくるわね」


 と、茶々がようやくこの状況に慣れたのか、そんなことをポツリと漏らしたのに、真白は少しハッとなって、


「そうね。あたしも朱実相手に一度こうなったことあったけど、なんだか、とっても安心できる気持ちになったのを覚えてるわ」

「そうなんだ。……じゃあ」


 真白の言ったことを受けて、茶々はおずおずと、朱実の頭に手を置いて。

 きゅっと。

 小さく力を込めて、抱き締めちゃったりしていた。


「――――」

「乃木様、落ち着きましょう」


 これには、さすがに真白は穏やかでない気持ちになったのだが、それを察したのか、いつの間にか真白の背後に回っていた奈央が、こちらの肩に手を置いて制止に入り、茶々や朱実に聞こえない程度のわずかな声量で囁きかけてきた。


「な、奈央さん?」

「茶々様は昔から、仁科様を相手に、一度こういう姉役をやってみたいと仰せでしたので。この機会に体験させるのもよろしいかと」

「でも……!」

「それに、今ここで騒がれますと、仁科様が起きてしまわれます」

「……うぬぅ」


 安らかに眠っている朱実の寝顔を持ち出されると、さすがに弱い。

 そう、元より朱実と茶々は親戚で幼なじみなんだから、こういう時間もあっていい。

 ここは冷静に冷静に……よしよし、あたしは、もう冷静。

 そんな葛藤を経て、ようやく真白は一息を吐こうとしたところ、


「朱実、なんだかいい匂いがするわね」

「な……」

「もうちょっと……うん、やっぱり、なんかいいわ。クセになっちゃいそう」


 茶々が、朱実の髪に鼻先を寄せたりしているので。


「ちょっと、茶々様……!」

「乃木様、堪えてください」


 またも真白の堪忍袋の尾に切れ目が入ったところで、再度、奈央からの制止が入った。


「奈央さん、止めないで」

「一人前の女性である仁科様となれば、特有の匂いは持つものです。茶々様がそれを感じたくなるのは、むしろ当然かと」

「……いや、そう言われても。っていうか、奈央さんもそうなるの?」

「はい。今こうして乃木様からも、優しい香りが満ちておりますので、私も存分に癒されております」

「それにしては、ちょっとした気苦労みたいなものを感じるけど」

「気のせいです。ともあれ、仁科様も乃木様も、魅力的な女性であるということでファイナルアンサーとさせていただきます」

「むう……」


 そこまで褒められると、真白、毒気が抜ける心地である。

 ……まあ、確かに奈央の言うとおり、朱実は真白にとって最高の女の子なので、その魅力に引き寄せられるのも致し方なしといったところか。

 それで納得することにしよう。うん、そうしよう。

 と、真白は無理矢理、自分の気持ちを落ち着かせようとしたのだが、


「…………」


 一方、茶々、朱実の寝顔を近くに感じているうちに、ポーッとしだしている。

 未だに顔を赤くしたまま、それでいて、何故かゴクリと息を呑んでいたりする。

 彼女が何かに緊張している、というのは、真白から見ても一目でわかったのだが。

 いったい、何に緊張しているのか……と、思ったところ、


「朱実……」


 ポツリと、茶々は彼女の名を呼び。

 目を閉じて、震えながら、己の唇を朱実の額辺りに寄せて――


「おい――」

「乃木様、平静に、平静に……!」


 さすがに我慢ならなくなって、真白が立ち上がろうとしたところ、今度は奈央が羽交い締めにしてきて押さえ込まれ、その間にも、茶々の唇は朱実の額に触れようとして――


「んにゅ……」


 と、眠る朱実から、小さな呻きが漏れて、



「シロちゃん……だいすき……」



 すりすりと子猫のように身じろぎしてから、またもスヤァと寝息を立て始めた。


『…………………………』


 これに、真白も、茶々も、奈央も、三者三様に数秒ほど固まってから。


「…………くっ」


 茶々が、朱実のことを抱えつつも、わなわなと震えだした。

 しかも、ちょっと涙目である。


「茶々様、元気だして」

「なによ真白。あんた、なんでそんなにドヤ顔なのよ……!」

「いや~」


 そして、真白の溜飲は下がりに下がる。

 ちょっとした朱実の寝言ですらも、真白の胸中はドキドキしたし、にやにやしたし、心が実に晴れやかで、その心情が思い切り顔に出ているとも自覚できた。

 それこそ、『ドヤアアアアアァァァ……』と無意識に言いたくなるくらいに。


「あ、朱実、茶々のことはどう思うのよ……!」

「んにゅ……」


 叫びたくなりそうながらも、どうにか声を抑えて、茶々は胸の中の朱実に囁きかけると、少しだけ反応があったようで。



「ちゃちゃさまは……たいせつ……」



「――――」

「むむぅっ……!」


 そんな、寝言による返答がきて。

 真白はドヤ顔に歯止めが入り、一方で、問いかけた茶々はというと、


「…………そ、そう。よ、よかったわ」


 さっきまで赤かったのが、さらに赤くなって縮こまっていた。

 改めて言われると、茶々自身、結構照れが入ったようである。……まあ確かに、深層心理で言われると、そうなるのも当然といえようか。

 今でこそ朱実から好意を伝えられてることに慣れている真白だが、恋人という関係ではなかったら、真白も茶々のようになっていたかも知れない。


「……茶々様、ここは引き分けにしときましょう」

「そうね……」


 そういう決着で、二人は頷き合った。

 内心、朱実が好きであることについて負ける気はないが、朱実の気持ちも尊重したいのもあるので。……茶々自身は、朱実をどのように思っているのかはわからないけども。

 ともあれ、予鈴が鳴るまで残り十分。もう少し朱実を寝かせてから、教室に戻るとしよう。

 そのように息を吐いて、真白はベンチに腰を落ち着けたところ、


「…………なんとか、穏やかに過ごせそうですね」

「な、奈央さん? 妙に疲れてない?」


 奈央が、目を伏せた無表情ながらも、疲労を隠し切れていなかった。

 真白へのフォローに結構体力を使ったらしい、よろとろと真白の隣に座って、ぐったりしたいのをどうにか堪えているようだった。


「いえ、大丈夫です。この程度の激務……」

「駄目よ。ほら、あたしでよければ胸を貸すから、奈央さんも休んで休んで」

「え……の、乃木様……あぅ……」


 そう言って、真白は奈央の頭を、きゅっと優しく抱き寄せてみた。

 これには奈央、ピキッと固まったのだが、抵抗することなくへなへなと弱っていく。

 心なしか、耳も赤くなっている気がする。

 随時、存在感の力強かった奈央がここまで疲弊するとは、やはり真白がとても苦労をかけてしまったということだから、ここは誠心誠意、彼女を癒さねば。

 奈央には奈央で、朱実とはまた違った温かさがと柔らかさがあって、これはこれでと思えるのだが……堪能するのは、二の次だ。


「……む」

「? 茶々様、どうしたのよ。何だかちょっとだけ不機嫌になってない?」

「! べ、別に何でもないわよ」


 あと、茶々が、こちらを見て何故か『むー』となっていて、朱実を抱き締めつつも、真白や奈央に視線をやりながら、難しい表情をしていたのだが。

 その辺の彼女の心理ついては、真白には推し量れなかった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 予鈴数分前で眠りから覚めて、結構状態がマシになったのは良いんだけど。

 ……茶々様と紺本さんが、なんでそんなにも神妙な様子になってるのかな?

 二人の間がギスギスとかそういうのではなく、個人個人で何かちょっと思うところアリな状態のような……。


「シロちゃん、二人はなんで、微妙な感じになってるの?」


 ちょっと気になったので。

 教室に戻ってから座席に着く際に、後ろの席に居るシロちゃんに、当の二人に聞こえない程度の声量で訊いてみたら、


「んー、あたしも、ちょっとわからないのよね」

「そうなんだ」

「あたしとしては、二人にをしたつもりなんだけど」

「……あー、なるほどね」


 なんとなく、察しが付いたような気がするよ……。

 シロちゃん、程々にね……といっても、やっぱり何処かでそうなっちゃうんだろうなぁと思いつつ。


 まあ、そこまで深刻じゃなかったのか、放課後には茶々様も紺本さんも元の調子に戻ってくれたので、その辺りは一安心、だね。

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