ACT85 それぞれが持つ得意な分野とは?


「お~~~~~~、真白さんも素晴らしいっ。これまた優勝ですなっ!」

「よくお似合いですよ、乃木様」


 試着スペースで着替え終えて、カーテンを開けた真白を見て。

 奈津は興奮気味に感嘆し、奈央は瞳を伏せた無表情ながらもパチパチパチと拍手をしていた。

 何しろ、今の真白は、


「……男装で褒められるっていうのも、わりと新鮮な気分ね」


 白の半袖シャツに、ピッタリとした黒パンツ。さらに上には黒のベストと、小さな黒の蝶ネクタイ。サイドポニーにしていたセミロングの髪は後ろ一つに結んだ、言わば執事スタイルである。

 引き受けた作画のモデルとして、奈津がこの衣装を要望してきた時は、真白も少々困惑したし、着替え終えて鏡で見たときも要望を満たしているか不安でもあったが……二人に好評のようでホッとした。


「真白さんって普段は美人さんなんですが、イケメン路線もいけますねっ」

「そこまで褒められるほどのものじゃないと思うわよ」

「いえ。乃木様は、ご自身が思っているよりも遥かに素材がよろしいので、何をお召しになられても映えるものかと」

「う……ぬぅ、と、とにかく。おなつさん、写真撮るんでしょ。早くしてちょうだい」

「おお、そうでしたそうでしたっ」


 好評なのは良いが、流石にこれ以上褒め千切られるのも真白としては恥ずかしいので、さっさと本題に移ることにする。

 まずは、一人ずつ撮るとのことで、最初は真白からということになった。


「では、撮りますよー」


 奈津が、自前であるらしい、小さなデジタルカメラをこちらに向けてくる。

 そういえば、ポーズ指定ってあったりするのだろうか? 執事ってどんな仕草をすればいいのだろう?

 などと真白は思ったのだが、


「真白さん、まずは自然体でお願いします」

「こう?」

「直立不動とかじゃなくて、もうちょっとリラックスを」

「リラックス……こうかしら?」

「んー、まあ、いいですかね。他には、うやうやしく一礼って出来ます?」

「う、恭しく?」

「こう、右手をこういう形にして、少々身を折るみたいな感じです」

「難しいわね……」


 案の定、苦戦した。

 真白自身、漫画を読まないと言うことはないのだが、一年に読む量は片手で数えるほどなので、その辺りの漫画のお約束に於ける知識量は、奈津に遠く及ばない。

 そのため、撮影はあまりスムーズにいかず、仕舞いには、奈津がスマホで検索した画像を提示されながら、量をこなしていくことになり、


「はい、真白さん、OKです。お疲れさまですっ」

「な、なかなか疲れたわ……」


 終わる頃には、真白、大きく息を吐くことになった。


「いやー、すみません。いろいろ拘りたかったもので」

「この前やった時(ACT11参照)は一つだけだったし、すぐに済んだけど、難しいのねモデルって」

「んー、場合によると思います。これは、撮る方も撮られる方も人それぞれですんで、あまりお気になさらずに。もういくつか撮りたいんで、真白さんはそちらでご休憩を」

「ん、そうさせてもらうわ……」

「では、次。奈央さん、お願いいたしまーす」

「畏まりました」


 交代して、今度はメイド服の奈央が撮られることになる。

 奈央も奈央で、こういうモデルは初挑戦であるとのことだったのだが、


「奈央さん、このポーズ、良いですかね」

「こうでしょうか?」

「お、いいですねぇ。次は、お庭の掃除で箒を持ってる感じでどうです?」

「これですね」

「おお、素晴らしいっ。主人に、食後のお茶をお持ちした時なんかは?」

「こうなります」

「あ、こちらに目線と、柔らかな微笑みも可能ですか?」

「はい」

「おおおぅ、これは優勝ですなっ。お次は――」


 と、次々と、指定のポーズを完璧にこなしていく。

 流石は、幼少から茶々に仕えていたベテランメイド……といいたいところだが、その要素を差し引いても、奈央の被写体としての完成度はすごいと、真白は思わざるを得ない。

 キビキビしているように見えて、その仕草は流麗。

 淡々としているように見えて、その表情は豊潤。

 奈津の描く漫画のキャラクターがそこに居るかの如く、なおかつその時のシーンが思い浮かぶかの如く、彼女一人で世界が創造されているかのようだ。


「はい、以上ですね。お疲れさまです、奈央さんっ。全部が全部、素晴らしいものでしたっ。いい物が描けると思いますっ」

「ありがとうございます。今から生まれる名作が楽しみになりますね」

「あ、いえ、その、名作になるかどうかは、これからの自分次第なのですが……」

「いえ。必ず名作になると断言できますとも……!」

「そこまでプレッシャーかけないでもらえますっ!?」


 真白にかかった時間の約半分で、奈央の撮影が終わった。

 奈央、表情はまったく変わらず涼やかなもので、奈津と談笑までする余裕っぷりである。……なんだか、よくわからない差を付けられた気分で、微妙に悔しい。


「んじゃ、次に二人揃っての構図写真を撮らせていただきたいんですが……奈央さん、休憩されます?」

「いえ。私はまだ大丈夫です。乃木様は、お加減いかがでしょうか」

「ん……あたしも大丈夫よ。やりましょう」


 ともあれ、休憩は終了。

 今度は、奈央とペアでの写真だ。

 気を取り直して、真白は奈央に歩み寄ってみるのだが……改めて彼女を近くにすると、身長差はほとんどない。

 ミリ単位の誤差はあるだろうが、自分と同じ百六十四センチで相違はないだろう。

 ただ、胸周りの大きさと形の良さと、腰の細さとくびれ具合といった女性的なバランスの部分でいえば、若干、奈央に分があると言っていい。その辺も負けた気がする。

 ……朱実と会うまでは、あまり気にならなかったことなんだけどね。

 それを考えると、朱実が自分に与えた影響は大きい気がする。

 というか、朱実は今、どうしてるかな……。


「さて、ペア撮影する前にちょっとだけレクチャーしますが、良ろしいですかね」

「お願いいたします」

「ん、うん、大丈夫。聞かせて」


 っとと、危ない危ない。

 ボーッとしてないで、奈津の言うことをちゃんと聞いておかないと、また撮影に時間がかかってしまう。

 真白、少々慌てて、奈津の言葉に耳を傾ける。


「自分が今描いているのは、女の子向けの漫画です。とある高貴なお家に仕えるクール系敏腕美少女メイドさんと、新米としてやってきた天然系イケメン執事さんとのラブコメディでして」

「ほほう」

「執事さんが、一目惚れしたメイドさんに向かってグイグイとアプローチする傍ら、メイドさんは執事さんを軽くあしらいつつも、その真っ直ぐさに徐々に惹かれていくっていうのが、大まかな流れですかね」

「……となると、あたしが奈央さんにグイグイとアプローチするのと」

「私が、乃木様に惹かれていく、といった設定でしょうか」


 それぞれの役割を聞いて、想像してみるものの……男の子がどのように女の子にアプローチするのかを、真白は知らない。

 今までそういう経験がなかったのもあるし、今、自分が付き合っているのは女の子の朱実であるし、この先、朱実以外の子と付き合うなど考えられないから実体験もしようがないしで。 

 これは、またちょっと、難しいことになりそうだ。


「惹かれていく……ふむ、何とか、出来そうですね」


 一方の奈央は、要領を掴みかけているようである。

 ここでも差を付けられてしまった気が……というか、


「奈央さん、もしかして好きな人が居るの?」

「……コメントは、差し控えさせていただきます」


 一瞬、詰まったものの、きっぱりと答える奈央。

 それは、居ると言っているも同然なのでは……と思ったが、それ以上は奈央が話したくなさそうなので、真白はつっこまないようにしておいた。結構、驚きの事実ではあるけども。

 それはともかく。

 奈央の準備が整いつつあるだけに、真白は早急にイメージを構築したいのだが、イマイチ、ピンときてくれない。

 一体、どうしたものか……。

 

「乃木様」


 と、悶々としかけたところで、奈央が声をかけてきた。


「ん、奈央さん?」

「あまりイメージできないのであれば、いっそのこと、乃木様が普段、仁科様に接しているようにしてみては如何でしょう?」

「朱実……って、どうしてここで朱実が?」

「お見受けする限り、乃木様は仁科様をとても素敵な女子と見られておりますので。私を仁科様だと思って取り組んでみては?」

「ん……」


 確かに。

 今更言うまでもなく、真白にとって朱実は最高の女の子で、かけがえのない恋人である。その辺の関係は、奈央には明かしていないけども。

 ただ、朱実に対していつも思っていることを素直に吐露するのは、果たしてアプローチといえるのかはわからないし、なおかつ、奈央のことを朱実と思ってやれと言われても、朱実と奈央とでは、魅力のベクトルが結構正反対のようにも思えるが……。


「わかったわ。ちょっと、あたしなりにやってみる」

「はい」


 四の五の考えるのはやめておこう。

 まずは、自分なりにやってみて、足りない部分があれば後で考えればいい。


「お二方、準備はよろしいですかね」

「出来てるわ」

「私もです」

「では、話し方はご自身のままでいいですので、設定に関して、それっぽく話してみる感じでいいですか?」


 奈津がカメラを構えつつ、指定を入れる。

 この場合、動くのは真白からだ。


「おはよう、奈央さん。今日も綺麗ね」

「おはようございます、乃木様。形通りのお世辞は結構ですので、油売ってないで、早く仕事に入ってくださいませ」


 まだ真白はぎこちないのだが、奈央の方は既にキャラに入り込んでいるらしく、『ツンとした態度で軽くあしらう』仕草が、既にかなり様になっている。

 これには真白、ちょっと驚いたけど……奈津がカチカチとシャッターを切ってるので、そのまま続行していいみたいだ。


「形通りなんてとんでもないわ。あたしは本心でこう言っているの」

「どうでしょう。この世の軽薄な男性をこれまで何度も見てきた私としましては、その言葉は、女性をたらし込むための常套句、つまるところは用意されたものでしかない、とお見受けいたします」

「……でも。あたし、奈央さんの綺麗な手、好きよ」

「手?」


 目を伏せたまま首を傾げる奈央に真白は近寄って、彼女の手をそっと取る。

 体温が低いのか、少々手が冷たく、それでいて柔らかで、そして、


「とてもきめ細やかのように見えるけど……お料理やお裁縫、お掃除やお買い物などといった家事から、勉強やスポーツ、そしておそらくは自己の鍛錬といった己に必要なことまで、奈央さんは様々なことをこなしてきたって、この手を触るだけでわかるから」

「な……それは……」

「何故そこまでしてきたのも、あたし、わかるの。――大切な人のため、でしょ?」

「――――」


 奈央、驚いたように、伏せていた目を開く。両方とも。

 でも、それに構うことなく、真白は今思っていることを吐き出していく。

 普段、朱実にそうしているように。


「あたしも同じで、大切なお母さんのために今までいろんなことをしてきたけど……奈央さんは、あたし以上にたくさんのことをしてきたんだと思う。それでも、こんなにも綺麗な手をしていられるのは、奈央さんが普段からのケアを怠らず、その面でもたくさん努力しているからなんだわ」

「あ、あの、乃木様?」


 動揺の色を隠せず、後退りをする奈央。

 しかし、後退の先のすぐ近くに室内の壁があったためか、早々に壁を背にすることになってしまい、これ以上の彼女の後退は許されない。

 そんな状況であっても、真白の、奈央の手を取ったままの前進は続く。


「あたし、そんな風に大切な人のために頑張る奈央さんを、心から応援したいと思ったの」

「で、ですが……私は、私自身の力で、あの御方を」

「うん、わかってる。それが奈央さんの意志なら、あたしはこれ以上干渉しないけど……本当に、どうしようもなくなったら、あたしを頼ってね?」

「それは、その、ありがとうございます……といいますか、乃木様、その……!」

「あたし、奈央さんのこと、尊敬できる友達だと思ってるから。だから奈央さんも――」


「真白さん、カット! カーット!」


 と、まだまだ言うことがあったものの、そこで、奈津からの制止が入った。

 これには真白、ピクリと肩を震わせる。


「あ……ごめん、おなつさん、モデルとしてまずいところあった?」

「い、いえ、その、自分の思うシチュエーションとしては実に良好といいますか正に完全勝利だったのですがっ! 完全勝利以上に、さらにグイグイ押し過ぎです……!」

「そうだったの?」


 完全勝利というのはお褒めの言葉であると捉えていいのだろうけども、さらに押し過ぎとは一体?

 そんな思いで首を傾げながら、真白は、ふと正面を見ると。


「乃木様……」

「え? 奈央さん、何でそんなに、真っ赤になってるの?」

「いえ、その……近いですので……」

「大丈夫? 熱でもあるの? ちょうどいいから、おでこで計ってみようか?」

「け、結構ですっ! こ、これ以上は、その、身が保ちませんので……!」


 握った手を解きつつ奈央の肩に手をやって、真白は額にコツンで熱を計ろうとしたのだが。

 そこは奈央に力強く拒否されて、ぐいっと押しのけられてしまった。

 ……そこまで拒まれるのは、ちょっと、ショックだ。


「…………はぁ。自分で助言しておいて何ですが、これは確かに、堪りませんね」

「あー、なんとなくわかる気がします。気が付けば、入ってますからねぇ」

「まさか、ここまでハーレムラノベの主人公適正があるとは……」

「そうなんですよ。奈央さんは佇まいで力を発揮されておりましたが……真白さんの力を発揮する点は、女の子にいろいろ仕掛けるこの時、この瞬間にあったんでしょうねぇ」

「はい。ですので、ここからは、私はかなり気をよく持っておかないといけないようです」


 未だに顔を赤くしながら崩れ落ちそうになっているのを、どうにか耐えている奈央と。

 苦笑ながらも納得顔で頷きつつも、デジカメの撮れ高には満足そうな奈津。

 二人が二人でやけに共感しているようなのだが、その意味が、真白には分からない。


「……ええと、つまり、何が言いたいの?」

「ああ、お気になさらずに。真白さんはその調子で結構ですので」

「いや、気になるわよ」

「乃木様。ここからはこの紺本奈央、全身全霊の理性を持って、あなたと対峙させていただきます」

「奈央さんは何でそんなに気合入ってんの!? ああもうっ、二人が二人でどういうことなのっ!?」


 そして、この、分からないままで置いてけぼりのこの状況。

 真白、これには少し、途方に暮れる気持ちであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る