ACT86 気になるどころではないかも?


「奈央と真白がコスプレ……?」


 今し方、わたしのスマホにやってきたシロちゃんからの連絡を受けて、その内容を話すと、茶々様は眉をひそめた。


「コスプレというと、アレよね。コスチュームプレイ。あの、マンガやアニメのキャラになりきるやつ」

「ざっくり言うとそうなんですけど……」

「しかも……その、ヒモみたいな布で、どうにか隠すような……は、破廉恥なのもあるっていう、あの……!」

「え……い、いやいやいやっ! さすがにそれは知識に偏りがあるのではっ! それに、紺本さんが好んでそういう格好をするとは思えないし、シロちゃんも――」


 茶々様が偏った知識で顔を赤くしつつあるのを遮り掛けて、わたしは思い出す。

 成り行きで一緒に水着を買いに行ったあの日(ACT64参照)、シロちゃんは店員さんにお勧めされて、マイクロビキニを選ぼうとしたことがあるのを。

 もし、シロちゃんにそういう興味が再発してしまったとしたら――!


「こうしちゃいられない! 急いで、シロちゃんの元に行かないと……!」

「あ、朱実さん、落ち着いてください。それと、何故か鼻血が出てますの」


 ガタッと、反射的に席を立ったところ、隣の真耶ちゃんに諫められてしまった。

 あと、鼻が鉄臭くなっていた。何故か。


「……朱実も朱実で、何を想像したのよ」

「いや、ええと、その……」


 どうにか、茶々様に愛想笑いで誤魔化しておいて、あと鼻もティッシュで拭いておきつつ、ひとまず真耶ちゃんの言う通り気を落ち着かせて着席したものの、わたしの胸中は穏やかではない。

 そんなソワソワが伝染しているのか、それとも偏ったイメージが拭い切れないのか、茶々様も茶々様で表情は実に神妙である……のだが。


「ん、奈央?」


 そこで、茶々様のスマホに着信があった。

 送り主は、彼女の言った通り、紺本さんからのようで、


「なんだ。過激とかそういうのじゃなくて、穏便なもののようね」

「? どういうことです、茶々様」

「これ」


 少し拍子抜けしたように、茶々様が提示してきたスマホの画像には……メイド服の紺本さんの姿があった。


「わあ。紺本さん、とても美人さんになってますのっ」

「…………ああ、なるほど」


 真耶ちゃんが感嘆を交えながら絶賛している傍ら、わたしは少し安堵の息を吐く。

 茶々様の言うとおり、過激な方向のものではなかったようだ。

 まあ、よくよく考えれば、そうなるのが普通だよね。……実は、シロちゃんのそういうのをちょっと見てみたかった、という心の片隅にある願望はともかく。


「紺本さんのメイド服姿、見るのは結構久しぶりかも。やっぱり、似合ってるなぁ」

「朱実さんもそう思いますの? わたくしも、紺本さんのこういう綺麗さには、憧れちゃいますのっ」


 改めて、わたしと真耶ちゃんは、茶々様が示している画像に見入る。

 襟元までしっかりボタンが閉じられたシックな黒ドレスとフリフリの真っ白なエプロン、シャギーカットの髪にヘッドトレス。さらには学校の箒を持って、カメラに向かって柔らかな笑みを浮かべる紺本さん。

 どこからどう見ても、パーフェクトかつ瀟洒なメイドさんだ。


「ふふん。小さい頃からずっと茶々に仕えているんだもの。奈央が完璧なのは、当然のことよっ」


 そして、画像に見入るわたし達を見て、茶々様が胸を張ってドヤ顔をしていた。


「なんで茶々様が自慢げなんですかね……」

「え? 主人が従者を誇りに思うのは当然のことでしょ? 美人で長身、しかも強いっ。茶々の隣に立つには、正にもってこいの娘だもの。……それに」

「? それに?」


 と、茶々様は自分のスマホを手元に戻して。



「奈央がいつも茶々の傍に居るから、茶々は心おきなく前に進めるし……奈央が時折見せてくれるこの笑顔ために、茶々はどこまでも頑張れると思うもの」



『――――』


 スマホの紺本さんの画像を改めて見つつ、柔らかで優しい笑みを浮かべながら、そう言う茶々様に。


「……真耶ちゃん」

「はい」


 わたしと真耶ちゃんは、お互いに頷きあってから、ガタッと席を立って。


「え、なに、何なのよ二人とも。そんな、席を立って茶々の席に近寄ってきて……ま、待って! なんで茶々の頭を撫でてきてるのよっ!?」


 わたしは左から、真耶ちゃんは右から、対面に座る茶々様にキビキビと歩み寄って。

 優しく、それでいてたくさんの親愛を込めて、茶々様の頭を撫でまくった。もちろん、茶々様が真っ赤になりながら困惑しているけど、わたし達は気にしない。

 だって。


「本当に、素直になった茶々様、可愛くて……」

「だから、なんでそうなるのよっ!?」

「わたくしも、キュンってなっちゃいましたの」

「朱実はともかく、なんで真耶まで姉目線なのよっ。背丈はあんまり変わらないけど、真耶の方が年下でしょうがっ!?」


 とまあ、そんな風にいろいろ愛でたい意味での、茶々様への愛しさが止まらなくなってきたところで。


「ん……また、シロちゃんから?」


 もう一つ、シロちゃんからわたしのスマホに着信があった。

 この流れで言うと、シロちゃんも、奈央さんみたいなメイド服とか着ちゃってたりするのかな?


「朱実、もしかして真白から?」


 と、茶々様も気になったようだ。

 ……この、気になり具合。

 茶々様は、本当に、シロちゃんのことを……? 


「はい。茶々様も、一緒に見ます?」

「うん」


 などと思う傍ら、茶々様の方はさっき見せてくれたのもあるし、見せなかったら茶々様が拗ねそうなのもあるしで。

 茶々様にも、あと真耶ちゃんにも、スマホを見えるようにしつつ、わたしはその添付ファイルを開くと、そこには。



 ――執事姿で、恭しく膝を折りながら、こちらを見上げてくるシロちゃんの画像があった。



『ン"ッッッッッッ!!!!!!!』


 瞬間、わたしは奇声を上げながら突っ伏して、茶々様はその場で椅子ごとひっくり返った。


「わわわっ!? 朱実さんと茶々様が、一気に限界を迎えちゃいましたの!?」


 真耶ちゃんのおろおろする声が聞こえるが、わたしも、そして茶々様もそれどころではない。

 ただでさえ、シロちゃんの男装という点だけでも、果てしなくダメージが大きいのに。

 まだ少しぎこちなさが残る、恭しく膝をつく仕草も然ることながら。

 あの、主人にどこまでも付いていきそうな、純粋な忠わんこのように見上げてくる曇り無い視線。

 あんなのを見せられて、限界を迎えないはずがないではないか……!

 茶々様が、シロちゃんのことをどう思っているかなど、もはや重要ではない。

 シロちゃんのことを少しでも知っているなら、誰だってそーなる。

 茶々様だってそーなる。

 わたしだってそーなる。

 それくらいの破壊力が、この画像にはある。

 しかも。


「あ、朱実さん? なんでそんなにもビクンビクンしてますの? 茶々様より症状が深いのは理解出来ないでもないのですが、それにしても行き過ぎ感がありますの……!」

「いや……その……あぅ」


 ――執事とくれば、あの、ゲームキャラを完コピした耳元での囁き(ACT03参照)を想起したのと、シロちゃんがその姿で囁いてくるのを想像してしまったものだから。

 わたし限定で、さらに追加ダメージがあるのは、もう、堪りません。


 …………とにかく。

 無事に生き返れたら、ちゃんと、画像を保存しておこう。

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