ACT70 その人こそが、ルーツなのかも?


「あたし、生まれた時から、お父さんが居なかったのよね」


 真白の記憶の限りでは、物心が付いたときから、自分の傍にはお母さんしか居なかった。

 大体、母にくっついて行動していて、なおかつ母のコミュニティで会った人も女性だらけだったし、四歳まで通っていた保育園でも同年代の男の子はいたけど、真白としては、皆同じものだという認識だったので、性別という区別を持っていなかったかもしれない。

 そのためか。


「初めてあの人に会ったときは、とても衝撃だったわ」


 それは、真白、四歳の頃。

 保育園に迎えにきた母に、連れだってやってきたその人は――真白にとっては、ひどく異質に見えた。

 とにかく大きい。

 あと、胸とか腰とか、いろいろ形が違う。

 しかも、



『――初めまして、真白ちゃん。橙野とうの雄輝ゆうきですっ』



 声の高さや質までもが、違う。

 これはもしや、いせいじん? おかあさん、のっとられちゃったの? もうだめだぁ、おしまいだぁ。

 などという思考で、その時、その瞬間、真白は大泣きしてしまった。

 真白にとっては赤面ものの記憶で、ここまで話して『……これ、恥ずかしいやつなのでは?』という思いではあるが。


「シロちゃん、可愛い……」

「真白さんの素直さが、よく出ているエピソードですわね」


 朱実と朱莉さんにご好評をいただけたので、まあ、それはそれで良しとするか。

 それはともかく。


「なんでも、橙野さんは、お母さんの仕事先で出会ったらしいのよね」


 当時、スナックのホステスだった母。

 そんな母に一目惚れして、橙野さんはお店に通い詰めて、いつしか母と親しくなっていって……いずれ、男女としての付き合うようになるまでに至ったとのこと。


「わぁ。美白さんに対して、とても熱心だったんだね」

「まさに三顧の礼状態だったらしいわよ。約一年間、平日の仕事帰りや休日、お店が開いている日はほぼ毎回だったって」

「…………」

「あれ? お母さん、どうしたの?」

「いいえ。……なんでもありませんのよ」


 何故か、少しだけ『むー』とむくれているように見える朱莉さんに、真白と朱実は首を傾げるのだが。

 ともあれ、朱莉さん自身『これ以上何も言わないで』という雰囲気でもあったので、話を続けた方が良さそうだ。


「まあ、生まれて初めて会った男の人というのもあって、初対面はとっても怖くて大泣きしちゃって、それからもやっぱり異質という概念が消えてくれなくて、しばらくは、橙野さんに会う度にお母さんの陰に隠れてたんだけど」


 子供一人の気難しさなど、母を一年かけて射止めた過程に比べれば、どうということはなかったらしい。

 それくらい、根気が強く、そして、

 

「――優しい、人だったわ」


 橙野さん自身とても背が高く、幼少の真白との身長差が二倍くらいあっても……決して、上から見下ろすのではなく。

 膝を折って視線を合わせて、なおかつ裏表のない笑顔で、こちらと話をしてくれた。

 それに、


『真白ちゃん。お菓子、これとこれとこれから一つをあげるけど、どれがいい?』


 会う度に、必ずお菓子をくれた。

 しかも、決まって、数あるものから一つを選ばせてくれる方式だった。


『これとこれがいい』

『んー、ごめんね。真白ちゃんのお母さんから一回に一つだけって言われてるから、また今度ってことになるな』

『えええ……』

『いい子にしてたら、また持ってきてあげるから』

『じゃあ……ううん、どちらもほしくて、まよっちゃう』

『ふむ。真白ちゃん、いいことを教えてあげよう』

『なに?』

『迷ったら、自分にピピッと来た方を選ぶんだっ』

『ぴぴっと?』

『そうやって選んだなら、例えハズレでもあの時こうすればよかったーっとかそう言うのは少ないと思うし、次はこうしようって前向きな気持ちにもなれる。当たりだったら、もちろん大喜びっ』

『……よく、わかんない』

『いつかわかる時がくる。とにかく、選んでごらん』

『じゃあ……こっち!』

『おお、即決。いいね』

『こっちのが、良さそうだった』

『なるほどっ。ならば、これをあげようっ』

『ありがと……ムッ、ムッ……』

『美味しい?』

『……うん、とっても』

『だったら、その選択は大当たりってことだっ』

『……そうなの?』

『そうそうっ』


 とまあ、そう言う風に選ばせてくれて、選んだものはどれも美味しくて、その度に橙野さんは『大当たり』と喜んでくれた。 

 それが、幼少の真白には何となく嬉しくて、そう言うやり取りを何度とこなしていくうちに……彼と打ち解けるまで時間はかからなかった。

 いろいろあって、保育園と母の仕事が休みの日しか会えなかったけど、いつしか、真白にとって、彼に会える日が楽しみだったと言ってもいい。


「なんというか、美白さんと同じで、テンション高めの人だね」

「そういうところも、お母さんと合ったんだと思う。あと……よくよく考えると、橙野さんのおかげかも知れないわね」

「? 何がですの?」

「ん、上手く言い表せないんだけど」


 と、真白は前置きして、



「考えてから行動に移すまでの決断が早くなったのと、その決断の結果が上手く行くってケースが多くなったのよ。それで躊躇をすることが少なくなったというか」



「……………………」

「……………………」


 そういう心当たりを言ってみると、朱実と朱莉さんは、神妙な様子で顔を見合わせていた。

 彼女たちに一体、何が?


「……シロちゃんの無意識って、もしかして」

「おそらく……」

「? 二人とも、何を言ってるの?」

「いや、まあ……」


 首を傾げる真白に対して、朱実も朱莉さんも、どうにも要領を得ない。

『うー』とか『あー』とか微妙な表情をしているのに、真白は、


「えっと、二人とも、そこまで深く考えないでね。眉間に皺寄っちゃうと、朱実も朱莉さんも、可愛い顔が台無しになっちゃうわ。そんなの、とても勿体ないことよ」

『!』


 思ったままのことを言うと、朱実は顔を赤くしてビクッと肩を震わせ、朱莉さんは少々困ったように苦笑した。


「し、シロちゃん、それだよ、それ……!」

「え、なにが? 朱実が可愛いなんて当然のことじゃない」

「そういうところ、そういうところだよ……!」

「本当に、思ったままを言ってますのね……」

「朱莉さんも、もっとゆるふわにしててください。その方がとても可愛いですからっ」

「…………真白さん、ちょっと落ち着きましょうか」

「???」


 朱実は未だに赤面で狼狽えているし、朱莉さんも『……流石ですわね』と、特有のゆるふわが鳴りを潜めている。

 先ほどの言ったとおり、思ったままに行動することが上手く行くことが多い真白なのだが。

 朱莉さんはともかく、朱実に対しては……上手くいってるかどうかは、まだ半々のようにも思える。

 だからこそ、


 もうちょっと、朱実の『大当たり』を引きたいなぁ……。


 そう、思えてならない真白であった。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 なるほど。シロちゃんの無意識は、そこから来てたのか……。

 ただ、それがほぼ百パーセント、わたしの心を翻弄するのは……シロちゃんの、一種の特技なんだろうね。

 ……そして。

 そのルーツがわかったとしても、わたしはやっぱり。


 ――これからも、シロちゃんに、翻弄されるのかも知れない。

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