ACT61.75 彼女が言われてみたいことは?


「あら、斎場さん? それに拝島先輩も」


 拝島先輩との帰り道の行く先。

 向かいから、二人の少女が歩いてくるのを、紫亜は見かけたのだが……二人のうち、長身の子に関しては紫亜の知っている人で、その人がこちらに声をかけてきた。


「乃木さんっ」

「ちょっとだけ久しぶり。元気だった?」

「う、うんっ。乃木さんもっ」


 乃木真白。

 かつて、紫亜が間違ってラブレターを出してしまった同級生の女の子であり、いろいろあって友達になった子だ(ACT40参照)。

 あれから顔を合わせる機会がなく、時折、メールなどで近況を伝え合ったりしているけど、偶然とは言えこうやって会えたのは、紫亜としてはとても嬉しい。


「こんなところで会うなんて偶然ね、斎場さん。しかも制服って、学校に行ってたの? 補習って訳じゃ無さそうだけど……」

「ああ、うん。ちょっと、拝島先輩の作業のお手伝いをしてて。乃木さん方は、今駅からの帰りなの?」

「そう。この子とちょっと隣町まで買い物に行ってて、ね」


 と、真白、一緒に歩いていた、セミロングの髪の子猫みたいな少女を促すと、


「えっと、こんにちはっ。シロちゃんが言ってた斎場さんだよね。わたし、仁科朱実っていいます」

「あっ……は、はい、斎場、紫亜です」


 少女――仁科朱実が、こちらに挨拶してくるのに、紫亜はちょっと電気が走った心地になった。

 可愛い。

 真白の隣にいるということは……そうか、この子が、彼女の。

 なるほど。なるほど……!


「あの、斎場さん、なんで朱実をガン見してるのかな……?」

「えっと……わたしの顔に、何か?」

「はっ!」


 半眼の真白が咎めるように言ってくるのに、紫亜、ビクリと肩を震わせる。

 ついつい見惚れてしまったようだった。

 視線を集中しすぎたためか、朱実はちょっと『ビクッ』となっており、少し警戒感を抱いたようだった。

 初対面から失敗してしまったか、これは。


「え、ええと、乃木さんの彼女さんを初めて見たから、可愛いなと思ったから、つい……」

「……!」


 ついつい思ったことを紫亜が言うと、朱実はボッと顔を真っ赤にした。

『乃木さんの彼女さん』というワードに紅潮のギアが一段、『可愛い』というワードにさらに一段あがったようだ。

 照れ屋さんなのだろうか。そんなところもまた、可愛い。


「斎場さん、朱実が可愛いのは大いに同意するけど、だからと言って渡さないわよ。朱実はあたしのなんだから」

「! し、シロちゃん……!」

「わ、わかってるよっ。その、仁科さん、どう見たって乃木さんとお似合いだし、乃木さんが選んだとなると素敵な子だというのも普通に想像出来りゅし……っ!」

「さ、斎場さん……!?」

「台詞を噛みながらも、よく分かってくれてるわね。そう、斎場さんの言うとおり、朱実は最高よ。可愛さも、もちろんあたしとの相性も」

「そっ……!」

「あ、相性! た、確かに、二人合わされば、とても凄いことになりそう……!」 

「――――」


「二人とも、そのくらいで勘弁してあげたら?」


『え?』


 と、紫亜は想像で、真白は本心で朱実さんについて意気投合していたところ、拝島先輩が冷静なツッコミを入れてきたので。

 紫亜と真白、二人して会話を止めたところで、気づく。


「~~~~~~~~」


 朱実さんが、顔どころか全身を真っ赤にして、近くに居る真白にしがみついていた。

 もう、『立っていられない』という状態がそのまま当てはまる、彼女の瀕死っぷりである。

 よくよく考えると……あれだけ目の前で誉められたとなると、おそらく照れ屋であろう朱実さんには耐えられないかも知れない、と紫亜はここで気づいた。


「う、わ、朱実、大丈夫!? 一体何があったの!?」


 真白は気付いていないようであった。


「真白ちゃんがそれを聞くのか……相変わらずの無意識ね」

「え、拝島先輩? それはどういう?」

「本気で訊いてきてるとなると、本当に、朱実ちゃんも大変ね、いろいろと」

「???」


 拝島先輩、呆れ顔で苦笑するのに、真白は未だに首を傾げている。

 ……なるほど、彼女のそういうところか、と紫亜はぼんやりと思った。


「……まあ、斎場さんとはゆっくりと話したいところだけど、あたしと朱実は、まだちょっと行くところがあるから」

「あ、そうなんだ。……じゃあ、時間が合えば、また会おうね、乃木さん」

「うん」


 とまあ、会話もそこそこに、真白と朱実は寄り添いながら……というより、未だに全身が真っ赤で足取りがおぼつかない朱実を真白が支えるようにしつつ、歩いていくのを紫亜は見送って、


 ……いいなぁ、ああいうの。


 などと、思ったりした。

 私も、拝島先輩と、ああいう風に……。


「それにしても、ちょっと驚いたわ」

「ひゃい!?」


 と、想像を始めようとした矢先に。

 想像の中心である拝島先輩が声をかけてくるのに、紫亜は心臓が飛び出しそうな心地になった。


「な、にゃ、にゃにがですか?」

「ん、紫亜ちゃんが真白ちゃんたちと知り合いだったの、知らなかったから。朱実ちゃんとは初対面だったようだったけど」

「え……ああ、えっと。乃木さんとは、その、とある一件でお友達になりまして。その、お互いの恋を応援するもの同士といいますか」

「ふーん、そうなんだ」


 聞きたいことを聞き終えた、と言わんばかりに、それだけを残して拝島先輩は先を歩き出す。

 どこか、態度が素っ気ないのに、紫亜は少し慌てた心地で彼女の隣に追いつく。


「拝島先輩?」

「なぁに?」

「……なんだか、怒ってません?」

「怒ってないわよ?」


 感じたことをそのまま訊いてみたところ、悠然と拝島先輩が微笑みを返してくるも。

 紫亜には、普段から感じていた彼女のその悠然さが、少し表面的なもののように思えて、


「拝島先輩、もしかして、むくれてません?」

「……別に」


 もう少しつっこんで訊いてみると、拝島先輩からの返しが、ほんのわずかな間を空けての答えだったのを、紫亜は逃さず気付いた。

 ちょっと。

 そう、ほんのちょっとだけ、拝島先輩が『むー』ってなってる。

 それは何故?

 ……紫亜の心当たりは、一つ。


「もしかして、私が仁科さんに向かって『可愛い』とかいろいろ褒めちぎってたから、それに妬いてるとか?」

「な……なんで、私がそんなことを気にしないといけないの」

「いや、そのう、拝島先輩は優しくて綺麗で素敵な人で、そういう風に憧れる意味での賞賛は今までいろいろ受けてたと思うんですけど。個人から心を込めて言われるのは、そこまでしてもらってないのかなって」

「……っ! あなたね、この前も言ったけど、他人の心にズケズケ足を踏み入れるのは――」


 怒気を含んだかのようにこちらを向き、拝島先輩は刺すような視線を向けてくるのがわかったが。


「拝島先輩」


 紫亜、その視線を正面に受けつつも、しっかりと彼女の目を見つめ直して、



「――先輩のそういうところ、私は可愛いと思いますよ」



「!」


 素直に思いを伝えると。

 拝島先輩は、纏っていた怒気が分解されて、先ほどの朱実と同じく、どんどん顔が赤くなっていくのを、紫亜は目撃した。


「な、な、な……!」


 これは。

 拝島先輩が、照れている……!

 いつも綺麗で、優しくて、悠然としている、あの拝島士音先輩に、こんな可愛い一面があるとは!

 ……いや、待て。

 彼女が、自分にこういう一面を見せてくれているということは、これは、もしや。

 畳みかける、チャンス!



「照れた先輩も、みりょりょっ……!」



 初手から噛んだ。


「……なんですって?」


 もちろん、拝島先輩、紫亜の言葉にちょっと当惑。


「え……いや、その、魅力、的だとおみょ……おもい、ましゅ……」

「…………」

「魅力的、だと、思い、ます……」

「……ぷっ、はは、あっははははははっ」


 何とか丁寧に言い直すも、時すでに遅し。

 拝島先輩、真っ赤な状態から回復して、紫亜の噛みっぷりとここぞで発動したツメアマ属性が、またもツボに入ったらしい。

 あのときと同じく、お腹を抱えて笑い出した。

 ……今度は、紫亜が赤くなる番だった。


「あー、可笑しい……紫亜ちゃんのそのツメアマ、本当に最高のタイミングで起こるわね」

「あ、あううう……」

「なんでもう、こっちがクラクラしそうなところで、笑わせにくるのよ。そのコンビネーション一体何なの。天才的じゃない。ふ、は、はははっ」

「…………」


 紫亜、言葉も出ない。

 最高のシチュエーションだったというのに、どうして自分はこうなのだ。

 このままでは、先輩はいつまでも、振り向いてくれないじゃないか……!


「紫亜ちゃん」

「……?」


 と、自己嫌悪でわなわなしていたところで、拝島先輩が呼んでくる。

 どうにか彼女の方へと向くと、先輩は、まだ笑いの虫が顔に残りながらも、



「ありがとね」



 とても、とっても優しい声で、そのように言った。


「え……せ、先輩?」

「さて、さっさと駅に行くわよ。紫亜ちゃんが電車に遅れちゃうわ」

「あ、ま、まってください、先輩、せんぱーいっ」

 

 慌てて追いかけて再び隣に立つも、拝島先輩は、もはや元通りだ。

 照れる様子も爆笑の様子もなく、普段通りの悠然とした雰囲気。


 でも、ちょっと、ほんのちょっとだけ。

 彼女との距離が縮まったように感じるのは。

 紫亜の、気のせいだろうか……?


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 可愛い、と肉親以外に言われたのは、私にとって二度目のことだ。

 一度目は――初恋だった、友達のあの娘から。

 とても嬉しかったのを覚えている。


 じゃあ、迎えた二度目はどうだったのかというと。

 もちろん、嬉しい。

 そして。

 一度目の時と同じで、ちょっとだけ、胸の中がくすぐったいのは。

 ……やっぱり、嬉しいから、ということにしておきましょうか。

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