ACT59 原点に帰ってから進む先には?
「おっはよー、シロちゃんっ」
その後のテスト休みについては、何事もないまま日々が過ぎて。
終業式、一学期最後の登校日の朝の登校の道中に、真白は、待ちに待ちわびた彼女の声を聞いた。
振り向くことなく、ただ、歩くスピードをちょっと緩めて待っていると、自分の腕にやってくるほんのわずかな重み。
「おはよ、朱実。……久しぶりね」
「うんっ。実際は一週間しか経ってないけど、久しぶりっ」
腕に抱きついてきたのは、乃木真白の一番に大切な彼女、仁科朱実。
いつも通りの感触と温もり、そして間近に見る眩しい彼女の笑顔を見て、真白は自然と笑みがこぼれて、
『あ~~~~~~~~~~~……』
長い吐息と共に、声がこぼれたのと同時に、朱実の声も重なった。
……どうやら、朱実も、今自分と同じことを感じているらしい。
『ぷっ』
「あははは」
「いやぁ、異口同音で重なるもんだねっ」
それがどうにも可笑しくて、真白と朱実は同時に吹き出して、ささやかに笑い合った。
期末テスト終了後のお泊まり会の日から終業式の今までの間、真白と朱実は、ずっと面を合わせていなかった。
もちろん、毎日、一日も欠かさずスマホで連絡を取り合っていたし、必ず一度は通話でお喋りをしたし、最低一度は『好き』という言葉を伝え合ったけど、それでも、全然足りてなかった。
だからこそ。
朱実に会ったらすぐにでも彼女を抱き締めたい、キスをしたい、さらに言うなら鈴木先輩と姫神部長の仲の良さから教わったことを試してみたい、とついさっきまで真白は思っていたけど。
「やっぱり……いいわね、この感じ」
今は、こうやって腕を組みながら歩くだけでも、真白は心癒されていた。
「シロちゃんもそう思う? わたしもだよ」
「そうなの?」
「うん。なんだか、シロちゃんとこうできるだけでも有り難いっていうか」
「……つまるところ、あたし達の初心は、このお互いの『補給』からってところなのかしらね」
「んー、そうかも知れない。朝の登校時はやっぱり、これくらいがちょうどいいかも」
当たり前のようにあるものの、有り難さと言うべきか。
こうやって原点にかえることで、大切なことを見落とさずに、真白は朱実と歩いていけるのかも知れない。
それを、思い知った上で、
「朱実」
「なに?」
「学校終わったら、その、ね?」
今は満ち足りても、やがて足りなくなっていくと思う。
そういう意図を込めて、真白は、朱実にお願いしてみるのだが……反面、朱実はなにやら半眼でこちらを見てきていた?
あれ? なんだか、感触が悪いような?
「…………シロちゃん、言いたいことはわかるんだけど、なんだか妙に視線がギラギラしてるのは気のせいかな」
「そう? 初心にかえった今だからこそ――時間が経ったらより熱く燃え上がるとか、そういうこと、あるよね?」
「ないよっ! そりゃ、わたしも足りないと思ってるけど、そこまでその、『この後、滅茶苦茶~』な感じにまでギラギラしてないからねっ!?」
「ゑー。せっかく、あっちゃん先輩繋がりで知り合った人達から、ちょっと教わったのになぁ……」
「待って!? シロちゃん、わたしのいない間に、一体ナニを吹き込まれたのっ!?」
「ナニって……これ?」
べ、と舌を出して、自分で指さしてみる。
「――――っ!」
ただそれだけで、朱実は何であるか理解したようで、顔を真っ赤にしていた。女子力の高い朱実のことだから、やはりというべきか、知ってたらしい。
知ってたなら、そうしてくれても構わなかったのになぁ……。
などと、ちょっとしょんぼりしてると、
「ほ、他には?」
朱実、未だに顔を赤くしつつも、神妙な様子で訊いてきた。
他とは一体?
真白はちょっと首を傾げる。
「えっと、それだけだけど……」
「ほ、本当に?」
「うん」
「……はぁぁぁぁぁぁ」
真白の首肯に対して、朱実、安堵やら複雑やらが入り交じった様子で、大きく息を吐いた。
残念ながら、あの時、鈴木先輩のワンアクションの後に姫神部長が骨抜きになりかけつつも徹底拒否したので、結局はそれだけに留まったのだが。
もしや、それ以上のことも、あったりするのだろうか?
……となると、
「ねえ、朱実」
「まだ早いっ!」
「……まだ何も言ってないんだけど」
「言いたいことがわかるからだよ! とにかく! そういうのは! 段階を踏んでから、ねっ!?」
「だったら、せめて、後でこれだけでも」
もう一度、舌を少し出しつつ指し示しながら、真白は真っ直ぐに朱実にお願いしてみると、朱実、未だに顔を赤くしつつも『うぬぅ』と呻いて、十秒、二十秒、三十秒と長考した後に、
「………………はい」
決断したかのように、しかし、か細い声で、頷いてくれた。やった。
真白、今から楽しみである。
「ともあれ、積もる話は、終業式が終わってからだね」
「そうねっ」
「シロちゃん、非常にウキウキしてるね……っと、そうこうしているうちに、もうすぐ予鈴が鳴りそうな時間だから、急がないと」
「っとと、確かに、朱実との時間が幸せすぎて、ついついゆっくりし過ぎてしまったわ。このまま時が停まってくれてたらよかったのにね」
「…………シロちゃん、だからその無意識による躊躇ない不意打ちはやめて」
「え?」
顔どころか耳まで赤くして、頭を抱えつつ歩く朱実。
そのアクションの意味が真白にはよくわからなかったのだが、それよりも、急がないといけない。
昇降口の下駄箱で靴を上履きに履き替え、早歩きに自分の教室、一年二組へと急いだところ、
「……?」
その、教室内に。
ざわ、とした空気を、真白は感じたような気がした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
実はテスト休みの連絡時の通話越しにも、シロちゃんの無意識は存分に発揮されてたわけだけど、やっぱ直でやられるのは効くわー……などと、思いつつ、教室に入ったんだけど。
なんだか、ちょっと、空気が重い?
一見して、クラスの子達は男女問わず緩やかに過ごしており、会話もそれなりに交わされているようだけど。
「朱実」
「ん、シロちゃんも気づいた?」
「うん。ちょっと、ね」
そんなクラス内にあって、約二名。
少々気落ちしているような雰囲気を、同時に、醸し出している。
その、発生源は、
「――桐やんと」
「おなつさん?」
クラスメートで、わたしと、もちろんシロちゃんとも友達の女の子。
桐やんこと、
おなつさんこと、
――珍しいことに、それぞれの自席で座って、俯いているのだ。
もちろん、何でそうなっているのか、気になった。
二人は大切な友達だし、これからの夏休み、シロちゃんとだけでなく二人とだって会って遊びたいと思うし――何より彼女達自身も最近特に仲良しだったのを知っているからこそ、そんな空気で居てほしくない。
だからこそ。
「シロちゃん」
「ん……わかってる。ちょっと、それぞれ事情を聞いてみましょうか」
わたしが、これからやろうとしていることを、シロちゃんも察してくれているらしい。さすがっ。
「じゃあ、二人の事情を解決し終わってから、朱実と、さっき言ってたこれをするわよっ」
「…………いや、まあ、はい」
口元を指し示してから宣言するシロちゃんは、どこまでも、欲望に忠実だった。
ちょっと、台無しな気分だよ。
……一体、誰の影響を受けたのかについては、聞かないことにしておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます