ACT49 眠れないの?
「それじゃ、明日も早いし、もう寝よっか」
午後十時。
全員入浴を済ませたお風呂場には換気扇、洗濯機には予約の電源を入れておいて、本日一日の仕事を完了したのを確認してから。
自室で、真白は朱実にそのように告げるのであった。
「うーん、もっとこう、お泊まり特有のパジャマパーティとか、そういうことしたかったな……」
「ん、あたしもそうしたかったんけどね。お母さん、明日も早くから仕事だし、あたしは明日も食事当番だから。朝早くに起きて、お母さんの分のお弁当作らなきゃ」
「はぇ~、シロちゃん、大変なんだね」
「こういうのは慣れたら、そこまで苦労しないものよ」
朱実が大きく息を吐くのに、真白は苦笑で答える。
早寝早起きは、真白の子供の頃からの習慣である。
母の負担を和らげるため家事を頑張る、というのが最初の目的だったが、今やそうしないと、しっくり来ない体質になってしまった。
何年か後に、『すんごい主婦体質だね……』と朱実に言われてしまうのだが、それはともかく。
「まあ、早起きまでは強制できないから、朱実は別に寝てくれていても――」
「ううん、わたしも早起きするよっ。元はと言えば、シロちゃんのこと手伝いにきたんだし」
「いいのよ、そこまで無理しなくても」
「無理じゃないよ。……少しでも良いから、わたしは、シロちゃんの力になりたいの」
「――――」
ふんす、と小さく鼻息を漏らしながら、まっすぐにこちらを見てくる朱実に、真白、またも胸の中が熱くなる。
「わっ。し、シロちゃん?」
気が付けば、真白は朱実のことを抱き締めていた。
昼間も抱き締めたというのに、新たに発する胸の中の熱さがまた、彼女のことをどんどん求めてしまう。
「ありがと、朱実。本当にあなたは最高よ」
「……シロちゃん」
「なに?」
「あ……暑い」
ただ、朱実としては、熱さよりも暑さが勝ってしまったようである。
夏という季節もあるのだが、風呂上がりで体温も高いし、長身の真白と違って小柄な朱実は全身を包まれてしまう形であるしで。
「ご、ごめん、朱実」
「だ、大丈夫。とりあえず……お布団敷こうか」
ともあれ。
真白の自室にベッドはないので、床にはいつも使っている布団と客用の布団を敷き、その布団の上には寝汗対策の薄地パッド。上布団代わりのタオルケットを二つ用意して、枕を二つ並べれば出来上がり。
六畳洋室に布団二つ並べるにはちょっと狭いけど、まあ、大丈夫だろう。
「…………」
「? どうしたの、朱実?」
と、並べた布団二つを改めて見下ろしつつ、朱実が何故か顔を赤くしつつ固まっているのに、真白は首を傾げた。
「いや、そのう、改めてみると……なんだかこう、ね?」
「ん、やっぱり、布団二つだと壁が近くて狭く感じるかな? 布団一つに枕二つにする?」
「あ……いやいやいやいやっ! 大丈夫! そこまでしなくても! ちゃんと寝れますので!」
「???」
必要以上に動揺している朱実が少しわからないのだが、まあ、この通りで大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
……布団一つで朱実とくっつきながら寝る、というのも真白としてはとても魅力的に感じるのだが、さっき言ったとおり、それだと朱実が暑そうだしで。
「じゃ、電気消すわよ。朱実は豆電球派? 全部消す派? あたしは全部消す方だけど」
「ん、全部の方」
「なら、問題ないわね。それじゃ、おやすみ――」
「あ、そうだ、シロちゃん、電気消す前にちょっとだけ」
「え?」
室内の明かりのスイッチを消す前に、ふと、真白が振り向いた矢先。
朱実が、こちらの肩に触れて、背伸びして、
「ん」
目を閉じて、優しく唇を重ねてきた。
「――――」
真白、いきなりで驚いたけど、やがて自分も目を閉じて、そのまま心地いい感触に己をゆだねる。
鼓動が大きくなり、また、胸の中が熱くなる。
とても、幸せな気分。
「……朱実?」
唇が離れた後、目を開けると、顔を真っ赤にした朱実がこちらを見ていた。
なんだか、とても恥ずかしそうで、それがまた可愛い。
こちらも恥ずかしくなってくる。
「そ、その、おやすみのキスって、してみたくて」
「……そ、そうなんだ。なんだろ、また、すごく、いいかも」
「わ、わたしもっ。えっと……そ、それだけっ。じゃ、おやすみなさい」
と、言い残して、明かりも消さないウチからタオルケットにくるまって、こちらに背を向けて就寝に入る朱実。
……まあ、気持ちはわかる。
真白自身も、まだ少し恥ずかしさが残っていることだし。
そんな思いながら、明かりを消して、真白も布団に寝転がる。
静寂と共に目を閉じると、まもなくして、いつも通りに眠気が――
「…………」
来なかった。
いつもなら布団に入って数分で眠れるはずが、今日に限っては眠れない。
眠れないだけに。
……おやすみもあれば、おはようもあったりするのかな。
先ほどのキスのことを考えたり。
朱実、お肌綺麗だったなぁ。
今日の、お風呂場でのハプニングを考えたり。
期末テスト、上手くいってると良いなぁ。それなら、補習もなくて、朱実と、もっと……。
期末テストの出来についても考えたり。
朱実、もう寝たかな……。
今、隣の布団で寝ている朱実のことを考えたりで。
朝が早いから眠りたいのに、どんどん思考があふれてくる。主に朱実のことで。
彼女のことを考えると、夜も眠れない、というのは物語やドラマなんかで見たことがあると。
今、自分がそういう状態にハマるとは――
「……シロちゃん、起きてる?」
と、いろいろ悶々としているうちに、隣の朱実が声をかけてきたのに、真白は暗闇の中で目を開ける。
「うん、起きてる」
「やっぱり、眠れない?」
「そうかもしれない。朱実のことばっかり考えちゃうから」
「!!!!! ~~~~~~~~!」
と、真白が答えると、朱実から何故か悶えるような空気が発せられたのだが。
ややあって、それも治まったようで。
「……シロちゃん、寝るときまでそれだと、わたし、身が保たないよ」
「? どういうこと?」
「コホン。……とにかく、今日は、いろいろなことがあったからさ。考えると、どうにも寝られなくて」
「そうなんだ」
どうも、朱実も自分と同じようである。
さて、こういう時はどうすればいいだろう……と真白は考えたのだが。
――一つ、思い出したことがある。
「朱実」
「なに?」
「手を出して」
「え? ……うん」
朱実、布団で横たわりながらこちらに左手を伸ばしてくるのに、真白はその手を右手で優しく、しっかりと握る。指と指が絡むくらいに。
「シロちゃん?」
「補給よ」
「え……補給?」
「こうすると、なんだか、安心するような気がして。朱実はどう?」
「…………」
問いかけると、朱実は、繋ぐ手の力を若干強くして、大きく息を呼吸する。
二、三ほど深く呼吸を重ねていくうちに、息づかいがどんどん穏やかなものになってきて、
「……本当だ」
「うん。昔、風邪を引いたときにね。お母さんが、あたしが眠るまでこうやって手を握ってくれたのを思い出して。その時、とても安心したのを覚えてるから」
「シロちゃんは、本当に美白さんのこと好きだね」
「朱実のことだって、大好きよ」
「……わたしも、好きだもん」
そうやって、互いの顔が見えないながらも笑い合いつつ。
握った手の温もりの安心感と共に、眠気は徐々にやってくる。
今日は、いい一日だった。
明日も、いい一日なりますように。
おやすみなさい。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
夢の中で、未来が見えた気がする。
わたしとシロちゃん、共に大人になっても、お婆ちゃんになっても、眠る時はこうやって手を繋いでいた、そんな未来。
そんな未来を迎えられたら、わたしは――
「ん……」
ふと、意識が覚醒する。
さっき夢に見た内容は、ほとんど覚えてない。ただ、ものすごく幸せだったようななのは確かな気がする。
チュンチュンと聞こえる雀の鳴き声と、カーテンの向こうの漏れる窓の薄明かりから、今は何時くらいかな……。
「ん……ん?」
と、ぼんやりと考えつつ目を開けると、わたしの目の前には――シロちゃんの目を閉じた顔が間近にあった。
「んっ!?」
眠る前に握った手が離されないまま、シロちゃんと身体がほとんど密着していて、その上。
「んんんんんっ!?」
シロちゃん、暑さからかパジャマのボタンがはだけており――そこからほんの少し、彼女の胸元がこぼれそうになってた。
「ん……ふぁ」
「――――――――っ!?」
しかも。
シロちゃん、密着する身体をこちらに押しつけるように、寝ながら身をよじってくるものだから。
密着部の衣服がさらにズレて……あとは、もう、大変なことになったのは言うまでもない。
……シロちゃん、もしかしなくとも、寝相が悪かったんだね。
この先、その、そういう夜を過ごしながら眠ったら、すごいことになりそうだよ……。
あと。
その、なんだ。
見えちゃいました。
ええ。
――非常に、色鮮やかでした。
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