ACT47 仲直りの印といえば?



「……ごめん」


 意識の消失は、十分にも満たなかった。

 息を吹き返した真白は、起きたその直後に、土下座といわずとも正座で、正面――既にクリーム色のTシャツとカーキ色のハーフパンツといったラフな部屋着を着用している朱実に向かって、頭を垂れていた。


「シロちゃん、そこまで畏まらなくてもいいよ」


 朱実はそこまで気にしていないようだが。

 あのボーッとした状態から冷静に戻った今、真白、胸中は後悔の大津波である。


「あたしとしたことが、ついつい暴走て、朱実を傷つけようとしちゃうなんて……自分が自分で許せないわ」

「いや、傷ついてもないよ。そりゃ、ついつい引っ叩いちゃったけど、単なる恥ずかしさからだったし」

「でも、いくら、朱実が可愛いからって……」

「シロちゃん?」

「お肌がとても綺麗で、華奢な身体と小振りな胸元のラインが魅力的で、脚の肉付きもしなやかで……」

「シロちゃん!? そ、そ、そ、そこまで見てたの!?」

「そんな朱実の身体に、興奮しちゃったからって……!」

「こ、興奮!? ……あ、それはそれで、嬉しいような……いや、でもまだ、恥ずかしいような……」

「何もかもが可愛い朱実を汚そうだなんて、あたし、恋人失格よ……!」

「って、ストップ、シロちゃん、ストーップ!」


 真白の中の自己嫌悪が最高潮を迎えようとしたところで、朱実、慌ててこちらの肩をつかんできた。


「朱実?」

「本当に、まだちょっとわたし自身が、そこまで開放的になれなくて拒否しただけだから。シロちゃんの反応は、むしろ普通のことだよ」

「そうなの?」

「うん」

「あたしが朱実の裸を見て興奮しても、あたしのこと、嫌いになったりしない?」

「改めて言葉にされると、とても恥ずかしいけど……」


 頬を赤らめて言葉の通り恥ずかしそうにしながらも、朱実は優しく微笑んで、


「わたしがシロちゃんを嫌いになるなんて、そんなこと、あるわけないじゃん」

「朱実……!」


 ああ。

 許された、という嬉しさよりも。

 本当に、あたしはこの娘のことが好きだ、という気持ちがあふれてきて、朱実を抱き締めたい衝動に駆られる。

 でも、さっきのこともあるので、真白、どうしようもない気持ちで前に進めないで居ると、


「シロちゃん」

「!」


 その気持ちを察したのか、朱実が優しい笑顔でこちらに腕を広げてきたので。

 真白は、それを見て、ものの数秒もたたずに、自分の額を彼女のささやかな胸に押し当てた。

 そんな真白を、朱実は優しく抱き締めてくれる。とても温かく、穏やかな気持ちになった。

 だから、


「朱実、大好きよ」


 自然と、言葉を口に出すことが出来た。


「わたしも、シロちゃんのこと、好きだよ」

「うん、ありがと」


 朱実に抱き締められながら、真白も彼女の細い身体をきゅっと抱きかえして、それから数分ほど、何も言わずにこのままで居て。


「あ……そういえば、わたしも、シロちゃんに謝らないといけないことがあるんだった」

「え?」


 ふと、朱実がそんなことを言ってきた。

 これには、真白が朱実の胸を離れて、首を傾げる。

 見ると、朱実、まだ少し顔を赤くしつつ、ごにょごにょと何かを言いたそうにしていた。可愛い。


「えっと……わたし、シロちゃんがさっき気絶している間に、その、お尻、触っちゃったんだよね」

「お尻?」

「う、うん。えっと、ついつい魔が差したというか。ここまでシロちゃんが謝ったんだから、わたしも謝っとかなきゃって思って……そのう、ごめんなさい」

「そんなの、あたしは大丈夫よ。そりゃ知らない人とかならどうかと思うけど、朱実になら、何処を触られたって構わないわ」

「そ、そうなの!? ……でも、やっぱり、こういうケジメはしっかりしとかないと。なあなあで済ませるのはダメだと思うし。だから」

「ん……そっか」


 彼女が謝りたい、という気持ちなら、それを尊重するべきなのだろう。自分もそうだったことだし。

 真白は軽く笑い、朱実の肩に手を置いて、


「まあ、お互い、おあいこってところかしらね」

「……うん」

「だから、仲直りの印に――」

「え…………んぅ……っ」


 そのまま彼女の身体を引き寄せて、唇を重ねた。

 強くとか深くとかではなく、先日、朱実がしてくれたように、目を閉じて、そっと優しく触れるように。

 目を閉じていただけに見えなかったけど、朱実が少し驚いて、その後に大人しくそれを受け入れてくれているのが、何となくわかった。


「……シロちゃん?」


 唇を離すと、朱実、顔を赤くしたまま、ちょっとだけ当惑していたようだった。可愛い。

 対して、真白は優しく笑って、


「お母さんはね。大好きな人と喧嘩をして、それから仲直りするときは、いつもこうやってキスをしてたの」

「……そうなんだ」

「子供の頃の記憶だけど、ちゃんと覚えているわ。だから、そういうものなのかもって」

「って言うかシロちゃん、わたし達、喧嘩ってほどのことはしてないと思うけど」

「でも、こうすることで、あたしはやっぱり朱実のことが好きってこと、再確認できるから」

「……それは、同感」


 そう言って、再度、今度は朱実から重ねてくる。

 十数秒ほどで離れても、その度にお互いに軽く笑いあって、また重ねて、それを何度か繰り返す。

 先ほどは後悔の大津波だったけど、今はとても穏やかな気分だ。

 多分、これから先も、朱実とはこういう風にぶつかったり、時には傷つけあったりするかも知れない。

 でも、最後には、こういう風にお互い笑い、穏やかな気持ちになれるように。


「じゃあ……あたし、これから着替えてくるから。まずは家のお掃除して、それから一緒にご飯作ろっか」

「うんっ」


 真白、彼女を大切にしたい、そして自分もまだまだ成長したいという気持ちで、いっぱいである。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 なんだこれ、幸せすぎるっ!


 ……コホン。


 キスしている時、とても安らいだ気分になったと同時に。

 まだまだ、シロちゃんとは、いろんなことがあるんだろうなぁと思ったよ。

 それを、わたしは全身で感じていきたいな。

 ……いや、まあ、えっちなことは、もうちょっと恥ずかしい気持ちを抑えるのに慣れてから、なんだけど。

 あー、その辺も、ちょっとずつ頑張りたいな。

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