ACT39 自分の好みのタイプで言えば?


「じゃあ、行ってくるわね」


 あっという間に放課後になった。

 真白は、朝に送られてきた手紙の返事をするべく、前の席にいる朱実にそのように告げる。


「うー、緊張するよ」

「朱実が緊張してどうするのよ」

「いや、まあ、なんとなく、何かが起こりそうで」

「何も起こらないわよ。朝にも言ったけど、あたしの答えは決まってるから」

「……そうだと、いいんだけど」


 朱実、朝からずっと気が気でなさそうな様子である。

 それだけ、手紙の送り主に真白を取られるのがイヤで、もっと、ずっと、真白と仲良くしていたいと思ってくれているということだ。いくら鈍感な真白でも、これだけはわかる。

 ちょっと嬉しい。

 また一度、真白の中の胸のざわつきと、切なさと、答えを探す気持ちが循環した。

 本当に――と考えかけて、真白はその思考を打ち消した。


「大丈夫よ。教室で待ってて。すぐに終わらせてくるから」

「うん……」


 朱実を安心させるように告げてから、真白は教室を出る。

 指定された場所は、屋上の入り口前。

 屋上が出入り禁止になっているというわけではないが、季節も季節で、梅雨明けの真夏の炎天下の屋上で待つのは、自殺行為とも言える。

 手紙の送り主は、わりと賢明な子のようだ。


「まったく、そんなに賢いなら、あたしを選ばなくても」


 他にも、特徴を想像してみる。

 背は高いだろうか。低いだろうか。

 ガツガツ来るようなワイルド系か。それとも守ってあげたくなるような小動物系か。

 遊び人系か。誠実系か。

 とまあ、カテゴリ別に大きく分けてみたが……あの、手紙の文面の奥ゆかしさからして、背が低くて小動物系で誠実系という、全てにおいて後者という予想をしておく。

 その土台から、肉付けしていくならば。

 背は低いながらも、その愛嬌で癒してくれるならばポイントが高いかも知れない。

 それでいて、守ってあげたくなると言っても、時折相手を引っ張っていきそうな年上気質もあったり?

 誠実系でありながらも、社交性が高く流行にも敏感で、洋服や化粧品なんかも、その人に合うような視点をもってアドバイスを――


「……って、これ、全部朱実のことよね?」


 いつのまにか、朱実を中心に考えてしまっていた。

 憶測というよりも、これはもはや願望である。

 つまり、真白の好みの男子のタイプは、朱実みたいな特徴を持っている子ということか?

 むしろ――


「いや、だから、ダメなんだって……!」


 また、その可能性に行き着いてしまった。朝と同じように。

 その実、自分の気持ちの答えを出す過程でも、何度かそうなったことがある。

 その度に、そうではない、と振り出しに戻ってきた。

 本当に、いろんな意味でどうにかならないものだろうか……と、真白は大きく息を吐きつつ、今は手紙の送り主がどんな人物であるかの想像の途中だったので、今回は振り出しではなく、ある程度巻き戻しをしなければ――


「って、もうすぐね」


 とまで、悶々と考えているうちに、いつのまにか屋上へ続く階段に着いていた。どうやら、予想が纏まらないままご対面のようだ。……予想が違う方向に脱線したのについては、考えないようにしておいて。

 この階段を上ってすぐにある、屋上の扉がある小スペースに、送り主は待っている。

 少しだけ緊張したが、躊躇せずに真白は階段を上がる。

 その先に待っていたのは、



「えっ……!?」



 ――女の子だった。


 ふんわりとした、背中に届く長髪。

 前髪がちょっと長めで隠れているが、綺麗とわかる紫色の大きな瞳。

 背丈は平均よりも低く、それでいて女の子としてメリハリのある体つきで、夏制服の胸の校章は、真白と同じく一年生の色。

 そわそわとした様子から、手紙の文面の通りに奥ゆかしさが溢れている。

 総じて、可愛いともいえる娘であったが。


 ど、どういうこと……!?


 真白にとっては、待っていた人物がまったくの予想外の結果だったのに、頭の中がわりとパニック状態になった。

 女の子が、女の子に?

 え?

 うそ?

 こういうことがあって、いいの?

 おかしくない?

 そんなのが許されるなら、あたしは――


「あ、あのっ……」


 と、こちらの気配に気づいたのか。

 その女の子が、こちらを見て、精一杯の勇気を振り絞ったような声を発したところ、



「……あれ?」



 驚く真白の姿を見て、女の子の方も驚いたようだった。


「え?」


 真白も、彼女のリアクションの意味がわからず、動くことができない。

 お互い、張りつめた空気の中の無言で見つめ合うこと、十秒。

 その沈黙で、真白は少しだけ冷静になって、どうにかして声をかけようとしたのだが、


「あ、ああああああっ!?」


 それよりも先に、彼女が何かにたどり着いたようで、素っ頓狂な声を上げたのに、真白は肩をビクリと震わせる。


「ああああああ…………」


 その声が徐々にしぼんでいき、次いで、彼女は真っ赤になりつつ、顔を押さえてその場でしゃがみ込んだ。

 その一連の意図がわからず、真白は結構というか、かなり困ってしまいつつも、


「えっと……一体、何事?」


 なんとか、質問を絞り出すことができた。

 すると、彼女は押さえていた顔をどうにか上げて、涙を浮かべた目でこちらを見てきて、



「…………手紙を置く下駄箱、間違えた」



 肩透かし満載のオチを、こちらに寄越してきた。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 んーむ……よくよく冷静に考えると、あの手紙、女の子が書いたんじゃないかな?

 もし、そうだとすると、シロちゃんは何を考えて、どう、返事するのかな?

 まったく、想像が付かない。


 そして。

 もし、わたしがシロちゃんに想いを告げたなら。

 シロちゃんは、何を考えて、どう返事するのかな。

 ……想像すら、出来ない。


 いろいろ考えて、ちょっと怖くなってきたけど。

 ――早く、シロちゃん、戻ってこないかな。

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