ACT10 自分の所有物だと分かりやすく伝えるには?


「おっはよー、乃木さんっ!」


 休日明けの、のどかな陽気の朝の通学路を乃木真白が一人で歩いていたところ、誰かに声をかけられた。


「あら、おはよう、黄崎さん。朝に一緒の時間って珍しいわね」

「今日はバスケ部の朝練なくてさっ。久々の重役出勤だよっ」


 振り向くと、クラスメートの女生徒――黄崎きざき桐子きりこが、笑顔でこちらに追いついてきた。

 身長百六十四センチの真白よりも、さらに十センチ近く高い長身、活動的なベリーショートの髪と細面の少女で、力強い語気で喋るところは、真白にとっても結構印象に強い。


「バスケ部って、いつも朝練あるの?」

「そうなんだっ。去年は新加入だった青山あおやま先輩と大垣おおがき先輩の活躍で夏の県大会ベスト8まで行ったからねっ。今年はもっと上を狙うって、糸賀いとが先生が厳しくてさっ」

「それにしては、やけに楽しそうね」

「ボク、バスケ大好きだからっ。目指すは一年生エースだよっ」


 むんっ、と鼻息荒く、大きな胸を張る桐子。

 バスケというスポーツに熱中している、というのが一目でわかる快活さであった。


「そういえば乃木さんっ、ちょっと雰囲気変わったっ?」

「え? そう思う?」

「んー、休日前と比べて、結構綺麗になった感じがするっ」

「…………」


 心当たりは、ある。

 休日に友達の仁科朱実と出かけた際、洋服だけでなく、化粧品についてもレクチャーしてもらったのだ。

 というわけで今朝、母にも手伝ってもらって、初めて軽く化粧をしてみたのだが……やはり、そこまで違うものなのだろうか?


「うん、やっぱ綺麗になってるよっ」

「そこまで手放しに褒められるのも照れちゃうけど……まあ、いい気分ね。ありがと」

「あと、どことなく、アカっちの可愛さに傾向が似てるようなっ?」

「ん、やけに鋭いわね。ていうか、アカっちって朱実のこと?」

「そうそう。で、アカっちと、休日なにかあったのっ? その辺詳しくっ」

「いいわよ。昨日ね――」


 と、昨日の朱実との買い物の話を、真白がしようとしたところで、


「シロちゃーん」


 噂をすれば、というやつか。

 聞き慣れた声に、真白、ちょっと待ちかまえてみると、期待通りに右腕にちょっとした重みがくる。

 朱実が真白の腕に抱きつく、朝のいつも通りの『補給』である。


「へへー、おはよ、シロちゃんっ」

「おはよう、朱実」

「おっす、アカっち。今日も朝から元気だなっ」

「おはよう桐やん、珍しいね。朝練なかったの?」

「そうなのさっ。バスケ部に入って初めてかもしれないねっ」


 桐やん、というのは桐子のことだろう。

 学校ではいつも朱実とは一緒に居たつもりだったが、いつの間にか、桐子とあだ名で呼び合う仲になっていたのを、真白は知らなかった。

 よくよく考えれば誰に対してもフレンドリーな朱実だから、クラスの大半とはそんな感じなのかもしれない。

 真白、ちょっとだけ、もやっとなった。


「それにしてもアカっちと乃木さん、いつも仲良しだなっ。朝もそんな感じなのかっ?」

「ん、そうよ。いつも朝にくっついてきて、朱実はあたしから元気を補給しているの」

「ふーん、そうなのかっ。でも、元気ならボクも負けないぞっ。アカっち、ボクでも補給してみてくれっ。ほれほれ、カムヒアッ」


 と、桐子が大きく腕を広げて、朱実を招いてくる。同時に、ブレザー着用だというのに、胸部のクッションが大きく揺れる。

 流石にこれは、真白もついつい注目してしまった。


「お、おおぅ、これは……」


 なおかつ、朱実も目を見開いて、そのクッションに唸り声をもらしていた。今にも、ふらふらとそっちに行ってしまいそうな雰囲気だ。

 これには、真白の胸中にあるもやっとした気分が、また大きくなって、


「ダメよ」

「!!!???」


 朱実のことを、ギュッと強く抱き抱えて、



「朱実は、あたしのものだから。渡さないわよ」

「――――」



 桐子に向かって、にこやかに言って見せた。


「シ……シロちゃん、あのぅ……」

「んー、つまり、アカっちの補給源は乃木さんオンリーということかっ」

「そういうことよ」

「あ……はい、そうっすね」


 腕の中で朱実がぶつぶつと呟いていたが、ふらふらと桐子の方へ行くでもなく、大人しく収まってくれているので、それでいいと思ってくれているのだろう。

 真白、もやもやがなくなって、実に満足である。


「よし、じゃあ、ボクも乃木さんで補給させてくれっ」

「きゃっ、ちょっと、黄崎さん、いきなり抱きつかないでよ」

「うぬぅ……ちょ、密着が……っ」

「ボクのことは桐やんでいいよっ。みんなそう呼んでるからっ。代わりにボクも、これから乃木さんをシロっちと呼ぶぞっ」

「勝手に話を進めてくれるわね。……ま、別にいいわ。よろしくね、桐やん」

「おうっ」

「…………あぅ」


 そして、朱実を通じてという形だけど、また真白に新たに友達が一人出来たのには。

 今、腕の中で何故か真っ赤になっている朱実に感謝である。

 本当に、この娘と一緒だと、真白はいろんな可能性を広げていけそうだ。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 あの、腕を組んで歩くとかならともかく、シロちゃんに抱き抱えられたまま歩くのって、そろそろわたしの身が保たないんですけど……嬉しすぎて。


「アカっち」


 え、なに、桐やん。


「朝からいいものを見せてもらったよっ」


 ……………………桐やん、もしかして意図的にこの状況を作ったの?

 だとすれば、なんという策士。なんという確信犯

 でも。


 ぐっじょぶ、桐やん……!

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