不滅のアイ
スミンズ
不滅のアイ
1
昔むかし……、みたいな?
ともかく、小学生の頃の記憶なんて、高校生になった私にとっては遥か昔のことなんだ。だから、今とは全く関係の無いことの筈だ。なのに、あのときのあいつの笑顔を、私は忘れられない。
『ミカが気にやむことじゃない。負けたのは誰のせいとかじゃない。負けたのはみんなの責任だから。みんなでこの敗けを受け止めりゃいい。一人で背負うより、次頑張れそうじゃね?』
今思えば、小学生が言う台詞じゃない。つーか、今言われたとしても引く。だけど、あのときの私が、嬉しかったことに変わりは無かった。
そんなあいつが、今はオタクグループにいた。オタッキーなデブ男や、俗に言うオタサーの姫?的な女と教室の隅でなんか楽しそうに喋っている。気色悪い、ふとそう思ってしまう。
「おい、ミカ、なにボーッとしてんだ?」不意に、向かいから男の声がした。そこには彼氏の野宮龍がいた。
「……あ、飯忘れたんだわ」ふと思い出した。それから私は龍を見つめた。
「……全く、仕方がねえな……。今夜、もし約束してくれんなら金あげるよ」
「…今夜かあ。まあ、いいか。じゃあおくれ」私は手の表面を龍に見せた。
2
「みたか、昨日のグ〇ッドマン」ぽっちゃり系の岡田夏雄が言う。
「みたみた、あのカメラアングル、まさに円谷って感じだった!スカッとするね、ストーリーもイキッてないのがいい」僕はそう答える。
「そ、まさに王道!」それから二人で「アクセス・フラッシュ!」と声を合わせた。
「王道?あれが」鳴海郁菜が少し文句ぎみに言う。
「そうだ、わからんのならいいんだ」夏雄は鼻息を吹きながらそういった。
ふと教室を見る。高校のクラスは大体3つのグループに分けられる。『うるさいやつ』『真面目に居たい奴』『どっちつかつだが取り敢えず運動したい奴』の3択だ。そのうちのうるさいやつ、には実は旧友の冨田三花がいる。冨田は現在彼氏と教室の端っこで抱き合っている。なにも学校でハグしなくていいものを、なんて思いつつ、僕は視線を夏雄たちに戻す。
「あのさ、やっぱ冨田たちを見るのはヤバイと思うよ」夏雄はそういって慌てていた。
「…ナッツは冨田とか怖いわけ?」
「かかわるんじゃねえぞ……、って感じ」
「つまんな」まあだが、夏雄の言い分は最もだ。あんなチャラチャラした人間に僕らが関わる理由もないし、ただただあいつらは不愉快な奴等にしか見えないからだ。
しかし、本当に今の冨田はあの頃の『ミカ』と同一人物なのだろうか?
『膝ケガしてるじゃん!待ってて、絆創膏あるから』小学生の頃のある日、ミカは言った。僕は必死にボールを追いかけて、スライディングしたのだが、その仕方をまじった。
『大丈夫だって、こんなもん。唾かけときゃ治るって』
『ううん、まずは綺麗な水で傷口を流すのが先だよ』
『ホントにおせっかいばあさんだな』
そういうとパシッと僕の頭をはたいた。それから、むりくり蛇口のところまで連行されると、半ば強制に冷水を膝にかけられたのち、タオルで優しく拭き取り、絆創膏を貼ってくれた。
『まあ、あれだな。ありがと』僕は恥ずかしげにそう言うと、ミカはニコッとわらって『どういたしまして』と言った。
「ねえ、優太」鳴海が僕を呼び掛けてきたお陰で、僕は回想をやめれた。
「どうした?」
「ホントにボーッとしてるよね。今度さ、コミマに作品出すからさ、今度ナッツと一緒にアシよろしく」そういって鳴海は右手でブイを作る。
「わかったよ。給料はあるんですか?」
「山本ラーメンでどうでしょうか?」
「いいでしょう!」男二人は声を揃えた。我ながら安い男である。
3
「この野郎!夜遅くまでどこ行ってやがった!」扉を開けると、親父が腕を組んで待っていた。
「ごめんねお父さん。ちょっと学校祭の準備で時間かかっちゃって」
「何言ってやがる!学校に連絡したら『冨田さんは誰よりも先に帰宅しました』って言ってたぞ。おい」
いちいち娘が遅いからって学校にまで電話するのかよ。私はアホみたいだな、なんて思いつつ親父を見返す。
「な、何か言いたいのか!?」
「まるでお父さんって、私のストーカーみたいだね」
すると親父は見るからに悲しげな顔をした。それで私はしてやったり、と思った。
「もう知らねえ!」親父は今までの説教を放棄して、自分の部屋に戻っていった。それから私は靴を脱いで部屋に行こうとする。すると母さんが廊下の途中に立っていて私をぐっと睨んできた。
「お母さんもなにさ」
「別にあなたが外で何してるかを散策しようとは思いませんけど、たまには家族との時間と言うのも作った方が良いと思う」
「……なにさ、寂しいの?」
「いいえ、逆よ」
「逆?」私は予想外の返答に首をかしげる。
「きっと貴方は、後で寂しい想いをしてしまう」
母さんが真面目な顔をしてそんなことを言うから、私は思わず笑ってしまった。
「浮かれてんじゃないの?」私は母さんを睨む。
「どうとでも言えば良いわよ」母さんは親父に比べて弱腰にはならなかった。
4
「やっぱ山本と言えば味噌ですな」夏雄は大盛を爆速で食べていた。
「いつ食っても美味しい」僕もその味を堪能していた。
「君たち、食い逃げは許されんからね?」鳴海は水を飲みながらそういった。鳴海は特にラーメンを食うわけでは無かったようで、チャーハンを食べていた。「このパサパサ感、ホントに謎技術」
「わかってるって。んで今回の漫画はどんなのなんだよ。またクラスのイケメンと普通のJKの奇跡の恋みたいなのだろ?」僕は茶化す。
「ノーノー、今回はチャレンジしようと思ってるんだ。イケメンの吸血鬼とお姫様が恋をするって感じの考えてる」
「ザ・テンプレって感じだな、それ」夏雄は呟く。
「そんな文句言うなら君らが設定考えてみろ!」
「異世界でバイクを乗っていたら、異次元な能力を手にいれてしまった!」夏雄は自信満々に言う。
「それいずれ仮面ライダーでやると思うんで却下」
「殺人してしまった主人公が異世界に行って罪滅ぼししようとするんだけど、殺した奴も転生してたもんで、恨みで主人公殺されてしまうって奴は?」
「エグい。私にゃ書く勇気ありません」
「だからってシンデレラストーリーは飽きたんだよなあ、な、優太」
「んだんだ、チャレンジはもっとド派手に、変化球も必要だぜ?」
「いきなり恋愛から異世界ものに変えたら、従来のファンが居なくなる!」
「しかしなあ、読者だっておんなじもんばっか見せられたらいつか飽きるだろ!」
僕らは漫画のストーリーで揉めていた。いつものことだが、せっかくアシとして漫画を書くのだから、できる限り自己主張もしておくに越したことはない、といつも熱くなってしまう。
「あのさあ、君たち、青春はエエけどもっとボリュームダウンしてくれや!」遂に山本さんに怒られた。
「すいませんでした」僕らは声を合わせて謝罪した。
そんな時に、店の扉ががらがらと開いた。山本さんが「らっしゃいませ!」と気を取り戻して言った。
「ああ、冨田さん、こんにちは」僕は言った。そこには、お世辞にも髪があるとは言えない、冴えない中年の男性、冨田和人さんがいた。
「ああ、優太くんか。久しぶりだなあ。君たちは優太くんの友達か?」そういってカウンター席の、僕のとなりに座った。
「ええ、まあ」
「そうか…。そのだな、優太くん。学校で三花とはまだ仲良いのか?」
「……」僕はだんまりしてしまった。
「仲良くは無いようだな」
「すいません」
「いいや、気にすることは無いさ」そういって、冨田さんは味噌を頼んだ。
「え、冨田のお父さん?」夏雄がぶっきらぼうに言う。
「ナッツ、失礼だろ」僕は突っ込んだ。
「だってあのチャラい人の親がこんな優しそうな人だと思わないよ」
「事実、いい人だよ」
「よしてくれよ」そう言うと、冨田さんは水を飲むと少しだるそうに呟いた。
「あいつ、どうしてあんな無愛想な奴になったんだろうか?」
「うーん。無愛想って訳では無いですよ。チャラい人とは仲良くやってますよ?昔は逆に僕の方がチャラいレベルだったんですけどね。いまじゃもう僕らには手もつけられないような存在です」思わずガッツリと本音を言う。
「そか…。じゃあチャラい男友達もいるのか」
「うん、まあ……」学校でベタベタしてますとは言えなかった。
「最近、あいつ帰りが遅いんだ。飯も一緒に食べてくれないんだがまさか彼氏とかいたりして」
「きっと彼氏に食べられて……」夏雄がそんなことをいいかけたので、鳴海がいきなり立ち上がって首を二の腕で締め上げていた。
「おい死ねナッツ」鳴海は女子高生らしからぬ暴言をはいた。
「いいんだ。なんとなく予想はついてる。夜になんか男と電話で喋ってることも」
「……」僕はなんか昔より小さくなった冨田さんを見て、少し複雑な気分になった。
5
何気なく自分の部屋を見渡して見ると、最近は開いていないアルバム写真集があった。少し気まずいと思ったけど、私はそれを開く。私はどのページでも笑顔で、親父も笑顔だった。顔を背けたくなったけど、写真のなかに閉じ込められたものにまでしびれをきらすのも大人げないと思った。そして捲っていくと、やはり優太がいた。私と二人でおままごとをしてたり、ニンテンドーDSをしたりしていた。あんな無垢な自分が、果たして本当にいたのだろうかとぼんやり考えると、やはり今の私が違うような気がしてならない。何故なら優太は昔とほぼほぼ変わってないからだ。じゃあなんだ?もし私も昔と変わらずでいたらあのオタクたちみたいになっていたというの?
「キモいんだよ!」私はクッションにパンチをかます。けれど、本当は自分がキモくなっていっているような気がしていた。
私は、取り敢えず気分を落ち着けようと自分の部屋を出た。すると扉のすぐ向こうには親父が立っていた。
「なんでいるんだよ!」思わず声をあげる。
「ちょっと暴力的な音がしたから」
「知らないよ。ちょっとトイレ行くから、避けてくれる?」私がそう言うと、親父は全く違うことを尋ねてくる。
「彼氏いるのか?」
「なんだよ!いたらなんだって言うんだよ?」
「……」親父は少し斜め下を向く。
「用はそれだけなら、早く通してよ。廊下狭いんだから」
「あんまりな、家族の時間を大切にしないような彼氏は止めて欲しい」
「は?彼氏は私に会いたいって言ってるんですけど」
「それは高校生が言うことじゃないんだよ!別にいいさ、たまに夜に花火でもしに行くくらいなら。けれど、毎日夜にホイホイ遊ぶのはやめろ。それはお前が思っている以上に、親不孝だ。世間体も良くない、辞めてほしい」
「なにそれ、脅迫?」
「親としての義務だ。多少理不尽だと思うかもしれないが、子供は毎日元気な顔を夕飯の時に見せるものなんだ」
「……」私は何故かわからないけど、今日はとてもこの重圧に耐えられそうもなかった。軽い格好のまま、私は外へ飛び出した。
近所の川辺まで行くと私は石垣の階段に座った。川の向こうはこちらがわより輝いていた。
「全く、どうすればいいって言うのさ」私は独り言を呟く。リュウは良い奴だ。きっとそうだ。そう思いたいけど、あいつは確かに、私に何を求めているのかがわからない。
「お、ミカ」突然、聞き覚えのある声が上からした。石垣の上からだ。
「リュウ、どしたの」
「ミカこそ。なんでこんな時間にひとりで」
「なんでって。一人になりたいときだってあるの」私は拗ねたように言う。
「そうか、そうか。俺は少しムラムラしてんだ」そう言うと突然リュウは私を横倒しにして馬乗りになった。
「うわ、なにするんだよ!」
「だからムラムラすんだって。良いだろ。いつもの仲じゃないか」
「無茶苦茶だって!ここは外!離して!」私がそう言うと同時に突然けたたましい打音がした。私の上にいたリュウは遠くで転がっていた。
見上げるとそこには優太がいた。昔と変わらず、何故か誇らしげな顔を、リュウに向けていた。それから、花火を抱えたデブオタクと、バケツを担いだオタサーの姫も走ってついてきていた。そこは持つもん逆だろ、と心のなかで呟いたが、そんなことはどうでもいい。
「なんで優太がここに」私は一番の疑問を投げ掛ける。
「それはこっちのセリフだ。ここ、僕が昔から良く特等席にしていた石垣だもの。今日はこの同人サークルでここを使って花火しようとか思ってたらミカが襲われてたんだから」そう言いつつ優太の視線は依然転がってるリュウにあった。しばらくして、リュウがノロノロ立ち上がると、優太はゆっくりとリュウのほうにあるきだした。ヤバい。私はそう思った。
私は少し落ち着きなく立ち上がった。少し足が痛いが仕方がない。私はなんとか踏ん張って優太の方へ走っていく。それから、優太の後ろに抱きついた。
「離してよ。こいつ、ミカを大切になんかしてないクズやろうだぞ」
「嘘だ。リュウは本当はいい人だよ」
「じゃあなんでミカは襲われてた」
「それは」正直、その質問には答えられなかった。
「僕は今のミカなんか嫌いだ。あのお父さんより、この二股野郎を選ぶんだもの」
「二股……?」私はふとリュウを凝視する。するとリュウはポカンとした顔で言い返す。
「だって、いやなんなんだ、ミカ?俺らってセフレじゃ無かったんか?」そう言った途端、優太は力づよく私を引き離すと、リュウに向かっていった。止められなかった。そう思った。優太は喧嘩が強すぎるんだ。
昔、私をかばうために男の子三人を相手取り喧嘩したことがある。全員を蹴散らした優太だったけど、一人に少し怪我を負わしてしまって、優太だけ怒られたことがある。あんなこと、もういやだ。もう私はリュウのことなど頭の外へ抜けていって、ただ優太だけを見ていた。間もなく、優太はリュウの顔面をビンタすると、突然叫んだ。
「撤収だ!」そう叫ぶとオタクども二人は突然バケツと花火を投げ出すとどっかへ消えていった。と同時に私は突然、優太に腕を引かれて、走らされた。
「え、なに?」私は驚いて声をあげた。
「なんだあいつ。全然追いかけてこないなんて、拍子ぬけだなあ」そういいつつ、優太は素早くバケツと花火を拾って、河川敷の麓の自転車に走っていった。それをかごに入れると、優太はサドルに乗っかって、後ろを指差した。
「乗りなよ」そう言うと、優太は向こう岸の街明かりのなかで、昔と変わらぬ笑みを浮かべていた。私はそれに少し安心して、言われるままに後ろに乗っかった。
「2人乗りなんていけないなあ」私はふざけたように言う。
「ミカが言うな。僕はスターゲイザーやりたかっただけだ」優太はグイッとペダルを踏み込む。そして、セカオワのスターゲイザーを口すさむ。ギシギシ、と音をたてて、自転車は前進し始めた。「しかし平手友梨奈じゃなくて残念だ」
「悪かったね。平手友梨奈じゃなくて」私はフン、と息をつく。「まずこれバイクでないし、なんだスターゲイザーやりたいって」
「知らないよ、そうイチイチマジになるのが昔から変わってないな」
「バカ」私は目の前の大きな背中をドンと叩いた。
「痛い!待って、転げる!」徐行運転だった自転車が、ふらふらと雑草林に転倒した。私達は二人無様な姿になって、なんか意味わからなかったけど、笑った。それから、なんか分からないけど、涙が出てきた。
「ごめん」私はふと、そう声を出すと、何故か優太はポンと頭を軽くはたいた。
「それはお父さんに言うんだ」そう言うと、優太は河川敷の上の方を指差した。親父が、パジャマのままで私達をずっと見つめていた。
親は全てお見通しって、本当なんだな。ふと私は感心してしまった。
「いま、帰るよ」誰にも聞こえないように、私は呟く。
不滅のアイ スミンズ @sakou
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