第38話「わたしがいない」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 そして訪れた、全国アイドルキャラバン東京都西ブロック予選会当日──


七海ななみ、大丈夫か? 辛くなったら言うんだぞ?」

「大丈夫なのですなっ、昨日もいっぱい休養とりましたからなっ」


 アステリズムの半纏はんてんを着て背にのぼりを差し、両手に3人分の団扇を持った七海が、元気いっぱいで観客席最前列に向かって駆けて行く。

 そこには同じくアステリズムの半纏を着た大人のお友達がたくさんいて、合流した七海とハイタッチをしたり、コールやMIXの練習をしたりしている。

 ネットでの宣伝、定期的に行っているライブステージでの応援等、彼らの貢献も今や無視できないものになっている。

 

「七海ちゃん、顔色良さそうですね」


 入り口の脇にたたずんでいると、衣装の上にウインドブレーカーを羽織ったレンが、俺の隣に並んだ。


「おお、準備出来たかレン。仙崎せんざき関原せきはらは?」

「追っ付けやって来ます」


 会場となった都内の大型ライブハウスには、40近いチームが集まっている。

 収容客数2500人の観客席はすでにいっぱい。 

 控室だって当然いっぱいで、参加者はどこかよそに待機場所を設けるか、車で直接乗り付けるルールになっている。

 あらかじめこうなることを予想していた我らがアステリズムは、最もアクセスの良い隣のビルに会議室を借りて待機場所としていた。


「それで今日の予定なんですけど……」

「なんだ、どうかしたか?」

曲順セットリストをちょっといじらせてください」

「……セットリストをいじる?」


 首を傾げる俺に、レンはにっこりほほ笑みかけてきた。 

 どうしてだろう、その笑み自体は綺麗なのに、見ている俺の心胆を寒からしめるような何かを秘めている。

  

しのぶちゃんのスト……ごほん。スカウティングで知ることが出来た向こうのセットリストがこれです。そしてトーナメントテーブルがこれ。この流れでいくと、『Shakeees!』とわたしたちが両方決勝ラウンドに残ることが出来れば、向こうのあとにこちらがることになります」

「ああ、そのようだが……」

「そこで提案です。決勝ラウンドの最初にこの曲をぶつけます。そしてわたしに歌わせてください」

「おまえが? そりゃあ俺はかまわんが……」


 レンはここまで、恋のサポート役に徹してきた。

 体を借りての直接指導などはあったが、ステージを自らこなそうとはしなかった。

 すべて恋の成長を考えてのことだが、それをなぜこのタイミングで、しかもセットリストをいじってまで……。


「大丈夫です。理由を話したら、みんなはふたつ返事でうなずいてくれましたから」

「理由っていうのは?」


 俺が訊ねると、レンはパチリいたずらっぽくウインクをして寄越した。


「ほらここ。向こうが一番最後に持ってくる『恋愛パラダイス』。ねえ、プロデューサーさん。これがどんな曲だったか覚えてますよね?」

「そりゃあ覚えてるよ。何せ俺たちの時代においては国民的な曲だったからな。流行しすぎていくつものアンサーソングが産み出されてるほどで……うん?」


 俺ははたと気がついた。

 そうだ、アンサーソングってのは既存の曲に対する返答として作られた曲のことだ。

 つまり基本的に、メロディーラインや歌詞は既存曲を意識して作られている。

 アイドルソングの場合はとくにそれが顕著で、ダンスや振り付けまでも競合するよ・ ・ ・ ・ ・うに作られ ・ ・ ・ ・ ・ている ・ ・ ・


「まさかおまえ……直接対決を挑もうってのか? 似た曲を演じることで、歌、踊り、パフォーマンスの全面で上下をハッキリさせようって? 言っておくが、向こうは普通の相手じゃないんだぞ? チームガンマのフロント3人だ」


「あれれー? 悲しいなあー、プロデューサーさんはわたしたちの実力が向こうのそれに劣るとお考えで?」


 レンの煽りに、俺は思わず動揺した。


「い、いや、決してそんなことはないが……」


「じゃあ大丈夫ですよねー?」


「それはそうかもしれないが……」


 仙崎と関原の素質だって相当のものだ。

 ここ半年の練習と経験を経て、それはさらに開花している。

 現段階でのチームの総合力は、ほぼ拮抗していると言っていい。

 だが拮抗しているということは、負ける可能性もあるということだ。

 たしかに勝てば、これ以上ない牽制になるのだろうが……。

 

「あのですね、プロデューサーさん。こちらにプロデューサーさんがいるように、向こうには加瀬プロデューサーがいる。こちらに恋ちゃんと忍ちゃんと一恵ちゃんがいるように、向こうにはソアラちゃんとリンカちゃんとレミィちゃんがいる。でも、向こうにはね……?」


 人差し指を唇に当てると、レンは秘密めいた笑みを浮かべた。


わたしがい・ ・ ・ ・ ・ないんで ・ ・ ・ ・すよ ・ ・


 その瞬間、俺はゾクリと震えた。

 わずか13歳の小さな肉体から、オーラのようなほとばしりを感じた。

 長年アイドルとして輝き続けてきたレンの誇りと、凄みを感じた。

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