第36話「最低の男」
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翌日曜日、俺は部員全員を引き連れて都内に出た。
目的地は『Shakeees!』がトリを務めるというイベントが行われるライブハウスだ。
「ほう、ロックバンドとかとのミックスじゃなく完全にアイドル専イベントなのか。この当時にしては珍しいんじゃないか?」
「アルファコーラスの秋葉店が出来るのが来年3月のはずですから、ずいぶんですよこれは」
オーダー票を眺める俺の横から、レンが指摘してくる。
「へえー……アイドルだけで出来るほどの駒がいるんだなあー……」
「そりゃあいるでしょう。地方だったらともかく、ここは東京なのだから。むしろ注目すべきはこれだけのチームを揃えられる人脈と、そもそもの着眼点ね」
そうこうしているうちに、ライブが始まった。
参加チームは全部で5チーム。
4チームに関してはそれほどパッとしない印象だが……。
「……客層、変わりましたね」
「ああ、レン。気づいてたか?」
トリ前から、ライブハウスを埋める客層が変わった。
そもそもの人数が増え、さらに最前列を占める層が様変わりしている。
『Shakeees!』の団扇にペンライト、ハチマキに法被などの応援グッズを装備した者たちばかりになっている。
「グッズ販売に組織化……? おいおいまさかだろ……」
「……始まりますよっ」
辺りが暗転すると、ズダンズダンと重々しいドラムの音が辺りに響いた。
それに合わせて観客たちもまた力強く足踏みしている。
200人収容のライブハウス全体が、震動で小刻みに揺れるほどの勢いだ。
やがて、パパッとステージに光が差した。
『よっしゃー、行くぞー!』
左ウイングの元気印、レミィが叫ぶとすかさず。
──タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!
観客たちが野太い声で英語MIX(アイドルソングのイントロや間奏時などに叫ばれるオタ芸の一種)を叫んだ。
『まだまだいけるぞ、もういっちょー!』
──
間を置かず日本語MIX。
『こいつで最後だー!』
──チャペ! アペ! カラ! キナ! ララ! トゥスケ! ミョーホントゥスケ!
拳を突き上げたレミィのかけ声に合わせて最後に繰り出されたのは、アイヌ語MIXだ。
MIX三連発で一気にエンジンの掛かった観客たちが、ステージにかぶりついていく。
手拍子をし、メンバーの名を呼び、会場一丸となっていく。
「おお……これは……っ」
俺は思わず唸った。
プロのそれにならともかく一介のアマチュアの、しかも結成半年にもならない中学生のトリオに対して向けられるものにしては組織化されすぎている。
きっと誰かが入れ知恵をしているに違いない。
チームガンマの3人を集め、さらには応援部隊を結成し、おそらくはこれをそのままアイドルキャラバン本番に持ち込むつもりなのだ。
「しかもこの曲……っ?」
「ええ、恋パラですね」
レンが真剣な顔でうなずいた。
『Shakeees!』が歌い出したのは、チームガンマの『恋愛パラダイス』。
女の子たちの十人十色な恋模様をお祭りみたいに描いたハッピーな曲で、未来の世界ではダブルミリオンの国民的大ヒットを記録している。
「決まりだな。俺たち以外にもうひとり、未来からこっちへ来ている」
「ええ、しかも一般人じゃないですよ。ここまでアイドルに詳しくて人脈があって、しかも恋パラを振り付けまで完全再現できるなんて……」
「やーやーやー、ひさしぶりぃーっ。いつか来ると思っていたよぉーっ」
うなずき合う俺たちに、横合いから声がかけられた。
『……っ?』
俺とレンは、同時に振り返った。
そこにいたのはスーツ姿の細身の男だ。
「なっ……?」
「ひっ……?」
レンはビクンと身を強張らせ、俺はそんなレンを守ろうと反射で前に出た。
「なんだよ、そんなに警戒するなよ。嫌だなあー……」
男はねっとり糸を引くようないやらしい声を出した。
「昔なじみならぬ未来なじみじゃないか。邪険にしないで仲良くしようよぉー」
相手の心を見透かすような糸目。
ビートルズを意識したのだとかいうマッシュルームカット。
年齢は俺より10こ上だったはずだから、この当時でおそらく24歳。
「
「どうしてあなたが……?」
口々に疑問を発する俺たちに、加瀬はなんでもないことのように告げた。
「なぜもどうしてもないだろうー? 君たちが今そうしている、それと同じことが僕の身にも起きたというだけの話だよぉー」
俺たちと同じ。
つまりはこいつもタイムリープしてきたということなのだろう。
「もっとも僕の方は君たちよりじゃっかん遅いんだけどね。雷のせいじゃなくって、電車に
「電車に轢かれた……?」
「どうせ、女の子たちの恨みを買いすぎたんでしょう」
聞いたことのないような冷たい声でレン。
そうだ、こいつとレンの間には深い深い因縁があったんだ。
「だから突き落とされて殺されたのよ。いい気味だわっ」
辛辣極まりないレンの言葉にも、加瀬はまったく動じない。
「まあねえ。僕もけっこう、オイタがすぎたよね? なんせ色々好き放題してたからねえー」
下卑た笑みを浮かべる加瀬。
「まあーでもね? それはそれとして僕は今ここにいるわけで。てことはまだまだ色々、オイタが出来ちゃうわけで、ね?」
レンに向けてパチリとウインクすると、加瀬は続けた。
「ま、そういうわけでさ、もう一回、今度はこっちで楽しませてもらうとするよ。とりあえずは君たちの大事なお仲間と……この意味、わかるよね?」
ぐふふといやらしく笑うと、加瀬は舌なめずりした。
「本当はレン、君も一緒の4Pが良かったんだけどね。記憶を頼りにようやく探し当てた時にはすでに三上くんとよろしくやってるもんだからさ、参っちゃったよ。いやあ残念残念」
「ちょっとあなた……まさかソアラちゃんたちに……っ?」
「──おい、おまえ」
考えるよりも先に、俺の手が加瀬の胸倉を掴んでいた。
「あの3人に手を出したら、殺すぞ?」
自然とそんな言葉が、口をついていた。
「おい、ちょっと待て待てっ」
「落ち着いてくださいっ。プロデューサー」
俺と加瀬の間に入ったのは、仙崎と関原だ。
「なんだかよくわかんねえが、争うってんなら公式の場でやりな」
「非常に遺憾ですが、この女に同意です。あなたの輝かしい経歴が、こんなゴミくずのせいで汚されるなんて冗談じゃありません」
「ああ……うん、すまない……」
冷水を浴びせられたような気分になった俺は、慌てて加瀬を解放した。
「なんだよ三上くぅーん。君はこっちでもまぁぁぁだ女どもに振り回されてんのぉー。? 本当に成長しないねえー。いっつも言ってたじゃないかー。女なんてのは脅して引っ
「ああ……っ?」
「……こいつっ?」
さすがに目を剥く先崎と関原。
「おおっと、これはさすがに言いすぎたかな? くわばらくわばらーあっ」
加瀬は肩を竦めると、そそくさと逃げ出した。
観客の中に紛れ込む直前、俺の目をまっすぐに見て言った。
「三上くぅん、一応言っておくけどさ。こっちの世界では負けないからね? 僕は君よりも先に世に出て、練習生じゃないチームガンマの……いや、チーム全体の総合プロデューサーになるから。そして全員、喰っちゃうから。だからせいぜい、頑張って這い上がって来てよ。目の前で悔しがるライバルがいないと、つまんないからさーあ」
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