第20話「シンプルかつロック」
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夏祭りが終わり、夏休みが終わり、二学期が始まってすぐに中間テストがあった。
俺は生徒会長とプロデューサーの二足の草鞋を履きながらも学年一位を死守した。
アイドル活動にうつつを抜かして成績が下がったりしたら、
残る問題は、間近に迫った学祭だ。
「えっと……じゃあ
様々なコスプレ衣装や生地糸材、練習用のウェアやシューズ、スポーツドリンクやタオル類で埋め尽くされ雑然とした現代服飾文化研究部の部室の中、パイプ椅子に座った恋が確認するように聞いてきた。
「そうだ。アップテンポが2曲にバラード1曲。なぜそういった順番なのかというと、基本的に日本のお客さんは大人しい人が多いからだ。相当な推しのコンサートでもないかぎり、いきなりフルスロットルで盛り上がってはくれない。ましてや『アステリズム』は今回初お目見えの自校のアイドルだ。アップテンポをふたつ重ねるぐらいしないと盛り上がりに火は点けられない」
「ああいや、順番はいいんですけどね。その、
「あたしの曲が2曲目……というか本気で
恋の隣に座った仙崎が、寒気でもするみたいに体を抱きしめ震えている。
「こんなあたしの曲を……みんなが聞く……っ? というかそもそもあたしがアイドルとしてステージに立つ……っ? うう……うああああーっ!?」
仙崎は何事かを叫びながらガタンと椅子を蹴って立ち上がった。
出て行くのかと思いきや、ちょうど目についたのだろう黒田の肩をドスドス叩いている。
「ちょ……うええー……っ!? なんで!? なんで肩パンするの忍ちゃーん!?」
悲鳴を上げて逃げ惑う黒田はともかくとして……。
「忍ちゃん……ずいぶん追い込まれてますねえー……」
「かなりナーバスになってるようだな。歌も踊りもいい出来だとは思うんだが……」
「空手家として型を演じるのとアイドルとして演じるのは違うってことなんでしょうかねえー……?」
ふたり同時にため息をついて……ふと気づいた。
「そういやおまえは、ずいぶん落ち着いてるようだな?」
レンのほうだったらまだしも、この当時の恋がこんなにゆったりしているのは不思議なような……。
「……わたしが落ち着いてる? そんな風に見えますか?」
恋の頬がひくついた。
「え? あれ? 違うのか?」
戸惑っている俺のほうに、恋はパイプ椅子ごとガタガタガタッと近づいて来た。
「全っ然違いますよおおっ! わたし、表面だけは普通にしてるけど、中身は不安で不安で爆発寸前なんですよおおおっ!」
「う、うおお……っ?」
「今だって、忍ちゃんが怖がってたから平静を保ててるんですよおおっ! ほら、自分より怒ってる人とか怖がってる人がいたら、変に冷静になる時ってあるじゃないですか! まるっきりあんな状態なんですよおおおっ!」
「ま、まあ落ち着け、落ち着け恋」
ぽんぽんと肩を叩いて恋をなだめていると……。
「あ、あのー……三上くん、恋ちゃん? ふたりとも仲良いとこあれなんだけど……ちょっといいかな?」
「あ、アツアツべったりで目のやり場に困るだなんてっ、そそそそこまでふしだらな真似はしてないですけどおおおーっ!?」
「落ち着け恋。そこまで言われてない」
真っ赤になって動揺する恋にツッコんでから、俺は赤根に目顔で訊ねた。
「え、えっとね……ようやく完成したの。その……衣装が。だからそのー……実物を今日ね? 着てもらえたりなー……なんて思ったりしてその……」
「──実物をっ?」
「──今日だとっ!?」
前者は恋、後者は仙崎だ。
よほど気になっていたのだろう、ふたりは凄い勢いで食いついてきた。
「え、ええっと……そこまで期待されても困るんだけど……。そのあの、言ってもわたしごときこの世の最底辺を這いずる虫けらの作った作品なので……」
「赤根ちゃんなら大丈夫だよ!」
「おまえ……じゃない、先輩の頑張りは、誰よりあたしらが知ってるよ!」
プレッシャーを感じているのだろう、いつもより激しく卑下する赤根を、ふたりは口々に励ました。
衣装作りの打ち合わせだけじゃない。
勉強を教えたり、練習のサポートをしたり。
ここ数か月の付き合いで、3人の関係はぎゅっと緊密なものになっている。
「そ、そうかなあ……? ええとね、じゃあね……。その……こんな感じなんだけど……」
おそるおそるといった調子で、赤根は衣装をふたりに示した。
トップスは半袖シャツとショートタイとベスト、ボトムスはミニスカートとロングブーツという組み合わせだ。
ベストとミニスカートとロングブーツはいずれも濃い藍色で、半袖シャツは白。
ショートタイは薄い水色で、金色の
「夜空に輝く
赤根の問いに対し、当のふたりは弾けるような笑顔を浮かべた。
「いえーい!」
「よっしゃー!」
ハイタッチして、喜びを爆発させた。
「最高です!」
「最高だよおい!」
「え、ええーと……ふたりとも気に入ってくれたということでいいのかな……?」
「気に入ったどころの騒ぎじゃないですよおおーっ! もう可愛くてかつかっこよくてっ!」
「いっやあー、先輩はなんやかややってくれる奴だと思ってたけど、想像以上の仕事をしてくれたなあっ! ピンクでアリス調に決められたら死のうと思ってたから、これはホントに良かったよ! お礼と言っちゃあなんだが、あたしが今度個人的に稽古をつけてやるよ! まずは正拳突きからだな!」
「ありがとね恋ちゃん……そして忍ちゃんのそれは本気でごめんこうむるんだけど……。わたし誰と戦う気もないので……」
仙崎の申し出に戸惑いながらも、赤根は赤根なりに頬を緩め、喜んでいるようだった。
「うおーう、いえーいっ! やったなあーっ!」
最終的には黒田も混ざって、4人で円陣を組んで踊り合っている。
「……」
その光景をほっこりした気持ちで眺めているところへ、不思議な訪問客があった。
関原だ。
いつも通りの真面目な顔で、俺だけに用があるとのことなのだが……。
それがまさか、あんな事件を引き起こすきっかけになろうとは、この時の俺はまだ、知るよしもなかったんだ……。
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