「ThirdSongs」

第19話「イチエイズム」

 ~~~関原一恵せきはらいちえ~~~




「これは夏祭りの写真です。会長と妹さんの微笑ましいツーショットに図々しくも割り込んだ瞬間です。下駄を片方脱いで登場に意外性を持たせようとか、いかにも頭の緩いビッチが考えそうなことですね」


 状況を説明しながらわたし──関原一恵せきはらいちえは証拠写真を一枚ずつ生徒指導室中央のテーブルに並べていく。


「これは練習日の写真です。会長がペットボトルのイオン飲料を口に含んでいるのを物欲しそうに眺めているところです。おかしな真似をされないように、この後わたしが回収しておきました」


「……」

 

「これは会長がスーパーから出てくるところに声をかけた瞬間です。偶然を装ってますがこいつ、入り口の前で10分ぐらい待ち構えてました」


「ああ、なんてこった……」


 900×450のテーブルが完全に埋まったところで、対面に座っていた桜子先生が重い重いため息をついた。


「気づいていただけましたか。先生」

「ああ、これ以上ないほどにな。関原」


 わたしがテーブルの上に乗り出すようにして顔を近づけると、桜子先生は同じ分だけ身を引いた。


「こいつ、ストーカーです」

「おまえ、ストーカーだったんだな」


 ……ん?

 ……あれ?


「いやいや何言ってんですか先生。わたしじゃないですよここに映ってるこいつですこいつ。1-Gの高城恋たかぎれん。これだけ動かぬ証拠を見せてるのになんで理解出来ないんですか」

「いやいやこれだけ証拠が上がってるからだろ、大丈夫かおまえ」


 どういう意味の動作だろう、桜子先生は自身の頭を指差した。


「そもそもの問題点として、撮影者であるおまえはなんでその場に居合わせてんだよ」

「ですから、この女のストーカー行為を証明するために……」

「なんでその時その場に三上みかみが来るとわかってたんだよ」

「女の勘です」

「大胆な嘘だなおい」


 桜子先生はジト目になってわたしを見た。


「つけ回しに盗撮に窃盗、下手すると手が後ろに回るのはおまえのほうなんだが?」

「……窃盗とは?」

「三上の使用済みペットボトルを回収した件について言ってるわけだが?」

「でしたら再利用しようとしただけなので問題なしです」

「そういう問題じゃないんだよなあー……」


 いつだってエコロジカルな気持ちを忘れないようにしたいというわたしの主張を、しかし桜子先生は首を横に振って否定してきた。


「わたしのことはさて置いても、この女の行動は問題でしょう? 目の前で起きている犯罪行為を、追及手段に問題があるからといって見過ごせというんですか?」

「それが法ってもんなんだが……まあ、この際それにはつむるとして、だ」


 桜子先生は改めて写真を眺め渡しながら。


「いずれにしろよ、これだけ見てもあたしにはさほど問題があるとは思えないよ。一般的な中一女子と中二男子のそれを逸脱するものじゃない」

「何言ってんですか、大有りですよっ」


 バンッとわたしはテーブルを叩いた。


「今問題がなくたって、どうせすぐに噴出してきますよっ。この女の物欲しそうな目を見てくださいっ。会長の一挙一動を追ってっ、シャツの隙間から覗く鎖骨とかっ、手を上げた拍子に覗いたわき腹とかっ、そんなとこばかり注視してるじゃないですかっ」

「なるほど、おまえは三上みかみのことをそういう目で見てたわけだ」

「わたしじゃないですよこの女がですっ」

 

 どれだけ事細かに説明しても桜子先生は首を縦に振ってくれない。

 生徒をかばおうとするそれ自体は教師として立派な態度だと思うが……。


「ともかくこれだけは約束してください。先生、現代服飾文化研究部の活動を停止させるんです」

「……いつからどうして、そんな話になったんだ?」

「そうすれば、会長とあの女が一緒にいる理由がなくなるからです。正式な活動が出来なくなれば自然と関係性は希薄になる道理です」

「害虫の温床となる倒木を除去しようみたいな発想をやめろ」


 桜子先生は疲れたようにため息をついた。


「たしかにあたしは部の顧問だが、停止させるべき積極的な理由はないな。もともとが『昨今移り変わりの著しい現代の服飾文化を研究し、実際に製作、着用。ステージ、ライブ等の発表の場で披露することで社会経験を積み、人格を陶冶とうやすること』が目的の部だから、アイドル活動をしていてもなんの問題もない。この辺はさすがに三上、抜かりはないよ。かてて加えて、だ」


 静かな瞳で、桜子先生は続けた。


「あたしはな、この活動自体が三上のためになると思ってるんだ。だから続けさせたい」

「……どういうことですか?」

「おまえにとって、あいつはどんな存在だ?」

「長くなりますがいいですか?」

「手短に」


 難しいことをさらっと言う人だ。


「新入生代表から始まり、各期各テストオール満点、体力測定全項目において新記録を塗り替え、一年にして生徒会長の座に着いた伝説の人です。冷静沈着と果断即決を兼ね備えた完璧な人間です。能力はもちろん、特筆すべきはその視野の広さでしょう。弱冠14歳にして、あの人の目は世界を、未来を見ています。まさに覇道とでも呼ぶべきそれについて行けるのはわたしを置いて他に……」

「いや、そこまででいい」


 なぜか額に汗を浮かべながら、桜子先生はわたしを止めた。

 これからがいいところだというのに、わかっていない人だ。


「優秀な人間であることは認める。だが問題もあるだろう? 性格上の甚だしい欠点が……」

「……欠点?」


 はて、とわたしは首を傾げた。


「会長のどこに問題が?」

「……本気でわかってなさそうだから怖いよな、おまえって」


 桜子先生はめんどくさそうに説明した。

 

 曰く──相手の気持ちへの配慮が一切ないこと。 

 曰く──常に自身の尺度で考えるから、周りがついて来れないこと。


「え? それって全部、会長の美点じゃないんですか?」

「そう考えるのはおまえみたいなコアな信者だけだ」

「しかたないですね。いつの世も、先駆者は理解されないものですから」

「……」

 

 胸を張るわたしから目を逸らすと、桜子先生は壁に掛かっているカレンダーを見上げた。


「最初はな、あいつの活動には反対だったんだ。急に一年の教室に乗り込んで高城に告白まがいのことをして。アイドルだとかプロデュースだとか……なあ。正直こいつ、とうとうぶっ壊れちまったのかと思ったよ」

「……」

「だが後日、説明を受けてハッとした。筋道の通った計画……というのもあるんだが、そこには今までのあいつには無い、人への配慮があったんだ。どういった経緯でかはわからないが、高城と出会ったことであいつは変わりつつあるんだよ」


 桜子先生の目には、いつにない優しさのようなものがあった。

 体育会系の怖い先生のくせに、見る者をほっとさせる暖かさを湛えている。


「それが理由、ですか?」

「そうだ。あたしはこう見えても教師だからな。生徒の自主努力と成長を止めるような野暮はしないよ」

「でも……やってるのはチャラチャラ浮ついたアイドル活動ですよ?」

「まあそこについては未知数だがな。今後、実際にステージを見て判断させてもらうさ」


 桜子先生は肩を竦めながら言った。

 

 実際のステージ──それは秋の学園祭のことだろう。

『アステリズム』という名のユニットで、高城恋と仙崎忍せんざきしのぶは初ライブを行うのだ。


「……ふん、話になりませんね」


 テーブルの上の写真をすべて回収して丁寧に鞄に仕舞うと、わたしは席を立った。


「ライブだって、失敗するに決まってます。どうせあいつは、会長目当てのミーハー女子ですから。人の目に耐えられるような立派なし物なんて、できるわけがないですから」

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