「SecondSongs」

第13話「Black&Red」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 初練習から数日が経過して、俺のプロデューサー呼びも浸透した頃のことだ。


 放課後。

 いつものように奥庭に集まったレン先崎せんざきに、俺はふたりの人物を紹介した。



 まず1人目は──



「やあーっ、君が恋ちゃんっ? おおー、さっすが会長が推すだけあって可愛いねえー。アイドル目指してるんだって? うんうん、きみならいけるいけるー」


 野性味のある茶髪のウルフカット男子──黒田くろだが、両手の親指を立てながらいかにも軽薄な調子で恋に話しかけた。


「え? ええーと……? あたなはその……?」


「……なんだこのチャラい男は」


 先崎は困惑している恋の盾になるように移動すると、いかにも不快げに舌打ちした。


「おおっとおー……こ、こちらにおわすはどなた様? えらくその……貫禄があるようですが、ボディーガード役とか……?」


「違えよ! アイドルのその……予備軍だよ! 文句あっかおらあーっ!?」


「っておおおうっ!? 怖っ、このコ怖あああっ!」


 忍がドンと地面を踏みつけると、黒田は悲鳴を上げながら俺の背後に隠れた。


「会長会長っ、あのコ闇の世界の殺し屋みたいな目でオレをにらんでくるんだけど!?」


「……そりゃあそんな言い方したら睨まれもするだろうよ。相手は女の子なんだから」


 いくら鈍い俺だってわかるぞ、その行動が女子に嫌われるだろうことぐらい。

 

「あ、でも。仙崎も今の発言はアウトな。アイドルが『文句あっかおらあーっ!?』はさすがに無い」


「う……うるせえ! そんなこと今はどうでもいいだろうが!」


 さすがに自分でも無いと思ったのだろう、仙崎は顔を真っ赤にして叫んだ。


「それより問題はこいつだろ!? プロデューサーの知り合いみたいだけど、どうして呼んだんだ!?」


「黒田は俺のクラスメイトだ。軽音部に所属している。担当はドラムだが、ベースにギター、キーボードとなんでも出来る。部としてのバンド活動の他に、DTMで作った曲をネット配信もしている」


 見た目は軽薄だが、後に多くの歌い手や音楽制作会社に楽曲を提供するようになる優秀な人間だ。


「彼には君たちの歌うオリジナル曲の製作にたずさわってもらう予定だ」


「わたしたちの歌う……」

「オリジナル曲ぅ?」


 まったく想定していなかったのだろう、ふたりは顔を見合わせている。


「あ、あのー……普通にガルエタの曲を歌うとかじゃダメなんですか?」


 恋が手を上げて質問して来た。


「全国アイドルキャラバンでは、曲に関する規定はうるさくない。3~4分程度のものを決められた数こなすということだけが決められている。初の開催である今回は、当然ほとんどが既存のアイ・ ・ ・ ・ ・ドルソング ・ ・ ・ ・ ・を使用してくるだろうが……」


 気づいたのだろう恋が、「あっ」と声を上げた。


「そんな中でオリジナルを使用すれば、注目度もアップする?」


「その通りだ。もちろん楽曲の優秀さは前提だがな、おそらく同じ曲を何曲も聞かされることになるだろう審査員の心証も良くなるはずだ。自分たちが作った曲を踊りこなし歌いこなす素養も、必ずや良い方向へ評価されるはずだ」


「おおおーっ、さっすがプロデューサーさん」


 パチパチと恋が拍手してくれた。


「曲に関しては俺と黒田が用意する。それで、歌詞に関しては君たちに任せたいと思うんだがどうだろうか?」


「歌詞っ? わーっ、やるっ、やりますっ。歌詞とか書きたいですっ」


 ぴょんぴょん飛び跳ね、恋はいかにも乗り気だが……。


「君たちってことは……あたしも書くってことかよ?」


 うええ……と仙崎は思い切り嫌そうな顔をした。


「出来ればそうしてもらいたい。自分で苦しんで考えて作った歌詞で歌うのと、押しつけの歌詞で歌うのとでは、感情の入りが違うからな」


「ううーん、そりゃあそうかもしれんが……」


「大丈夫だよ忍ちゃんっ、わたしも協力するからっ」


 なおも渋る仙崎の腕に恋がしがみつき、懇願した。

 恋からの頼みごとに弱い仙崎は、渋面を作りながらもうなずいた。



 そして2人目──



「え、ええーと……その……初めまして……。赤根志保あかねしほです」


 色素の薄い茶色の髪、いつもおどおど自信無さげな瞳。

 背は低く体は細く、声もぼそぼそどもりがち。

 まさにコミュ障を体現したような女の子──赤根が、俺の斜め後ろで今にも消え入りそうな声を出した。


三上みかみくんのクラスメイトでその……あの……」


 それが精いっぱいとでもいうかのように、赤根は頬を染めて唇を噛んだ。


「よしよし、よく頑張ったな」

 

 赤根なりの頑張りを肩を叩いてねぎらうと、俺が後を続けた。


「赤根は現代服飾文化研究部の部長をしているんだ」


「げんだい……なんです?」


 意味がわからなかったのだろう、目をぱちくりさせる恋。


「簡単に言うと、コスプレ研究部だな」


『コッ……!?』


「今からおまえたちには現代服飾文化研究部に所属してもらう」


『ナンデッ……!?』


 衝撃の連続でまともに言葉を発せられなくなった恋と先崎が、目を見開きながら俺を見てくる。


「理由としては単純だ。まず新たな部活動を立ち上げるには3人の生徒と1人の顧問が必要なこと。その年の4月末までに生徒会に申請する必要があること。つまり、俺が会長職と部長職を兼務することで人数的には足りるが、時期的に間に合っていないんだ」


「そ、その……」


 少し余裕が出て来たのだろうか、あるいは自分で言わねばと思ったのか──赤根は両手をもじもじさせながら話し出した。


「その……うちは元々定員ギリギリの3人でやってたんですけど……。メインだった3年生の部長が転校しちゃって……2年の副部長が学外に彼氏が出来たとかで辞めちゃって……。結果わたししか残らなくて……。新入生勧誘も頑張ったんだけど上手くいかなくて……このままだと……このままだと……ううっ」


 廃部になる未来を想像してのことだろう、赤根は涙ぐんでいる。


「その……わたし手先だけは器用なんで……。もしあれだったらおふたりの衣装を作ることも出来ますし……。どうかその……形だけでも入部していただけると……」


衣装を作っ・ ・ ・ ・ ・てもらえる ・ ・ ・ ・ ・……?」


 赤根の言葉に、恋は目をキランと光らせた。


「ち、ちなみにどういう感じのモノを作っていただけるんでしょうか!? 何かその、衣装見本みたいなものあります!?」


「えっ? あ、はい、あああありますっ。こ、こここここにっ」


 恋のすごい食いつきに驚いた赤根は、慌てて背負っていたリュックを降ろすと中からA4版のスクラップブックを取り出した。

 パラパラとめくっていくと、やがて赤を基調とした洋風の学ランのようなものを赤根が着ているページに行き着いた。

 

「わーああっ? これすごいっ、可愛いいいいぃーっ!」


「こ……これはその、去年市民センターで行われたコスプレフェスタで着た『アイドル☆騎士団』の衣装で……」


「ですよねっ!? 見てました見てました! アイ騎士! わたし、ゾラ様が大好きで! 『月光のサーベルラッシュ』の構えを真似したりしてっ!」


「ゾラ様好きなんですかっ? わあああーっ、良かった、同好の騎士がいたあーっ」


 なるほど、『アイドル☆騎士団』だから同好の騎士なのか。

 などというどうでもいい理解はさて置き、恋との接点を見つけた赤根はパッと表情を輝かせた。

 よほど嬉しかったのだろう、今まで聞いたことのないような大きな声で話し始めた。




「……ふむ」


 俺の経験した未来では、現代服飾文化研究部はあえなく廃部になってしまった。

 それが原因で赤根のコミュ障はさらに悪化。 

 高校で引きこもりとなり、大人になってもまともに就職することなく実家暮らしをしていた。


 だからなんだというわけじゃない。

 他人の人生に影響を与えようなんて恐れ多いことで、俺自身、恋のそれ以外に深く関わる気は毛頭無い。

 無いのだけれど……。

 

「……まあ、悪い気はしないかな」


 楽しそうな恋と赤根の様子を眺めながら、俺はそんなことをつぶやいた。

 

 

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