第9話「目標は全国アイドルキャラバン優勝」
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練習場所に選んだのは昨日も訪れた奥庭の、手ごろな広さの土の上だ。
「まだ正式な部ではないので、体育館を借りることは出来なかった。今日のところはここで我慢してくれ」
「いやあ、体育館みたいなみんながいるところよりも、むしろこういうひっそりしたところのほうが気楽でいいです」
「いずれは衣装も用意させるつもりだが、まだ交渉中でな。しばらくは体育着で我慢してくれ」
「衣装ですか。それはまたずいぶんと本格的ですねえ……」
「それはそうだろう。イベントに出るんだから」
「イベン……ト……?」
「ああそうか、まだ説明してなかったか」
来年夏に行われるイベント、『全国アイドルキャラバン』について、俺は遅ればせながら説明を始めた。
『全国アイドルキャラバン』
それはプロダクションに所属していないご当地アイドル、学生アイドルなどが一堂に会して行われるビッグイベントの第一回で、優勝チームにはアルファコーラスのチームアルファに加わる権利が与えられる。
もちろん加わったからといって定着出来るわけじゃなし、すぐさま放逐、もしくは降格されることだってあるのだけれど、そのワンチャンスはトップアイドルを目指す者にとって目もくらむほどのものだ。
アルファコーラスはこの第一回イベントを機に世間の耳目を集め、アイドル業界のトップに君臨することになるのだが……。
「第一回だけあって、審査が甘いんだ。形にさえなっていれば予選会は抜けられる。本選も、それほど強力なチームはいなくてな……」
第一回優勝チームはひとりを除いて降格、中にはそのまま業界を引退した者もいる。
「……審査が甘いって、なんでわかるんですか?」
俺の説明に、恋が疑問を挟んだ。
首を傾げ、不思議そうな顔をしている。
「第一回ってことは、まだ開かれていないんですよね? なのになんで……」
「え? ああー……ええっと……」
つい未来のことを口にしてしまったことに気づいた俺は、慌てた。
「いやあ、一般論的な話でな。こういうのって回を追うごとに参加チームは洗練されていくものなんだよ。最初はええと……きっと不慣れなチームが多いだろうと思ってな」
「ははあ……そういうものですか」
恋はうなずいたが、俺の説明に納得したというよりは疑問が他へ移ったというほうが正確だろう。
「あの……さっきからチームチームって言ってますけど……。わたしっていったい、どんな感じで出場することになるんですか?」
「ああ、そのことか」
『全国アイドルキャラバン』の出場者は原則13~18歳の女の子に限られている。
参加人数は2~5名。
つまりソロでは出場できない。
「ええっと……すると他にもメンバーを……?」
「その通りだ」
「もう一年も三か月が過ぎちゃって……決める人はもう部活とか決めちゃってると思うんですけど……」
「当然だな」
「あと根本的な問題として、アイドルの部活動がある学校なんて、聞いたことないんですけど……」
「全国的にも本当のごく少数しか存在しない。だが来年以降は爆発的に増えるんだ……いや、増えるだろうと思う」
アイドルになるのに資格はいらない。
極論、自ら名乗ればその瞬間からアイドルになれる。
だけど当然、茨の道だ。
知名度ゼロのアイドルのライブなんて、誰も来てくれない。
駅前で弾き語りしてるミュージシャンのほうが、まだしもマシだ。
プロダクションに所属するのが一番だが、当然そこには無数のライバルがいる。
その何十人あるいは何百人の中から抜きん出てトップチームに入れるのは、ほんの一握りの才ある者だけ。
だからこそ、『全国アイドルキャラバン』の登場は鮮烈だったんだ。
すぐ目の前に広がるトップアイドルへの道へ、多くの女の子が魅せられた。
「まずは来年6月9日の予選会。そして7月7日の本選に出ることだ。そのために恋は練習を積むこと。その他のことは何も考えず、すべて俺に任せろ。絶対におまえをトップアイドルにして見せるから」
「……っ」
するとなぜだろう、ボンッと恋の頭から湯気が出た。
「な……なんで会長さんはそういうことを不意に……っ」
真っ赤になった顔を両手で隠して恥ずかしがっている。
はて、俺はそんなに変なことを言っただろうかと考えていると……。
「おーおー、お熱くやってるねえ、おふたりさん」
背後から声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは仙崎だ。
両手を腰に当て、鋭い眼光をこちらに向けてくる。
「し……
仙崎の登場に驚いた恋は、まずいところを見られたとでもいうかのように俺の後ろに隠れた。
「なんで……か。そこは正直、あたしにもわかってねえんだけどな……」
がりがりと頭をかく仙崎は
「こいつが言うんだわ。恋と一緒にトップアイドルを目指さないかって」
「忍ちゃんもっ?」
恋が俺の後ろからひょこりと顔を出し、嬉しそうな声を上げた。
「そうさ。あたしは空手があるからって言ったんだけど、掛け持ちでもいいから是非にってさ」
「わあーっ、それってなんだかほっとするかもっ」
「いや、別にやると決めたわけじゃないんだけどな……」
キラキラと目を光らせる恋への対処に困っている仙崎に、俺はまっすぐ声をかけた。
「仙崎、おまえには才能がある」
「はあ? 何のだよ」
「アイドルのだ。おまえのダンスには、トップチームのダンサーにも劣らないほどのキレがある」
「ダンスだあ? あたし、ダンスなんてやったことないんだけど……つうかあんたそれ、空手のことをバカにして言ってるんじゃないだろうな?」
事と次第によっては許さないぞ、とばかりに睨みつけてくる仙崎。
「『平安2段』、『セイエンチン』、『バッサイダイ』」
「……ああ?」
「春の昇段審査で使った型だな。いずれも体のキレが素晴らしかった。猫足立ちでも蹴り込みでも一切ブレない体幹に、皆が驚いていたな」
「な……なんであんたがそんなことを……っ?」
先崎は目を白黒させて驚いた。
「言っただろ? 目立つ生徒の事は知ってるさ」
「にしたって……」
こちらの世界で恋をプロデュースすると決めてから、まずはメンバーをどうしようかと考えた。
音楽や衣装には当てがあったが、メンバーにだけは無かったから。
仙崎を入れようと決めたのは、まずルックスが一定水準以上のレベルに達していること。
目つきが怖くて迫力あるが、仙崎は基本的に美人だ。
背が高く手足が長く体つきがシャープで、踊ればきっと人目を引く。
また、仙崎が得意としている空手の型はタイミング、リズム、スピード、バランス、極めなど複数の項目で見た目を審査される競技だ。
体力集中力に身体運用、人に動きを見せることへの抵抗も無いだろう。
かてて加えて恋との信頼関係だ。
家が近所の幼馴染だから、いきなり知らない人間と組ませるよりもよっぽど恋が安定するだろうと考えた。
昇段審査の内容について調べたのは一昨日のことだ。
空手道部のHPを見ればいいから、簡単だった。
「おまえはアイドルに向いているよ。なあ、恋と一緒に肩を並べて戦ってくれないか?」
「肩を並べてって……」
「忍ちゃん、わたしからもお願いっ。ね? ね? 一緒にやろうっ?」
「いやいや、だってさあ……」
腕にしがみつくように懇願する恋にほだされる形で、先崎がメンバーに加わることとなった。
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