第五十話 三年目の幕開け

 護衛としてヘイグ村にやって来たのは、グリンウィル先生だった。

 またハズレを引いてしまったようだ。

 かわいそうに……。


「いってらっしゃい、レイナちゃん。今年も頑張ってね」


 そう私に声をかけるのはベルーナだ。

 これまでは毎年ベルーナと一緒に魔法学校に行っていたわけだから、こうして見送られるのは少し変な感じがする。


「はーい、ベルーナのぶんまで勉強頑張るね!」


 ちょっといたずらっぽくそう返事をすると、ベルーナは少しばつが悪そうに頭をかいていた。

 その様子を見て、見送りに来てくれていた村人たちが爆笑する。


「そんなのベルーナに言われるまでもないな! レイナちゃんなら言われなくてもしっかり勉強するだろ!」


 みんなにからかわれてベルーナは顔を真っ赤にしていた。

 私もにやにやしながらその光景を見つめる。

 そんな中、私に近づいてくる人物がいた。

 お母さんだ。


「じゃあね、レイナ。いってらっしゃい」


 いつもの優しげな表情で私に微笑みかけてくれる。

 お母さんは今年で三十歳になるけれど、相変わらず若々しくて美人だ。

 そう思って見つめていると、お母さんは少しだけ不安そうに表情を歪めた。


「今年は何事もなく元気で帰って来てね? 毎年何かしら事件に巻き込まれてるみたいだから、私心配で心配で……」

「うーん……、私もできれば平和に過ごしたいんだけど、どうなるかなぁ?」


 お母さんが心配するのも当然だ。

 私が魔法学校に行くようになってから、頻繁に身近なところで事件が起きている。

 私だって自ら進んで厄介ごとに身を投じているわけではないけれど、どうしてこうもしょっちゅう事件に巻き込まれるのだろうか。

 たまには一年間勉強に専念してみたいものだ。


「そうねぇ……、もうちょっとお守りを強力にしてみようかしら……」


 お母さんは首をかしげながらそんなことを言い出した。


「えぇ!? まだこのお守り改良できるの!?」


 思わず大声で聞き返してしまった。

 馬車の近くで待機していたグリンウィル先生がそれを聞き付け、びくりと反応したのがわかった。

 それもそのはず、現時点でも私のお守りは非常に強力なのだ。

 いくらお母さんが豊富な魔術の知識を持っているとしても、これを強化することなんてできるのだろうか。


「それを作ったときはたまたま持っていた魔石を使っただけから、あまり魔力を込められていないのよ。今度はちゃんとした魔石を用意して、しっかり作ろうかと思って……」


 魔石というものはそもそも、神々がこの世界に遺した魔導具から採取された、非常に稀少な鉱石である。

 元々この大陸に魔石というものは存在せず、神々の来訪と共に世界にもたらされたものなのだ。

 魔石を直接作り出す方法もあることにはあったのだが、その技法は神々がこの世界を去ると同時に失われてしまった。

 伝承によると、神々に協力してもらう必要があったそうだ。

 そして現在では、太古の昔に使用されていたものの、人々の魔力不足に伴い起動することができなくなった魔導具から採取することが、唯一の魔石の入手手段となっている。

 この世界では魔力不足だけでなく、魔石の不足もまた深刻なのである。

 そんな魔石を『たまたま持っていた』とは、本当にお母さんは何者なのだろう?

 それに前の魔石よりも上質な物を用意するなんて、そんなことできるのだろうか?

 不思議がる私をよそに、お母さんは新しいお守りの作成に向けて、色々と考えを巡らせているようだ。

 しかしこれ以上お守りが強力になったら、いよいよ反撃による死人が出るのではないか。

 私は少し心配になった。


「大丈夫! このお守りも今までは何度も私を助けてくれたし、このままでも平気だよ!」

「そう? だと良いけれど……」


 私はお母さんをなんとか思い止まらせることに成功した。


「じゃあね、お母さん。いってきます!」

「はい、いってらっしゃい」


 そうお母さんに別れを告げ、私は馬車に乗り込んだ。

 グリンウィル先生も見送りの人たちに挨拶をし、私に続いて馬車に乗る。

 それを待って御者さんが馬に鞭を入れ、馬車はゆっくり走り出した。

 今年は平和な一年になるといいな。

 馬車に揺られている間、私はこんなことばかり考えていた。

 それはある意味的中するのだが、事態はそう簡単ではなかった。

 この年私は大きな、運命の転換点ターニングポイントを迎えることになるのだった。




「久しぶり、レイナ!」

「ご無沙汰しております、レイナ様」


 コンラート村ではユーリと、彼女の護衛をしていたケイシーさんと再会した。

 去年別れて以降、二人に何かあったらと気が気ではなかったが、特に何もなかったようだ。

 本当にウェインくんたちは、もう私たちに危害を加えるつもりはないのかもしれない。


「良かったぁ、二人が無事で。ずっと心配してたの」


 元気そうにはしゃぐユーリを見てほっと胸を撫で下ろしていると、彼女は不意に生真面目な表情を見せた。

 一体どうしたのだろう?

 何か大変な出来事でもあったのだろうか。

 不思議に思ってユーリを見つめていると、何か決意を秘めた表情で教えてくれた。


「私ね、休暇の間にケイシーさんに剣術を教えてもらってたの。もしまた何かあったときに、自分で自分の身を守りたいから……」


 そう語るユーリの瞳には、確固たる意志の光が宿っていた。

 よくみるとその指には、マメがいくつもできている。

 日々稽古に励んでいたのだろう。

 私が色々と悩んでいる間に、ユーリもしっかりと前を向いて進んでいたんだ。

 それが自分のことのように嬉しかった。


「ユーリ様は休暇の間、一日も休まず稽古をしておられました。基礎自体はウォーレンハイトでエドウィン様やウォルター様から教わっていたこともあって、順調に上達を見せておいでです。ご本人の筋も良いので、これからも鍛練を続けていけば、立派な剣士になれるのではないでしょうか」


 ケイシーさんがにこやかな顔でユーリを褒めた。

 それを聞いたユーリは嬉しそうに頬を染めている。


「そっかぁ、ユーリには剣の才能があったんだね!」

「もう、レイナまで。きっとお世辞だよー。それにレイナが本気で剣術教わったら、私なんてすぐに抜かされちゃう……」


 私の言葉は本心だったのだが、ユーリは恥ずかしそうに謙遜するばかりだった。

 そんなことは無いと思うんだけどなぁ……。


 グリンウィル先生がコンラート村の人々に挨拶をし、馬車はドラッケンフィールに向けて出発した。

 村のおばさま達からグリンウィル先生に向けて送られる、残念そうな視線が印象的だった。

 きっとコックス先生が来るのを楽しみにしていたからなのだろう。

 ヘイグ村ではそんなことはなかった気がするけど、もしかしたらコンラート村では、コックス先生による被害が甚大なのかもしれない。

 しかしわざわざこんな田舎まで出向いた上で残念がられるなんて、グリンウィル先生はとても運が悪いのではないだろうか。

 少しかわいそうになってきた。

 それ以降私のグリンウィル先生を見る目が少し優しいものになったのも、無理もないことだろう。

 そんなことを考えながら今ではすっかり慣れた野宿をこなし、私たちはドラッケンフィールに到着した。

 こうして私たちの、魔法学校三年目が幕を開けたのだった。




 今年もやはり、アレクシアはすでに寮に到着していた。

 そして私とユーリの顔を見るなり、ほっとしたような表情で駆け寄ってきた。


「二人とも無事で良かったわ。ケイシーから襲撃があったって聞いてか、ずっと心配していたの。追加の護衛の派遣も断られるし、もう気になって気になって」


 アレクシアは私たちのことを心底心配してくれていたようだった。

 心なしか目に涙を浮かべているようにすら見える。

 それはありがたいけれど、私たちはむしろ謝らなければいけない。


「ごめんね、アレクシア。私たちが村に帰りたいって無理を言ったから、カーターさんとフリードさんが……」


 私がそう言うと、ユーリも隣で申し訳なさそうにうつむく。

 それを聞いたアレクシアも目を伏せた。


「違うわ、あれだって私が余計な口を挟んだからよ。まさかこんなことになるとは思っていなくて……」


 アレクシアも私たちと同じく、二人を死に追いやったことを後悔しているのかもしれない。

 三人の間に沈黙が流れる。

 そんな中、次に口を開いたのは、


「二人の死を無駄にしないためにも、私たちは今後、事件の犯人の正体とその目的の解明に向けて尽力せねばなりません。唯一の手がかりは、彼らがミスリーム製の剣を持っていたということですが、アナトリオスの生息範囲的にも、かの大国が事件に深く関わっていることは間違いないでしょう」


 ゼノヴィアさんだった。

 今私たちがいるのはアレクシアの部屋だ。

 ここには三人しかいないと思っていたけれど、当然護衛としてゼノヴィアさんが身を隠しているのだ。

 アレクシアはいきなり姿を現したゼノヴィアさんにそれほど反応を示すことはなかったが、私とユーリはびっくり仰天だ。

 そんな私たちを尻目に、ゼノヴィアさんは話を続ける。


「ケイシー曰く、彼らの剣はミスリームの聖騎士団のものと酷似していたとのことです。アシュテリア国内に聖騎士団の残党が潜んでいたということでしょうか。そうであればこれまで不可解であったいくつかの謎も解けます。後は彼らが次にとる行動ですが……」


 ゼノヴィアさんはそこで言葉を切り、少し眉をひそめる。


「やはり目的はアシュテリアの転覆でしょうか。中央ではミスリームとの戦争を視野に入れ、色々と準備を整えているようですが、内部から邪魔をされては対処が難しいですね。なんとか早めに叩くことができれば良いのですが……」


 ゼノヴィアさんはさらっと爆弾発言を投下した気がする。

 アシュテリアとミスリームは現在、そんな緊迫した状況になっていたのか。


「でもそんなこと、私たちが気にしても仕方ないわ。とりあえずは魔法学校の授業を頑張らないとね!」


 アレクシアが暗い雰囲気を吹き飛ばすようにそう言った。

 そうだ、私たちはまだまだ学生なのだ。

 学生の本分は勉強。

 あまり難しいことばかり考えても、私たちがどうにかできる問題ではない。

 ヘイグ村のみんなにも約束したのだ。

 今年も勉強を頑張ると。


「そうだね、今年からはいよいよ魔術を教わるんだもんね。私けっこう楽しみ~」


 ユーリも楽しそうにしている。

 かくいう私も楽しみだ。

 魔術の授業でも良い成績がとれるだろうか。

 そしていつかはお母さんみたいな優秀な魔術師になりたいな。

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