第三十八話 思いもよらぬ反撃
翌朝私たちは、またウォーレンハイトの魔法学校に行くための準備をしていた。
今日からはもう少ししっかり剣を扱うことになるから、タオルや着替えなどを準備しておくようにとエリック先生に言われたからだ。
ウェインくんは昨日の夜からウキウキしていた。
ユーリもだ。
楽しみで仕方ないらしい。
私自身少しわくわくしていた。
昨日は構えを教わっただけで終わってしまったけれど、どうせなら基礎ぐらいはしっかり教わってからドラッケンフィールに帰りたい。
そうすればとても有意義な旅行だったと言えるだろう。
けれどその一方で、私には少し気がかりなことがあった。
一緒に準備を手伝ってくれていたダレンさんに声をかける。
「カーターさん、帰ってきませんね」
そう、昨日ラディアーレ家に出掛けたきりカーターさんが帰ってきていないのだ。
今はある種の緊急事態なので少し不安に感じてしまう。
「そうですね。情報収集に手間取っているのか、もしかすると捜査の手伝いに駆り出されているのかも知れません」
今は人手が足りないでしょうからね、とダレンさんが言葉を続けた。
昨日私たちが魔法学校に行っている間、ダレンさんも独自に状況把握に務めていたが、とくにめぼしい情報は得られなかったらしい。
相変わらず捜査に進展はないようだ。
「今はウォーレンハイトの街全体が物騒な雰囲気を漂わせていますからね。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
そうダレンさんに見送られ、今日もケイシーさんの引率で私たちは魔法学校へと向かった。
校門の前でエリック先生に出迎えられた私たちは、すぐに道場へと案内された。
するとやはり今日もエドウィンさんとウォルターさんが訓練を行っていた。
けれど今日は真剣は使っていないようで、床や壁に傷がついているようなことはなかった。
今日こそは二人の動きを目に焼き付けるぞ! と思って見つめていたけれど、一度二人が動き出すとすぐに目では追えなくなってしまった。
剣と剣のぶつかり合う音は聞こえるけれど、それだけだ。
エリック先生はそんな二人の様子を見て満足そうな表情を浮かべていた。
しばらく訓練を続けていた二人だったが、少ししてどちらからともなく剣を下ろした。
そしてこちらへと向き直る。
どうやら訓練は終了のようだ。
「おはよう、待ってたよ」
エドウィンさんが私たちに声をかける。
今の今まで激しい訓練をしていたというのに、今日は汗もかいていないし息も乱れていない。
二人にとって今のは準備運動に過ぎなかったのだろうか。
「今日はレイナちゃんとユーリちゃんには俺が基礎を教えるよ。ウェインくんはウォルターから少し応用編を教わってみようか」
エドウィンさんが今日の訓練の予定を教えてくれた。
ウェインくんはもう応用を教わるらしい。
最初から基礎ができていたとはいえ、もしかしてウェインくんって剣の才能があるのかな?
私も負けないように頑張らないと!
「「よろしくお願いします!」」
今日も三人で声を揃えて二人に挨拶をした。
「二人とも構えはいい感じになってきたね。じゃあそろそろ素振りをしてみようか」
まずは昨日教わった構えをとるところから始まったが、私もユーリもかなり早い段階で合格をもらった。
「俺が手本を見せるから、よく見てるんだよ」
そう言ってエドウィンさんが構えをとる。
そしてそのまますっと上段へ剣を振り上げた。
エドウィンさんの両手が頂点に達したとき、一瞬だけその動きがピタリと止まった。
全く剣先がぶれていない。
そこから一気に剣を振り下ろす。
ピシッっと剣が空気を切る音が聞こえてきた。
剣はもとの構えの時と全く同じ位置で静止している。
綺麗だな。
ただ剣を振り下ろしただけなのに、思わずそう感じた。
「どうだい? 簡単に見えるだろう?」
エドウィンさんがこちらを向いて微笑む。
確かに素人から見たエドウィンさんの素振りは、綺麗ではあるけれどただ剣を振り上げて下ろしただけにしか見えなかった。
けれどわざわざそんなことを聞くということは、実際にはとても難しいことなんだろうな。
「とりあえず自分の思うように振ってごらん。それを見てから矯正していくことにするよ」
エドウィンさんにそう言われた。
ようし、やってみよう!
私は一度構えをとり、そこから剣を頭上に振り上げてみる。
すると重たい剣を高く持ち上げたことによって重心がずれ、剣どころか体全体がふらふらしてしまった。
もうこの時点でかなり難しい。
見るとエドウィンさんもにやにやしながらこちらを見ていた。
思い通りの状況なのだろうか。
私は少し悔しく思いながらも剣を振り下ろした。
剣が空気を切る鋭い音が聞こえる……、はずもなく、ブゥーンという情けない音が聞こえただけだった。
しかも私の筋力では剣を完全に制御することができず、床にぶつからないようギリギリのところで止めるのが精一杯だ。
剣を振り終えた私の格好は、もとの構えとは遠くかけ離れた姿であった。
逆にユーリは剣を振り下ろす時慎重になりすぎて、とてもゆっくりとした動作になっていた。
もはや風を切る音すら聞こえてこなかった。
「まぁ最初はそうなるだろうね」
エドウィンさんがそんな私たちの様子を見て苦笑する。
「実はそうなると思って低学年用の軽い剣を用意してあるんだ」
そう言ってエドウィンさんは二本の小さめの剣を取り出した。
そんなものがあったのか!
もっと早く出してくれれば情けない姿を晒さずにすんだのに……。
まぁ、これもひとつの経験か。
そんなことを考えながら私はその剣を受けとる。
確かにかなり軽くて、これなら片手でも持つことができそうだ。
「じゃあ、それを使ってもう一度やってごらん」
その言葉に私たちは一度うなずき、改めて素振りをしなおす。
すると今度は剣を振り上げてもバランスを崩さずにすんだし、振り下ろした後もある程度もとの構えを維持することができた。
ただ、剣が空気を切る音は相変わらず情けない音であったけれど……。
「うん、少しいい感じになってきたね。そしたら細かいところを教えていくよ」
エドウィンさんのその言葉を合図に、いよいよ本格的な指導が始まった。
「ユーリちゃんは振り終わった後肘が伸びきっちゃってるね。構えの時と同じで、少しだけ曲げたままにしておくのを忘れないように」
「はい、わかりました」
「レイナちゃんはだんだん腰が高くなって来てるね。だからバランスが崩れちゃうんじゃないかな」
「こんな感じですか?」
「そうそう、いい感じ」
その後しばらく、素振りをしてはエドウィンさんの指摘を受け、それを意識するあまりまた違うところがおかしくなる、といった感じで終始訓練は進んでいった。
私たちには剣の才能はないのかも知れない。
とほほ……。
私が落ち込んでいるのを感じたのか、
「最初はみんなそんなもんだよ。俺だって何年もずっと訓練を続けてきたからこうなっているわけで、きちんと教わってなかったらレイナちゃんやユーリちゃんと変わらないよ」
エドウィンさんがそう慰めてくれた。
でもさすがにそれは言い過ぎだと思うんだ。
少なからず才能って大事だと思う。
現に剣の才能がありそうなウェインくんは、
「やるね。一年生だからといって手加減し過ぎない方が良さそうだ」
「いえいえ、ウォルターさんが本気を出したら相手になりませんよ」
ウォルターさんと手合わせをしていた。
ウォルターさんは利き手ではない左手だけしか使っていないというハンデはあるものの、ウェインくんがそれほど遅れをとっているようには見えない。
ウェインくんの思わぬ一面を発見した気分だ。
ユーリはそんなウェインくんをにこにこして見つめていた。
彼女はこのことを知っていたのだろうか?
ふとそんなことが気になった。
ウェインくんとウォルターさんの手合わせは、最終的にウェインくんが剣を取り落として終わった。
長時間剣を振り回しているうちに握力がなくなってしまったようだ。
いくら才能があるとはいえウェインくんはまだ子供なのだ。
「やっぱり君は剣術の才能があるな。ウォーレンハイトに転校してこないか?」
ウォルターさんが冗談半分でウェインくんに声をかける。
ウェインくんも嬉しそうに頬を緩めていた。
けれど、
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、故郷の両親と離れるのはちょっと……」
少し残念そうにその申し出を断る。
「まぁそうだよな。じゃあ卒業後は中央に来るといい。俺とエドウィンは来年、中央で就職することが内定してるんだ」
ウォルターさんのその言葉に、ウェインくんが眼を丸くした。
私もびっくりだ。
魔法学校卒業後に中央に呼ばれる人物なんて、滅多にいないのだ。
エドウィンさんとウォルターさんが二人ともそうであったとは。
私たちはすごい人から剣術を教わっているのかもしれない。
「そうなんですね! 道理で二人の訓練のレベルも高いと思いました!」
ウェインくんのテンションがさらに上がってきた。
「もう一度手合わせお願いします!」
そう言うとウェインくんは落とした剣を拾い上げ、再びウォルターさんに向かい合う。
「いいだろう。次は俺に一太刀入れられるかな?」
ウォルターさんも剣を構え直す。
またしても二人の手合わせが始まった。
そんな二人を眺めていると、
「二人ともそろそろ素振りにも飽きたでしょ? 少し俺と手合わせしてみない?」
エドウィンさんに声をかけられた。
「え? でもまだ素振りも完全にできる訳じゃないですし、流石に私たちじゃ相手にならないですよ?」
いくらなんでも時期尚早ではないだろうか?
そう思った私だったが、なんだかエドウィンさんはかなり乗り気だ。
「物は試しと思ってさ。なんなら二人同時にかかってきてもいいよ」
もしかしたらウォルターさんがウェインくんと手合わせしているのを見て、羨ましくなったのかもしれない。
心なしか目が輝いているように見える。
エドウィンさんにそんな目で見つめられたら嫌とは言いづらい。
「うーんどうする、ユーリ?」
困った私はユーリに声をかけてみたが、
「やってみようよ! 少しくらいさ!」
ユーリも乗り気であった。
「よーし、決まりだね! じゃあこっちへおいで!」
そういって私たちは道場の中央辺りへ案内された。
「さっき言った通り、二人一緒にかかっておいで。俺もウォルターと同じように左手だけしか使わないからさ」
少し気が進まない私であったが、エドウィンさんがどうしてもと言うから仕方ない。
ユーリと一緒に二方向から同時に攻撃を仕掛けることにした。
といっても私たちは剣の振り方自体、頭上からまっすぐ振り下ろすというものしか知らないので、実に単調な攻撃になってしまう。
二人の攻撃は簡単にはあしらわれてしまった。
エドウィンさんが露骨に不満そうな顔をする。
そんな顔されても、どうしようもないのに……。
「やっぱり趣向を変えよう。俺が二人に攻撃をするからそれを防御してみて」
どうやら私たちと手合わせするのは諦めたようだ。
軽く相手の剣筋に自分の剣を合わせて防御する方法を教えてもらった。
「まずはレイナちゃんからやってみようか」
呼ばれた私は剣を構え、エドウィンさんと向かい合う。
対するエドウィンさんが持つのは剣ではなくただの木の棒だ。
いくら練習用のものとはいえ剣で攻撃されるのは怖いから、棒に持ち替えてくれてひと安心だ。
「よし、じゃあ最初は上段切りだ」
そう言うとエドウィンさんは棒を上段に振り上げ、そのまま私の方へ振り下ろしてきた。
今回は私の目でも追えるスピードだ。
私は剣を水平にして持ち上げ、棒を受け止めようとする。
その時、
バチィン
「痛ってぇーーっ!」
何かが弾けるような音と同時にエドウィンさんが悲鳴をあげ、持っていた棒を取り落とした。
何が起きたのかわからずに、私は呆然とエドウィンさんを見遣る。
するとエドウィンさんは自分の右手を不思議そうに眺めていた。
そんなに大事では無さそうだ。
「どうしたエドウィン!?」
道場の隅で私たちを見守っていたエリック先生が慌てて駆けつけてくる。
「うぅーん、わかりません。突然右手に痛みがはしって……。大した痛みではなかったんですけど驚いてしまっただけです」
そう言ってエドウィンさんがエリック先生に右手を見せる。
とくに怪我はないようだ。
「ふむ、もう痛みはないのか?」
「はい、一瞬だけですぐに治まりました」
二人とも痛みの原因はさっぱりわからないようだ。
けれど私は何となく原因がわかった気がした。
多分、いやきっとそうだ。
他に考えられることはない。
まさかこんなことでも発動してしまうとは……。
「あの……、多分原因は私のせいです。いや正確に言うと私のお守りの……」
少しきまり悪く感じながらも、私は二人に告げる。
「君のお守り? 一体どういうことだね?」
相変わらず不思議そうな表情のエリック先生にそう問われた。
エドウィンさんも首をかしげている。
まぁそれが普通の反応だよね。
私は二人に、お母さんからもらったお守りの機能を説明した。
「なるほど、レイナちゃんはそんなすごいお守りを持ってたのか。それじゃあまともに剣術の訓練はできないね」
私の説明を聞いたエドウィンさんは大笑いしている。
エリック先生は私のお守りに興味津々のようだ。
ヴィルヘルム先生がこのお守りを研究したがっていたのを思い出す。
魔法学校の教師にとって、私のお守りはそんなに価値ある研究対象なのだろうか。
「すみません、まさか訓練でも発動してしまうとは思わなくて……」
私は深々と頭を下げてエドウィンさんに謝罪する。
攻撃に対して自動で防御と反撃をするお守りの効果を完全に失念していた。
私の気が回らなかったばかりに……。
「気にすることないよ。別に怪我した訳じゃないんだからさ」
そう言ってエドウィンさんはひらひらと右手を振って見せた。
どうやら本当に平気なようだ。
「じゃあお守り外してもう一回やろうか?」
エドウィンさんが改めて私を誘う。
「はい、お願いします!」
本当はお守りを外したくはなかったけれど、一度エドウィンさんに痛い思いをさせてしまった手前、ここで断るのも気が引ける。
私は首からペンダントを外してユーリに預けた。
「レイナ、頑張ってねー」
笑顔のユーリに見送られて、私は再び道場の中央へ向かった。
「今度こそ上段切りから行くよ」
そう言って棒を振り下ろすエドウィンさんだが、なんだか動きがびくびくしているように見えた。
実はお守りの反撃、けっこう痛かったんじゃないかな?
少し心配になりながらもこれを剣で防御する。
今度は何も起こらずに棒と剣がぶつかり、私の手に鈍い衝撃が走る。
やっぱり原因は私のお守りで間違いなかったようだ。
エドウィンさんも少しほっとしているように見える。
「じゃあどんどん次行くからね!」
「はい!」
それからしばらくの間、エドウィンさんが事前にどういう攻撃を出すかを宣言し私がそれを防御する、という練習をした。
次第に棒の振り下ろされるスピードは早くなり、それにもある程度慣れたところで事前の宣言がなくなった。
それを続けているうちに、少しだけ剣術が上達したような気になってきた。
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