第三十三話 深まる謎

 マリアンヌさんに案内されて私たちが向かった先は、大きな扉のある部屋であった。

 マリアンヌさんがその扉を開き、私たちを中へと招き入れる。

 部屋の奥にはまたしても六神の彫像があり、その前の祭壇には一人の男性がこちらを向いて立っていた。

 そして部屋のなかにずらりと並んだ椅子に、老若男女問わず百人以上はいるであろう人々が座っている。

 この人たちが全員六神教の信者なのであろうか。

 この中にユーリがいるかもしれない。

 しかし後ろ姿だけでは見つけることができなかった。

 私とアレクシアは聖堂の奥へと進み、ユーリを探そうとした。

 けれどそれはすぐにマリアンヌさんに止められてしまう。


「今からお祈りが始まります。一緒に祈りを捧げないのであれば、終わるまで後ろの方でお待ちください」


 私たちは一刻も早くユーリを探したかったが、ここで彼らの邪魔をして要らぬ怒りを買いたくない。

 しぶしぶ一番後ろの椅子に座った。

 すると祭壇の男性が話し出す。


「ではこれより、偉大なる六神へのお祈りを捧げることとなりますが、その前に神々への感謝を示しましょう」


 そう言うとその男性は次々に神々への感謝の言葉を紡ぐ。

 その言葉を前に座っている人々が復唱していく。

 我々に魔力をもたらしてくださってありがとうございます、とか、あなた方のお陰で豊かな暮らしが送れています、といった内容だ。

 私たちの隣に座るマリアンヌさんも、胸の前で手を組み復唱している。

 しばらくすると男性の言葉がとぎれ、人々が顔をあげた。

 どうやら神々への感謝を示す時間は終わったようだ。


「それではお祈りを捧げましょう。神々が我々の願いを聞き届けてくださるよう、心を込めて祈るのです」


 男性の言葉に私は違和感を覚えた。

 六神教の教義は、この世界を再び魔力で満たすために神々をこの地へ呼び寄せる、というものであったはずだ。

 今の言い方からすると、神々は私たちの願いをなんでも叶えてくれる、便利屋のように聞こえてしまう。

 しかし人々は先ほどと同じように胸の前で手を組み、頭を垂れるようにして無言の祈りを捧げている。

 彼らは神々に何を祈っているのだろうか。

 とてもこの世界を魔力で満たすことを祈っているようには思えない。

 なんだか奇妙な光景だった。


 その後しばらくして祭壇の男性が祈りの終わりを告げた。

 そして信者達を一人一人前に呼び、声をかけつつ何かを手渡していった。

 祈りを捧げた証だろうか。

 それを受け取った人々は晴れ晴れとした表情で聖堂から退出していく。

 私はしめた、と思った。

 彼らは一人ずつこの部屋から出ていくことになるから、ユーリを見逃すことはないだろう。

 私とアレクシアは一度うなずき合い、扉をくぐる人々を注意深く観察した。

 すると何人か見覚えのある人物がいることに気づいた。

 私たちの同級生だ。

 それも今年になっていきなりユーリと仲良くなっていた子達だ。

 やっぱりユーリはここにいる。

 私はそう確信した。

 しかしいつまで経ってもユーリはやって来ない。

 ユーリより目立つ見た目をしているウェインくんも見当たらない。

 アレクシアも目を皿のようにして探しているが、見つけられていないようだ。

 そうこうしているうちに聖堂に残っている人は私たちだけになってしまった。

 おかしい、ユーリはここに来ているはずなのに。

 今日はたまたま来ていなかったとか?

 私たちが神殿に来たときに限って?

 私たちは途方にくれる。

 見かねたマリアンヌさんが話しかけてきた。


「お友達は見つからなかったのですか?」


 その問いに私たちはうなずく。

 マリアンヌさんは困ったように首をかしげる。


「そういえばお友達のお名前を伺っておりませんでしたね。教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 確かに、もしかしたらマリアンヌさんはユーリのことを知っているかもしれない。


「ユーリという名前です。私たちと同い年の青っぽい黒髪の女の子で、おとなしそうに見える子です。ウェインくんという蜂蜜色の髪の男の子と一緒かも知れません」


 私はマリアンヌさんにユーリの特徴を伝える。

 するとマリアンヌさんが合点のいったような表情を浮かべた。


「ユーリさん、ね。覚えていますよ。確か水の月に入ったばかりの頃に初めていらっしゃったような。けれど最近はお見かけしていませんが……」


 その言葉に私たちは困惑する。

 最近は来ていない?

 一体どういうことだ?


「ねぇアレクシア、ライゼンフォート家の人にユーリの跡をつけさせたのっていつのこと?」


 私はアレクシアに問う。


「……ついこの前の休日よ。七日前、確かに二人がこの神殿の門をくぐるのを確認したそうよ」


 アレクシアの答えを聞いたマリアンヌさんも困惑した表情を浮かべる。


「私はいつも神殿の入り口にいるので人の出入りはほぼ把握しております。多少見落としはあるかもしれませんが、覚えている限りではユーリさんがいらっしゃったのは、最初の一回を含め三回ほどのはずです」


 マリアンヌさんの言葉により一層謎が深まった。

 なぜこうもライゼンフォート家の人間とマリアンヌさんとで意見が食い違っているのだ。

 しかし私たちにとって信用できるのは断然ライゼンフォート家の人だ。

 ならマリアンヌさんは嘘をついているのだろうか。

 一体なんのために?

 仮に両方の言い分が正しいとすれば、ユーリ達は神殿の敷地には入ったものの、建物自体には入っていないということになる。

 これもこれで意味がわからない。

 マリアンヌさんが誰か別の人と勘違いしているのではないか。


「マリアンヌさん、それは確かにユーリのことなんですか? 他の人と間違っているとかは?」


 けれどマリアンヌさんは首を振ってこれを否定する。


「ユーリさんとは彼女が初めて神殿にいらしたときにお話をしました。一緒にいらしていた男の子も目立つ見た目なので、間違えているはずはありません。二人は確かに水の月の間に三度ほどいらっしゃいましたが、それ以降は見かけておりません」


 訳がわからなさすぎて頭が爆発しそうだった。

 だったら二人は休日の度にどこに行っていたというのだ。

 とくに前回の休日にいたっては、ライゼンフォート家の護衛の証言さえある。

 やはりマリアンヌさんは何かを隠しているのだろうか。

 謎が深まるばかりだ。




「マリアンヌ、そんなところで何をしているのですか?」


 突然私たちに声がかかった。


「これは司祭様。こちらの方々はお友達を探しに神殿にいらっしゃったそうなのですが、見つからずに困っているそうなのです」


 マリアンヌさんに司祭様、と呼ばれた人物は、さっきまで祭壇の上でお祈りの進行をしていた男性だった。

 黒い髪には一房の白髪が混じり、柔和な顔つきをした四十代半ばくらいの人物だ。


「なるほど、そうだったのですか」


 マリアンヌさんの話を聞いて一度うなずいたその男性は、私たちの方へと向き直る。


「私はドラッケンフィールの神殿の司祭、ニコラウスと申します。何か私にお役に立てることはありますかな?」


 にこやかな笑みを崩さず司祭様、ニコラウスさんが私たちに尋ねる。

 それを聞いてまず自己紹介をしようとしたアレクシアだったが、それはニコラウスさんに遮られた。


「あなたのことはもちろん存じておりますよ、アレクシア様。そしてご友人のレイナ様のこともね」


 そう言ってニコラウスさんは私ににっこりと微笑みかける。

 その顔を見た私は思わずドキリとした。

 といってもニコラウスさんの顔に変なところがあったわけではない。

 私の胸のペンダントが熱くなるのを感じたからだ。

 私は慌てて服の上から胸のペンダントの魔石部分に触れ、アレクシアに視線を送る。

 私と目があったアレクシアは、最初はいまいち意味がわからない、という顔をしていたけれど、すぐにその表情を変えた。

 私の警告が伝わったのだろう。

 そう、ニコラウスさんは私たちに対して悪意を向けているのだ。

 きっとユーリに関する謎の鍵も、この人が握っている。

 そんな予感がした。


「では単刀直入に聞くけれど、ユーリという名前の女の子を知らないかしら?」


 アレクシアがニコラウスさんに問う。

 ニコラウスさんは顎を撫でながらうなずく。


「えぇ、存じておりますよ。しばらく前に何度か神殿に顔を出していた子ですね」


 ニコラウスさんが話すユーリに関する情報は、マリアンヌさんから聞いた話とほとんど一緒だった。

 違う点と言えば、初めてユーリが神殿にやって来たときに彼女の悩みを聞いてあげた、という点だった。


「ユーリの悩み、ですか? ユーリはどんな悩みを抱えていたんですか?」


 私はニコラウスさんに聞く。

 それこそがユーリが変になった原因に違いない。

 それがわかればユーリをもとに戻せるかもしれない。

 しかしニコラウスさんは困ったように首を横に振る。


「神殿へとやって来た人々の悩みを、私が勝手に他人に話すわけには参りません。いくら本人のお友達の頼みでも教えることはできないのです。もちろんアレクシア様の頼みでもね」


 確かに言っていることは正しいのかもしれないが、それがわからないと先に進めないのだ。

 思い通りにいかない悔しさに、私は唇を噛み締める。

 とはいえニコラウスさんに何から何まで話すわけにはいかない。

 この人はどこか怪しいのだ。


「神殿には聖堂の他に人が行きそうな場所はないの? そこにいるかもしれないわ」


 アレクシアは少しでも手がかりを探そうと二人に確かめている。


「この時間はお祈りの時間なのでまず全員が聖堂に集まるのですが……、一応ご案内いたしましょうか?」


 そう言ってマリアンヌさんが私たちを案内してくれることになった。


 神殿には聖堂の他にも、図書館や軽く食事をとれる場所、庭園なんかもあった。

 私たちはそれらの場所をくまなく探したが、ユーリとウェインくんは結局見つからなかった。


「ここまで探して居ないとなると、やはり今日は来ていないのではないでしょうか? 私も見た記憶がありませんし……」


 マリアンヌさんが困った表情で言う。

 その様子は心底私たちのことを心配してくれているようであった。

 私たちが神殿に到着したのはお昼を少し過ぎた頃であったが、もう夕日が沈みかけている。

 すでに神殿に一般の人はほとんど残っておらず、いるのは神殿関係者ばかりだ。

 そろそろみんな帰る時間帯なのだろう。


「そうね、もう帰りましょうか……」


 アレクシアが悔しそうに呟く。

 私もそれに従った。


 ゼノヴィアさんがマリアンヌさんから、預けていたものを返してもらい、またしてもその姿を消した。

 なんだかゼノヴィアさんの姿が見えていると緊急事態に感じてしまうので、見えないときの方が落ち着く気がする。

 嫌な経験を積みすぎたせいだ。

 ほとんど成果を得られなかった私たちはとぼとぼと帰路につく。

 今日神殿に来たことでユーリについての問題を解消するどころか、新たな謎がいくつもできてしまった。


「ねぇアレクシア。ライゼンフォート家の力でなんとかできないの?」


 私はダメもとでアレクシアに尋ねてみたが、やはりアレクシアは首を横に振った。


「相手は六神教だもの。迂闊に手を出せる相手ではないわ。いくらライゼンフォート気と言えどもね」


 やっぱりそうか。

 授業でも、六神教を敵に回してはいけないという話を聞いたくらいだ。


「それよりレイナ。あのニコラウスという司祭に本当にペンダントが反応したの?」


 アレクシアが眉をひそめて私に問う。


「うん。あの人が来たとたんペンダントが熱くなったから間違いないと思う……」

「そう……。やっぱり怪しいのはあの人ね。なんとか手がかりを得ることはできないかしら?」


 私の答えを聞いて、アレクシアの表情がいっそう険しくなる。

 なにやら考えているようだが良い案は浮かばないようだ。

 私も何も思いつかない。

 二人して無言になってしまった。

 そんな状態のままゆっくりと歩みを進める。

 夕日がすっかり沈みきった頃、私たちは二年生寮に到着した。




「二人ともどこ行ってたの?」


 広間を通った私たちに声をかける人物がいた。

 ユーリだ。

 私たちは慌ててユーリに駆け寄る。


「それはこっちの台詞よ! ユーリこそ今日はどこに行ってたのよ!」

「そうだよ! むしろ今までだってどこに行ってたのか教えてよ!」


 少し声を荒らげてユーリに詰め寄る私たちをて、周囲の生徒が若干引いているのを感じる。

 しかし今は周囲に気を配る余裕などない。


「二人ともどうしたの? 落ち着いて?」


 一方のユーリはへらへらと私たちに対応している。

 やはりどこかおかしい。


「私たちは今日、神殿に行ってきたわ」


 アレクシアがユーリにそう宣言する。

 それを聞いたユーリにの表情が少しだけ変わった気がした。

 わずかな変化であったが、私は見逃さなかった。

 やっぱり神殿が全ての鍵を握っているのだ。


「神殿に? 何しに行ったの?」


 ユーリはそ知らぬ顔でアレクシアに問う。

 わずかに見せた表情はすぐに隠れてしまった。

 けれどアレクシアは答えるのを拒んだ。


「ユーリがどこに行っていたかを教えてくれたら私も答えるわ」


 そう言って交換条件を持ちかける。

 これを受けてユーリは一瞬悩むそぶりを見せた。

 しかしそれは本当に一瞬だった。


「じゃあいいや」


 ユーリはあっけらかんとして答える。

 その答えを聞いたアレクシアは口をぱくぱくさせていた。

 言葉が見つからないといった感じだ。

 私も唖然としてその光景を見ていた。

 そこまで言いたくないのか。

 ユーリは一体どうしてしまったんだろう。

 頭を抱えたくなってきた。

 何か悪いことに巻き込まれているんじゃないだろうか。

 私たちは本当にユーリのことを心配しているのに……。


「二人ともご飯まだでしょう? 一緒に行こうよ」


 ユーリが笑顔で私たちを誘う。

 その姿はとても楽しそうだ。

 これまで私たちと一緒に遊んでいたときと何も変わらない。

 今はそんな状況じゃないことくらい、誰だってわかるだろうに。

 なんで、なんでこうもユーリは私たちの心配に気づいてくれてないのだろう。

 やや強引にユーリに促され、私たちは食堂へと向かう。

 アレクシアは終始険しい表情をしていた。

 私も恐らく人のことなど言えないだろう。

 対するユーリは常に笑顔だ。

 ねぇ、あなたは本当にユーリなの?

 そう思わずにはいられなかった。

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