第三十二話 神殿へ
今回の試験は一年生の最初の時とは訳が違った。
授業で扱っていた歴史の範囲も広かったし、魔力操作の実技試験もあったのだ。
そんなに簡単には満点などとれるはずではなかった。
しかしそんな中で私は満点をとった。
相変わらず授業は真面目に聞いていたし他人に教えつつ自主的な勉強もしていたので、さほど苦労することもなかった。
そして実技試験に至っては試験監督だったコックス先生に、
「レイナはまぁ満点で良いだろう。君の実力は確認済みだしね」
と爽やかな笑顔で合格をもらったくらいだ。
うれしい反面ちゃんと試験を受けているみんなに申し訳ない気がしたのだけれど……。
それだけでなく休日に一緒に勉強していた生徒たちにも、しっかりとその効果が出ていた。
さすがに実技に関しては教えることができなかったためそちらでは成績を伸ばすことはできなかったけれど、筆記試験に関してはみんなそこそこの高得点を残していた。
……ただ一人を除いては。
その生徒はカイルではなかった。
カイルの成績が悪くても、いつものことだ、と誰もが気にも止めなかっただろう。
しかし問題の生徒はユーリであったのだ。
「ユーリどうしたの、この成績!?」
ユーリの試験結果を見せてもらった私は思わず大声を出してしまった。
それだけ衝撃が大きかったのだ。
一年生の頃のユーリの成績は決して悪くなかった。
むしろ私やアレクシアが教えていたのだから、かなり良い方だったと言える。
ところが今回返ってきた成績は、カイルとどっこいどっこいであった。
カイルには悪いがユーリがこんな成績をとるなんて信じられなかった。
「いやぁ、今回あんまり勉強できなかったから……」
ユーリが悪びれもせずに答える。
確かにここ最近のユーリは、休日は一日中ウェインくんと一緒に外出していたため、全く私たちの勉強会に加わることがなかった。
それでも元々真面目なユーリのことだから自主的に勉強しているのかと思っていたが、そうではなかったという事実を突きつけられた。
「ちょっと、私にも見せて」
そう言って私からユーリの成績表を受け取ったアレクシアが目を見開いた。
そしてそのまま成績表とユーリを交互に見比べる。
本当にこの成績表がユーリのものであるのか、何か間違いがあるのではないか、確かめているようだ。
しかし当の本人は全く気にせずその成績を受け入れている。
ユーリにとっては信じられない成績でもなんでもないのだろう。
私たちにとってはそれが信じられないことであったのだが……。
カイルなんかは、「ユーリに成績追い付いた!」なんて無邪気に喜んでいるが、リックやシンディも不思議そうな顔をしている。
ユーリの一年生の時の成績を知っていれば、それが普通の反応だと思う。
「ユーリ、やっぱり最近のあなたは変よ。何があったか私たちに話してちょうだい」
アレクシアが彼女を問い詰めるが、ユーリはこれをさらりと受け流す。
「特に何もないってば。アレクシアは心配性だなぁ」
へらへらとした笑みを浮かべるユーリ見て、アレクシアは目をつぶってこめかみの辺りを指で叩いている。
どうしたら良いものか、と考えているようだ。
しかしやがてあきらめたように首を振った。
「どうしても話してくれないの?」
目を開けたアレクシアの表情は、とても悲しそうに見えた。
「だから話すことなんて無いってば。私は普通だよ?」
それでもユーリの返答は変わらない。
アレクシアは大きくため息をついた。
私も一緒にため息をつきたくなる。
「それならもういいわ。私たちはこれ以上踏み込まないようにするから」
残念そうにそう告げるアレクシアを見て、ユーリが不思議そうに首をかしげる。
ユーリは本当に何もわかっていないのかな?
私やアレクシアが心の底からユーリを心配していることを。
早くいつものユーリに戻ってほしいと思っていることを。
「ねぇユーリ、私たち親友だよね?」
私はユーリに問いかける。
もしこれすらも否定されたらどうしよう。
内心私は不安に思っていた。
ユーリとの繋がりが切れかかってしまっている気がしていたのだ。
「もちろんだよ。今さらだなぁ」
そんな私の心配とは裏腹に、ユーリは笑顔でこれを肯定した。
けれど違うのだ。
私の親友のユーリはこんなんじゃない。
もっと真面目で、おとなしく見えるけど実はいたずらっぽくて、でもとても友達思いで、私の大切な大切な親友だったはずだ。
今目の前にいるのが、ユーリの皮を被った何かにしか見えなかった。
でも私たちにはどうすることもできない。
本人が話してくれない限り、こちらから何かをすることはできないのだ。
私たちではいつものユーリを取り戻すことができない。
そんな悶々とした日々を送っているうちに、土の月の休暇が近づいてきた。
相変わらずユーリは休日になるとウェインくんと二人きりで出かけてしまう。
その日もそんなとある休日であった。
「レイナ、今日は六神教の神殿に行くわよ」
「え? いきなりどうしたの?」
アレクシアが意を決した表情で私に話しかけてきた。
ユーリはすでにウェインくんと一緒に出かけてしまっている。
「実はね……」
アレクシアは声を潜めて告げる。
少し周囲を気にしている感じだ。
「前にユーリとウェインくんが出かけたとき、ライゼンフォート家の護衛に頼んで跡をつけてもらったの。そうしたら二人の行き先が神殿であることがわかったのよ」
その答えに私は眉をひそめる。
ユーリの行き先が神殿であったことに対してもだし、アレクシアがユーリの尾行をライゼンフォート家の護衛に指示したのも納得がいかなかったのだ。
ユーリは私たちの親友だ。
それなのに本人の意思を無視して、それもわざわざ大人に頼んで尾行するのはどうかと思ったのだ。
そんな私の気持ちに気づいたのか、アレクシアも難しい表情になって言葉を続ける。
「私だってこんな手段はとりたくなかったわ。でもレイナだってユーリがこのままじゃ嫌でしょう?」
その問いに私はうなずく。
確かに今のユーリは絶対どこかがおかしい。
このまま放っておく訳にはいかないと思う。
「そうだね、行こう!」
私たちは寮を出て、アレクシアの先導で六神教の神殿へと向かった。
神殿のある場所は、確かに私たちが最初にユーリ達を追いかけようとしたときに、二人を見失った道の先であった。
私たちは少し小走りになって神殿へと向かっていったが、どうにもアレクシアの表情が優れない。
口では神殿に行かなければ、と言っていても、体が動いていないようだった。
「アレクシアどうしたの? 急いだ方が良いんじゃない?」
私はアレクシアにペースをあげるように促す。
けれどアレクシアは一層その表情を歪めた。
「私、あんまり神殿には行きたくないのよ……。六神教の関係者には『隠れ旧王国派』が多く潜んでいるって聞くから……」
「隠れ旧王国派?」
耳慣れぬ単語に私は思わず聞き返してしまう。
「その名の通り、表だって何か行動をとるわけではないけれど、思想的には旧王国派である人々のことよ」
アレクシアが隠れ旧王国派と六神教の関係について説明してくれた。
「アシュテリアにおける六神教の広まりと『神託の騎士』については授業で習ったでしょう? 六神教の信者は、アシュテリア王国が大陸の覇者になるべきだったと今でも信じている人が多いのよ。そして『神託の騎士』の登場が六神教の祈りの成果であるとも。だから王家を滅亡させた上に『神託の騎士』を解体した現共和国政府に反感を持つ人が多いの」
その説明になんとなく私は得心がいった。
彼らにとって『神託の騎士』は、自分達の祈りの結晶であると共に誇りであったのだろう。
それを共和国政府に奪われたと感じているのだ。
気持ちはわからなくもないが、アレクシアにとっては甚だ迷惑な話だ。
「でも、ここまで来たならユーリを迎えにいかないと」
「えぇ、もちろんわかってるわ」
私たちはうずきあい、歩を進めた。
神殿はもう目の前だ。
神殿に着いた私たちは一度、門の前で足を止めた。
六神教の神殿はコンラート村で一度見たことがあったけれど、やはりここはドラッケンフィール、大都市だ。
その規模には大きな違いがあった。
入り口には太古の神々をもした六体の彫像が立っているのは変わらなかったが、その大きさも精巧さも、何もかもが上回っている。
神殿自体の大きさもだ。
魔法学校のように高さはないから遠くからは目立たないが、敷地の広さだけなら魔法学校と大して変わりはなさそうだ。
少し緊張しながらも私たちは門の中へと進んでいく。
ここにユーリとウェインくんがいるはずだ。
そして最近のユーリの様子がおかしい理由もきっとここにある。
神殿の庭には誰もいなかったため、私たちはそのまま建物の中へと足を踏み入れた。
入ってすぐのところに机があり、一人の女性が腰かけているのが見えた。
緑がかった長い髪を後ろで結わえ、眼鏡の奥には明るい茶色の瞳が光る理知的な女性だ。
歳は三十を少し過ぎたくらいだろうか。
白いローブを身にまとっている。
なにやら手もとの紙を眺めていたその女性であったが、扉の開く音で私たちに気づき、こちらに視線を向けた。
「あら、こんにちは。見慣れない顔だけれどここに来るのは初めてかしら?」
そう言うと彼女は笑顔で立ち上がり、こちらへとやって来た。
そしてアレクシアに目を止める。
「もしかしてあなたは、ライゼンフォート家のアレクシア様では?」
『アレクシア様』という呼び方にアレクシアは少し顔をしかめる。
その呼び方は去年の旧王国派による襲撃を思い起こさせるのだ。
私も良い印象はない。
しかしすぐにアレクシアは表情を取り繕い、彼女の問いに答える。
「えぇ、そうよ。今日はお祈りに来たわけではなくて、友達を探しに来たのだけれど……」
アレクシアは毅然とした態度で目的を簡潔に述べる。
もしかしたらこれが貴族の対応なのかもしれない。
「そうだったのですか。私はこの神殿の巫女、マリアンヌと申します。ご挨拶が遅れたことをお詫びいたします」
その女性、マリアンヌさんの態度が一転して恭しいものに変わる。
やはりライゼンフォート家の名前は絶大であるのだ。
「するとお隣のあなたは、アレクシア様を救ったというレイナ様でしょうか?」
突然話を振られ、私は飛び上がりそうになった。
何で私の名前を知ってるの!?
あまりの驚きに思わず隣のアレクシアを見ると、「だから言ったでしょ」と言いたげな視線を向けられた。
そういえばオーウェンさんがドラッケンフィールのあちこちで私の活躍を宣伝したのであった。
しかしこんなところまで広まっているとは思わなかった。
ライゼンフォート家の宣伝効果、恐るべし。
言葉が出なくなってしまった私は、コクコクとうなずいてこれを肯定した。
その様子を見てマリアンヌさんが微笑む。
「噂通り可愛らしく、賢そうな子ですね。お二人が一緒に歩いていると、お姫様のように華やかに見えますね」
一体どんな噂が広まっているのやら……。
しかし私が気になったのはそこではない。
お姫様、という言葉はアレクシアに向けられたものではないのだろうか。
お世辞をいっているように聞こえて実は、「あなたは本来ならば姫となるべき人物なのに」という意味が込められているように思えるのは私の考えすぎだろうか。
けれどアレクシアも不機嫌そうに表情を変えていた。
やはり私の考えはあながち間違いでも無かったようだ。
「挨拶はもういいわ。さっきも言ったけれど、私たちは友達を探しているの。案内してちょうだい」
アレクシアの話し方が少しぶっきらぼうになっている。
「かしこまりました。この時間ですと聖堂の方にいるかもしれませんね。ご案内いたします。しかし……」
マリアンヌさんは一度そこで言葉を切り、私たちの後ろを見遣った。
「お付きの方は姿を現してからにしていただけませんか?」
その表情は相変わらず微笑みを湛えていたが、目だけは笑っておらず、何かを射抜くように見つめていた。
私たちもマリアンヌさんの視線の先に目を向ける。
そこには誰もいない……、はずだった。
しかしそこに突然スーッと人影が現れる。
ゼノヴィアさんだ。
そういえばアレクシアがいるのだからゼノヴィアさんがいて当然だ。
にも拘らず私は全くその存在に気づかなかった。
なのにマリアンヌさんはどうして気づいたのだろう?
もしかしたら彼女も魔術師であるのだろうか。
魔術師であることの証明になる、本人確認用の指輪はつけていないようだけど……。
少し顔をしかめているゼノヴィアさんを見て、マリアンヌさんは口許を緩める。
「この神聖な神殿において、そのような隠し事は許されません。武器もこちらで預からせて頂きます」
武器?
ゼノヴィアさんは武器なんてどこにも……。
そう私が思ったのも束の間、ゼノヴィアさんがどこからともなく細身の短剣を取り出した。
戦闘の際に何度か見たことのある剣だ。
確かにいつもどこから取り出しているのか謎であったが、これもまた何か魔術で隠しているのだろうか。
「まだ、何かあるのでしょう?」
マリアンヌさんは優しげな表情でゼノヴィアさんに催促する。
対するゼノヴィアさんは苦々しげな表情だ。
ゼノヴィアさん、まだ何か隠し持っているのか。
ゼノヴィアさんはさらにいくつかの魔導具を取り出した。
どういった効果の魔導具であるかはわからないが、マリアンヌさんの口ぶり的に武器となりうる物なのだろう。
アレクシアの護衛のために必要なものなのかもしれない。
「これで全部です」
そう言ってゼノヴィアさんは取り出したものをマリアンヌさんに手渡した。
それを受け取ったマリアンヌさんは満足げな表情を浮かべる。
「ではしばしお待ちを」
そう言い残してマリアンヌさんは、預かったものを奥へと片付けに行った。
待っている間に私はゼノヴィアさんに気になったことを聞く。
「あんなにいろいろなものをどうやって隠してたんですか?」
「闇属性の魔術には『収納魔術』というものがあるのです。特定の物だけを異空間に収納できる魔術です。容量も少ないですし、何でも制限なく収納できるわけでもありません。収納魔術に対応した魔導具だけを収納できるのです。私の剣もそれ専用の魔導具なのです」
ゼノヴィアさんは丁寧に教えてくれた。
後は『魔導具でないものを収納するための魔導具』なんかもあるらしい。
財布なんかがそれだ。
アレクシアがライゼンフォート家から貰った多額のお小遣いを、ゼノヴィアさんが異空間に収納して預かっているらしい。
さすがに財布まではマリアンヌさんに渡す必要はないだろう。
そんなことを話している間にマリアンヌさんが戻ってきた。
「お待たせいたしました。では聖堂へご案内いたしましょう」
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