第十三話 大陸の神話

 次の日の授業に間に合うようにアレクシアは学校に戻ってきた。

 私たちの顔を見るなり開口一番、


「昨日は本当にごめんなさい、あなたたちを巻き込んでしまって……」


 と謝られた。

 やっぱり昨日の襲撃はアレクシアを狙ったものだったようだ。

 男が懐から取り出そうとしていたのは小さな爆弾のような魔導具で、魔力を込めることによって小規模な爆発を起こすものだったらしい。

 ゼノヴィアさんが男の動きを止めたことで間一髪爆発は免れたものの、あと少し遅ければ私たちは死んでいたかも知れない、というところだったそうだ。

 おそらく旧王家に恨みを持つ人間が王家の血を引くアレクシアを狙った、憂さ晴らし的な犯行であったと言っていた。

 結局あの後二人の男はゼノヴィアさんに捕まり、街の警吏に引き渡されたらしい。

 ゼノヴィアさんは闇属性以外にも木属性にも適正が高く、木属性の身体強化によって高速で移動できるため、闇属性の隠密性と合わせて追跡にもうってつけの人物だったようだ。

 ゼノヴィアさんの活躍によって何もかも一件落着、かと思って安堵した私たちだったが、アレクシアは渋い表情で首を横に振った。


「ゼノヴィアが二人を追い詰めたとき、助けを呼ぶような素振りを見せていたらしいの。もしかしたら仲間が他にもいるのかもしれないわ。魔導具の出所も不明だし、これからも警戒は続けるのですって」


 ドラッケンフィールではその手の魔導具は厳重に管理されているため、手に入れられる立場の人間が二人に横流ししたのか、それとも街の外から入ってきたのか、他に仲間がいるのか、尋問が行われているようだがまだ男たちは口を割っていないようだ。

 事件の全貌がつかめるまでの間、アレクシアは外出禁止を喰らったらしい。

 魔法学校の警備は万全だから授業を受けること自体は許可が出たけれど、しばらく私たちと遊びには行けなくなる、と悲しそうな顔をしていた。


「あなたたちもやっぱり私との関わりかたについて考えた方がいいわ。一緒にいるとまた昨日みたいな目に遭うかも知れないもの」


 アレクシアは私たちのことを心底心配しているようだった。

 アレクシアとの関わりかたについて考える、ということはつまり、これからもアレクシアと仲良くするかどうか、ということなのだろう。

 アレクシアの心配はもっともだけど、以前三人で話し合ってこれからも仲良くしていこうと決心したのに「危ないからやっぱり友達やめます」なんて私とユーリが考えるはずもない。

 それに正直なところ、私が事態についていけないでいるうちにゼノヴィアさんがあっという間に解決してしまったので、命が危なかった、という自覚があまりないのだ。

 急な出来事にびっくりはしたけどそれだけだ。

 私たちとしてはこれからもアレクシアと仲良くしていくという意志は変わらない。

 それを伝えるとアレクシアは、少しほっとしたような、けれどやっぱり私たちを心配するような表情を浮かべていた。

 しかし私には、これからもアレクシアと一緒にいても平気だと思える理由がある。


「大丈夫だよ。私にはお母さんからもらったお守りがあるから」


 そう言って私はお母さんからもらったペンダントを取り出し、アレクシアの眼前でゆらゆらと振って見せた。

 今回はゼノヴィアさんが先に片付けてしまったため直接効力を発揮することはなかったけど、このペンダントは私に危険を知らせてくれていた。

 もし次に危ない状況に陥ってもきっとこのペンダントが守ってくれるだろう。


「前も思ったんだけど、それけっこうすごい魔導具よね? どういう効果なの?」


 アレクシアが興味深げにペンダントを見つめながら質問する。


「よくわからないけど私を守ってくれるんだって。グリンウィル先生にもお墨付きをもらったし絶対大丈夫だよ!」


 私は学校に来る馬車のなかでグリンウィル先生に「強力なお守りだ」とお墨付きをもらったことを話す。

 それを聞いたアレクシアは、


「魔法学校の教師にお墨付きをもらう魔導具の作者って、あなたのお母様はいったい何者よ?」と、目を白黒させていた。

 私のお母さんは何者なのか。

 その問いに私は答えられなかった。


 今日からは算数の講義も授業に加わった。

 算数も私とアレクシアにとっては問題ない。

 ユーリは桁の少ない足し算引き算くらいしかできず買い物の時も少し苦労していたので、なんとか早く覚えようと必死に頑張っていた。

 私とアレクシアはいつも通りそんなユーリに勉強を教えてあげる。

 そしてそんな私たちを見る周囲の目はというと……、いつにも増して冷やかだった。

 アレクシアを見てひそひそとささやく声まで聞こえる。

「昨日の夜」「襲われた」なんて言葉が聞こえるから、恐らく既に昨日の襲撃が知れ渡っているのだろう。

 昨夜私たちがライゼンフォート家の護衛を伴って寮に帰ってきたのだ。

 護衛の人が魔法学校の先生に説明しているのを聞いた人がいたのかもしれない。

 せっかくダンケルさんから他の生徒と仲良くなるための良い案を出してもらったのに、これでは実行に移せそうにもない。

 気分転換に、と考えていた休日のお出掛けもしばらくお預けだ。

 またスパゲッティー食べたかったな。

 チョコレートケーキはいつ食べられるかな?

 アレクシアをおいてユーリと二人で出掛けるなんて選択肢は私にはない。

 こんな冷たい視線の渦巻く一年生寮にアレクシアを一人にするわけにはいかない。

 一向に好転することのない私たちを取り巻く状況に、だんだんと嫌気が差してくる。

 そんな日々を送っているうちに、魔法学校の授業が始まって一ヶ月が経った。




 水の月がおわり、木の月に入った。

 生徒の読み書きや計算もある程度上達し、いよいよ本格的な授業が組み込まれていく。

 正直、今までの授業は私やアレクシアにとって退屈一辺倒だったので、ついに始まる本格的な授業に私は少しわくわくしてきた。

 最初に教わったのはこの世界に魔力をもたらした神々の話だった。


 今から三千年近く昔、まだ人々が魔力を持たなかった頃の話だ。

 この大陸にすむ人々は今よりもっと少なく、代わりにもっと多かった魔物の驚異にさらされて生きていた。

 そのため人々は、この大陸の中央――今で言うアシュテリアと北東の大国アルスの境い目あたり――の限られた土地で細々と生活していた。

 そんなとき、ある日突然六柱の神々が天より光輝く船に乗ってやって来た。

 神々の目的は定かではなかったが、当時の人々はそれぞれ、闇の神、火の神、水の神、木の神、土の神、命の女神と呼び、あがたてまつった。

 神々は不思議な力、魔力を用いて乗ってきた船をはじめ様々な魔導具を動かしているようだった。

 それによって当時の人々にとって恐ろしい天敵であった魔物たちも、神々にとっては驚異になり得なかった。

 人々は魔力を手に入れたいと望み、最終的に神々と交わることで魔力を得た。

 しかし、魔力を手に入れただけではなんの意味もなかった。

 人々は神々の持っていた魔導具を使用することはできず、また当時は自分たちで魔導具を作ることもできなかった。

 途方にくれた人々が苦心の末編み出したのが、自らの魔力を魔導具に頼らず直接放出するすべ、魔術であった。

 これは神々のもたらしたものではない正真正銘この世界の人間の生み出した力であったが、人々は魔術を六種類に分類し、神々の名をとって闇属性の魔術、火属性の魔術、水属性の魔術、木属性の魔術、土属性の魔術、命の属性の魔術と命名した。

 火属性は炎や熱を、水属性は水や氷を、木属性は植物や風を、土属性は土や金属を、命の属性は再生や回復を、それぞれ主に司っている。

 そしてその他のよくわからない魔術は大体闇属性の魔術だ。

 かなり適当な分類だけど、無理やり六柱の神々になぞらえたらしい。

 魔術を使えるようになったことで、人々にも魔導具の作製が可能になった。

 そして当時は人口が少なかったことで、人間一人あたりが持つ魔力の量もかなり豊富であった。

 強大な力を得た人類はそれまで自分たちを苦しめていた魔物を次々と討伐し、大陸全土へとその生息範囲を広げていった。

 しかし、人口が増えるにつれて人々の魔力が薄まり、神々と交わった直後ほどの豊富な魔力を持つ人間は産まれなくなった。

 神々によってもたらされた魔力は無限ではなかったのだ。

 かつて作られた魔導具のなかには、魔力が足りずに発動させることが不可能になるものも増えていった。

 さらなる魔力が欲しい、と再び神々と交わることを望んだ人々であったけれど、その望みが叶うことはなかった。

 今から千年ほど前に、神々はこの世界を去ったのだ。

 来たときと同じように光輝く船に乗って。


 何千年も昔のことがここまで詳細にわかるのは、神々によって魔力だけでなく、文字などの文明も一緒にもたらされたからだ。

「百年ほど前に神々がこの世界にやって来た」というところから突然そういった類いの文書が残されるようになり、その後の人類の発展や魔術や魔導具の研究について詳しく記されたものも見つかっている。

 そしてそういった文書の中には人々の持つ魔力の低下について嘆くものも多かった。

 けれどその後も人口の増加は止まらず、人々の持つ魔力は薄まる一方であった。

 あるときとうとう、魔術自体を使うことができないほど魔力の少ない人間も生まれるようになった。

 さらに時が経つと、魔術を使えない人間の割合の方が遥かに多くなった。

 その状況を危惧した者たちによって、各国で魔力を持つ子供を集め、教育するための魔法学校を設立するようになったのが二百年ほど昔のことだ。

 しかし、現在でも魔法学校の生徒は減少傾向にある。

 やがてはこの世界から魔術を使える人間が完全にいなくなる日も来るかもしれない。

 さらに、この世界の文明は魔術や魔導具に頼って発展してきたため、近年はその発展が停滞してしまっているのだ。

 そんな中、わかっているだけでも五百年以上昔から魔力不足による人類の発展の停滞を予測し、心配する者たちがいた。

 そのような者たちは祈りを捧げることによって神々をこの地に呼び戻し、再びこの大陸を魔力で満たすことを目指した。

 彼らは志を同じくする者たちを集めて神々を祀る神殿を建て、そこで日夜神々に祈りを捧げるようになった。

 次第に賛同者を増やしていった彼らは、今日では「六神教」と呼ばれるようになり、この世界で唯一の宗教となっている。

 今でも各国の主要都市には神殿が置かれ、信者による神々への祈りが捧げられている。

 もちろんこのドラッケンフィールにも神殿はある。

 この世界に神々が魔力をもたらしたことは紛れもない事実であるため、当然この大陸の人々は六柱の神々のことを信仰している。

 しかしそれと「神々に祈りを捧げて再びこの地に呼び戻す」というのはまた別問題であるため、六神教の信者は、唯一の宗教という割にはそこまで多くない。

 神々がそんなに都合の良い存在であるわけがない、という考えの人々が多いのだ。

 それでも全ての国に信者を持つ六神教が、この大陸の一大勢力であることに変わりはなく、中には狂信者と言えるような信者もいるという。

「六神教を敵に回してはならない」というのがこの大陸にすむ人間の共通認識である。


 以上のことがこの世界に魔力をもたらした神々の来訪とそれによる人類の発展、そしてその神々との結び付きの深い六神教の興り、さらには現在この世界が抱える問題についての授業内容だった。

 私は魔法学校に来て初めて授業を面白いと思った。

 ハインスやベルーナが言っていた、「知らなかったことを覚えるのは楽しい」という意味がようやくわかった。

 私は、先生の話を一言も聞き漏らすまいと熱心に耳を傾け、気になったことはメモを取って後で先生に確認するなどして講義内容を覚えようと頑張った。

 その様子を見たユーリが、


「レイナが真面目に授業を受けてる……」


 と目を丸くして驚いていた。

 失礼な!

 今までの授業は受けていても仕方なかったから真面目に受ける必要がなかったのだ。

 私だって必要だと思えば真面目に授業を受けるのだ。

 私はそう憤慨したけれど、ユーリは「でも、今までの態度を見てるとなぁ……」と、半信半疑で私を見るだけだった。

 ユーリが勉強で困っていても教えてあげないぞ!


 そんなことを言いつつユーリも真面目に授業を受けていたし、アレクシアは元々少し知識があったため、三人とも問題なく授業についていけた。

 しかし他の生徒、特に遠い村出身の子達の中には、まだ読み書きができるようになったばかりというところで新しい講義が増えたため、苦労している子もいた。

 そんな中、ある日の授業のおわりに先生が突然爆弾発言を投下した。


「土の月の始めに中間試験があるので、みなさん頑張って勉強してください」


 一部の生徒の心の悲鳴が聞こえた気がした。

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