第一章―アレクシアと旧王国派―
第一話 異世界の少女
一台の馬車が寂れた街道を進んでいた。
その馬車に乗っているのは御者と一人の女性、いや、まだ齢二十に満たない少女の二人きりだ。
その少女は美しい金髪と白い肌、そして金の瞳を持つこれまた美しい人物であった。
おおよそこんな古くて小さい馬車には似つかわしくない容姿だ。
しかし、少女が身にまとうぼろぼろに擦りきれたローブが、ある意味その容姿と周囲の雰囲気の調和をとっていた。
彼女は遠い目で、自分の来た方向を見つめる。
その視線の先にあるのは大切な何かか、あるいは忘れたい過去か、もしかしたらその両方かもしれない。
ガタン
馬車の揺れに反応し、その少女の腕の中で何かが動いた。
赤子だ。
その少女の腕には生まれたばかりの赤子が抱かれていた。
その馬車に乗っていたのは二人ではなかったのだ。
少女はそんな馬車の揺れすらも恐れるように、赤子を抱き締めた。
まるでその赤子を世界の全てから守るかのように。
「お嬢さん、なんたってこんな辺境に用があるんだ?」
御者が少女に尋ねる。
「見たところ里帰りって訳でもないだろう? ここから先は、生まれたばかりの子供なんてつれて行くところじゃないぞ?」
御者の言葉は単に善意から出たものなのだろう。
少女と赤子を心底心配しているようだった。
しかし少女はゆっくり首を横に振る。
「なるべく……国境から離れたいのです」
少女の表情は険しくなった。
そして赤子をいっそう強く抱き締める。
その様子からは何か思い出したくない記憶を無理矢理探られたような、これ以上は聞くな、という意思が感じられた。
「それは……すまなかったな。君も大戦で故郷を失った口か」
御者は申し訳なさそうに謝罪する。
少女の境遇に心当たりがあったのだろう。
少女は返事をしない。
馬車は街道をゆっくり進んでいく。
向かうのは大陸の西の端のとある村だ。
少女の希望通り、どの国とも面していない。
少女も御者も、それ以降口を開くことはなかった。
赤子がぐずりはじめ、少女がそれをあやす。
少女が何やら呟きながら赤子を撫でると、すぐに赤子は泣き止み、眠り始めた。
少し奇妙なその光景に、御者は気づかない。
三人を乗せた馬車はゆっくりと進んでいく。
私はレイナ。
この大陸の四つの大国のうちの一つ、アシュテリア共和国の辺境の村、ヘイグ村にお母さんと二人で住んでいる。
お父さんはいない。
私が生まれる前に死んだらしい。
お母さんの名前はレイラ。
私とは名前だけじゃなく見た目もそっくりだ。
光のようにまばゆい金髪と白い肌に閃くような金の瞳。
お母さんは実際の年齢より若々しく見え、知らない人からは年の離れた姉妹だと間違われる。
お母さんはとっても綺麗だから、私という子供がいても結婚を申し込む人が後を絶たない。
でもお母さんはすべて断っている。
再婚するつもりはないみたいだ。
私も成長したらお母さんみたいに美人になれるかな?
そっくりだって言われるしきっと大丈夫だよね?
今から楽しみだ。
そんな私は先月九歳の誕生日を迎えた。
ちなみにお母さんは二十七歳だ。
この世界では闇の月、火の月、水の月、木の月、土の月、命の月の六ヶ月が順に廻り、一ヶ月は六十日、一年は三百六十日だ。
月の名前は、太古の昔、この星に魔力をもたらした神々に由来しているらしい。
ちなみに私は命の月生まれだ。
この国では、九歳になると魔力の測定が行われる。
魔力は誰でも少なからず持っているが、ほとんどの人は魔力が少なすぎて魔法を学んでも扱うことができない。
魔法を自在に操れる人は世界的に見ても貴重だから、生まれもった魔力が安定し始めるこの時期に魔力測定を行い、魔法を使える水準に達していると判断された子供は魔法学校に入学することができるようになる。
そして私はこの水準に達していた。
こんな辺境の村でも一年の最後に大都市から役人が来て、その年に九歳になった子供の魔力を測定してくれる。
その際には貴重な魔導具を使うのだけど、そうまでしてでも国は魔力を持つ子供の教育を重要だと考えているみたい。
私の他にヘイグ村から魔法学校に行けるのは誰もいなかった。
去年この村で九歳になった子供は私も含めて八人いたけどその中で私一人だけだ。
四年前に一度に二人入学したけれど、その前は十年近くいなかったみたいだ。
周りの人がすごく喜んでいたから私も得意気にお母さんに報告したけど、お母さんの反応は案外薄かった。
なんでもお母さんも魔法学校に通っていたらしい。
期待した反応がなくてちょっとガッカリしたけど、お母さんと一緒の学校に通えるのは素直に嬉しかった。
それをお母さんに伝えたら、
「私はこの村の出身じゃないから私が通っていた学校とあなたの通う学校は違うの」
と苦笑しながら教えてくれた。
魔法学校は中央の他、大きな街にいくつかあって一番近いところに通うことになるみたい。
ヘイグ村からだとドラッケンフィールという街の魔法学校が一番近いらしい。
近いと言っても馬車で十日はかかる距離だけど……。
お母さんはキルシアスの魔法学校に通っていたと言っていた。
キルシアスはドラッケンフィールとは中央を挟んで反対側だ。
馬車でも半月以上かかるんじゃないかな?
なんでそんなところからヘイグ村に来たんだろう?
気にはなったけどお母さんが少し悲しそうな顔をしていた気がしたので聞くのをやめた。
魔法学校に入学するのは水の月の始めからだ。
魔法学校からはわざわざ迎えの馬車を出してくれるらしい。
ドラッケンフィールは少し遠いから火の月の終わりに差し掛かった頃には迎えの馬車が来る。
この村で暮らすのは後ひと月と少しだ。
魔法学校は火の月の間はずっと休みなのでその間にヘイグ村に帰ってくることが出来るみたいだけど、それ以外では六年間ずっとドラッケンフィールで暮らすことになる。
お母さんや村のみんなとお別れするのはさみしいな。
ドラッケンフィールってどんなところなんだろう?
一人で暮らせるか不安だな。
魔法学校ではどんな勉強をするんだろう?
お母さんに聞いてみたら、
「ドラッケンフィールはあまり知らないけど、キルシアスは建物がすごく綺麗で大きくて初めていったときはびっくりしちゃった。人やお店がいっぱいで目が回りそうだったの」
「魔法学校の先生はみんな親切だったし、私生活でも面倒を見てくれる人がいるからあんまり心配しなくていいよ」
と教えてくれた。
だけど魔法学校の授業については、
「私は真面目に授業を受けてなくてあんまり覚えていないの……」
と言われた。
お母さんは実は不良生徒だったんだ!
それでも、
「魔法学校では魔力の扱い方だけじゃなくて、この世界に魔力をもたらした神様たちの話とか、この国や大陸の他の国の成り立ちとかも教わるの。内容は全然覚えてないんだけど……」
と教えてくれた。
他にもお母さんが辛うじて覚えていた授業の内容を頑張って教えてくれたけど、まだ学校に通っていない私には難しくてちんぷんかんぷんだった。
最後にお母さんは、
「あなたは魔力をもって生まれたけどそれで得意になっちゃダメよ。ちゃんと勉強して人のために魔力を使えるようになりなさい。くれぐれも私みたいになっちゃダメだからね」
と言った。
私にはいまいち意味がわからなかった。
美人で優しくて、私を一人で育ててくれたお母さんは私の憧れだ。
私はお母さんが大好きだ。
将来はお母さんみたいになりたいと思っていた。
どうしてお母さんみたいになっちゃいけないんだろう?
聞きたかったけれど聞けなかった。
そう話すお母さんは私が今まで見てきた中で一番悲しそうな顔をしていたから。
だから私は頷いた。
最後の言葉は聞かなかったことにして。
「うん、私魔法の勉強頑張るね! それでお母さんやこの村の人に恩返しするんだ!」
そういうとお母さんは小さく微笑んだ。
その笑みは私がいつも見てきた大好きなお母さんの顔だった。
ヘイグ村で暮らす最後の一ヶ月はあっという間に過ぎ、期待と不安を胸に抱いた私がドラッケンフィールの魔法学校に向かう日がやって来た。
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