私の師匠は転移者 ―異世界の少女が現代日本人の指導で世界の神を目指す―

啄月鳥

プロローグ

 俺、山下翔一の人生は順調といっていい。


 普通の人生を歩むことは難しいとよく言われるが、今のところ俺はその普通の人生を順調に進んでいると言える。

 大学を卒業後、CMでもよく見かける大手製薬会社に就職。

 二十五の時に、職場で知り合った一歳年下の女性と交際を始め、二十八で結婚した。

 彼女は明るく活発な性格で、暇さえあれば家に引き込もってゲームをしているような俺を、いつもニコニコしながらあちこち連れ回したり、お菓子作りに付き合わせたりする。

 そして感情表現がとても豊かで、特にその屈託の無い笑顔は見ているこっちも楽しくなるほどだ。

 一緒に食事にいけばとても美味しそうに料理を食べるし、プレゼントを贈ると心のそこから喜んでくれているのがわかる。

 その笑顔を見れば仕事の疲れも吹き飛ぶってもんだ。

 その裏表の無い素直な性格に引かれて俺から交際を申し込んだ。

 また、色々とずぼらな性格で家事を放置しがちだった俺だが、交際を始めてからは彼女に少しでもいいところを見せようと家事も頑張るようになった。

 自炊は最低限で部屋の掃除も人を呼ぶときぐらいしかしなかった俺からすると大きな進歩だ。

 彼女、いや妻からするとそれでも不満が残るようだったが……。

 まぁ、結婚してからも一応家事にやる気は見せているので妻に愛想をつかされることもなく夫婦仲は良好だ。

 妻に言わせてみれば、職場ではいつも真面目でしっかりしている印象なのに私生活は少しだらしない俺を見て、「いつも仕事で疲れてるんだから私生活は私がサポートしないと!」と思ったらしい。

 ごめんなさい、仕事疲れではなくて生来の性格です……。


 そんなこんなで俺ももうすぐ三十歳。

そして二ヶ月後には第一子となる女の子が生まれる予定だ。

 同じ職場内での結婚だったためか周囲の理解もあり、妻の長期休暇の申請も快く受理された。

 良い職場につけたものだと自分でも思う。

 今朝ももうずいぶんとお腹の大きくなった妻に見送られ、ルンルン気分で出社した。

 ちなみに子供の名前はまだ決まっていない。

 通勤時間に考えるのが最近の日課だ。

 そうだなぁー、俺の名前から一文字とって翔子とか、妻の名前、結花ゆかから一文字とって結希ゆきとか。

 なんて安直過ぎるか。うーん、今度姓名判断の本でも買ってみようかな。


 そういえばそろそろ昔からずっとプレイしているゲームの最新作の発売日だったな。

 いい歳をして、と思われるかもしれないが二十年近く続くシリーズを初代からプレイしている身としてはなかなかやめられない、もはやライフワークなのだ。

 今でも定期的に発表される新作をいつも楽しみに待っている。

 もっとも俺のゲーム好きはそのシリーズに限ったことではないのだが……。

 それに身重で家から出られず暇をもて余している結花も最近はゲームにはまっているようで、体調のよいときは俺が昔遊んでいたゲームを引っ張り出してプレイしている。

 帰ると時々攻略法を聞かれることがあって、それを教えたり一緒に攻略したりするのも大事な夫婦のコミュニケーションだ。

 このまま結花もゲームの楽しさに目覚めてインドア派になってしまえば良いのに。

 そうしたら休日は二人でゴロゴロしながらゲーム三昧だ。

 ……いや、そんな両親に育てられたら子供は絶対に引きこもりのゲーマーになるな、それはどうなんだろうか?

 やっぱり結花には活発な性格のままでいてほしいものだ。

 うん、今の俺達二人の性格はこれでバランスがとれているのだ。

 そういうことにしよう。


 なんてことを考えている間に家はもう目の前だ。

 今日も結花がいつもの笑顔で俺を迎えてくれるだろう。

 そしてちょこっとゲームをした後は、二人で娘の名前やどんな子に育ってほしいかを話しながら寝るのだ。

 うん、実に順調な人生だ。

 願わくばこれからも順調に歩んでいきたいものだ。

 多少の山や谷があっても夫婦、いや家族でなら乗り越えられるだろう。

 できればもう一人、結花が望めばもう二人くらい子供がほしいなぁ。

 俺は三兄弟で二つ上の兄と四つ下の妹がいる。

 昔から仲の良い兄弟で、喧嘩をしても一晩経てば仲直りだったし、周りからも仲が良いと言われ、自分達でもそう思っていた。

 実家には兄だけが残ったのだが年に何度か兄弟全員が集まる機会があり、両親も交えてくだらない冗談を言い合ったりしている。

 俺はそんな仲の良い家族が理想だ。

 生まれる子供に弟や妹ができるかはまだわからないが、もしできたら是非とも仲良く育ってほしいものだ。


 そんなことを考えながら俺はドアノブに手をかけた。

 その途端何かに全身が吸い寄せられるような感覚がして目の前が真っ白になった。


 そのまま意識を失い……俺は異世界に転移した。




――――――――――――――――――――




 私はいつものように夫である翔ちゃんの帰りを待っていた。

 もともと翔ちゃんはあまり寄り道をしないで真っ直ぐ帰ってくるタイプだったから帰りが遅くなることはまずなかったけれど、私の妊娠がわかってからはさらに大急ぎで帰ってくるようになった。

 だからもうすぐ帰ってくるはずだ。

 まぁもともと翔ちゃんの帰りが早かったのはさっさと帰ってゲームをしたかっただけということはお見通しだけどね……。

 それでも夫が早く帰って来てくれるに越したことは無いし、お腹も随分と大きくなり身動きしにくくなった今となってはさらに心強い。


 翔ちゃんのことは初めて会った頃から気になっていた。

 長身でスラッとしていて顔もまぁまぁかっこ良かった。

 そして何よりその人柄が良かった。

 勤務態度は真面目で人当たりがよくて、年上相手にはもちろん年下である私やさらに後輩相手にも丁寧に接し、気を配っていた。

 だから困ったことがあったら自然と翔ちゃんに声をかけるようになったし、逆に翔ちゃんが困っていたら助けてあげようと思った。

 でも翔ちゃんはそつなく仕事をこなすのでなかなか私が助けるチャンスはなかったけれど……。

 そうしているうちに時々お土産をもらったり二人で出掛けたりすることが増えて、だんだんと距離が縮まっていった。

 翔ちゃんに告白された時は飛び上がるほど嬉しかったし、プロポーズされたときは喜びすぎて挙動不審になっていた自覚があった。

 私は昔から感情が素直に出てしまうのだ。

 ただ、初めて翔ちゃんの部屋にお呼ばれしたときは少し驚いた。

 一見綺麗にされているのだが部屋の見える部分だけ掃除した感が否めず、置き場所に困ったものをとりあえず部屋の端に押しやったのが何となくわかった。

 使った食器が洗われずに流しに置きっぱなしだったのも何度か見かけた。

 本人に聞いたら、「水につけとくと汚れがとれやすいから……」と言っていたけれど本当かなぁ?

 面倒くさがって放置してるだけとかじゃないよね?

 それに、休日は基本外出せず一日中ゴロゴロしているかゲームをしているみたいだった。

 どれも職場のイメージからは想像できない姿だ。

 仕事で疲れているのかなぁ?

 でもこの生活はよくないと思う。

 普段仕事で助けてもらっているぶん私生活で助けてあげようと思った。


 私生活はだらしない翔ちゃんだけど誕生日や記念日は仕事よろしくきっちりお祝いしてくれる。

 いつだったか、ちょっと良いなーと思っていたアクセサリーを誕生日にプレゼントしてもらったことがある。

 欲しいなんて一言も翔ちゃんに言っていなかったから、「こいつエスパーか?」とびっくりしたけど、その二ヶ月くらい前に私が友達と、「これかわいいねー」と話していたのをたまたま聞いて覚えていたらしい。

 私ですら忘れていたのに、大切にされてるんだなぁと実感した。


 そんな翔ちゃんは私の妊娠がわかったときもすごく喜んでくれた。

 初めての出産は色々不安もあるけど翔ちゃんが一緒なら平気だと思える。

 きっと今頃必死で女の子の名前を考えてるんだろうなぁ。


「そろそろお父さんが帰ってくる時間ですよー、もしかしたらあなたの名前が決まるかもね」


 私はお腹の赤ちゃんに呼び掛ける。

 私は一人っ子で両親には大切にされたけど少し寂しく育ったので、兄弟三人仲良く賑やかな翔ちゃんの家族が少し羨ましい。


「あなたが寂しくないようにお母さんたちちょっと頑張っちゃおうかなー、なんてね」


 自分で言って少し恥ずかしくなる。

 きっと今も顔に出ちゃってるんだろうなぁ。

 翔ちゃんに見られなくて良かった。

 急いで私は思考を変える。

 そういえば今日の午後やっていたゲームで手強い敵に遭遇したんだ。

 翔ちゃんが帰ってきたら手伝ってもらおう。

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