「箸収め」

坂口真弓さかぐちまゆみは玄関の引き戸を開けると小さく息を飲んだ。


襖で仕切られた家のあちこちに大量に箸が積まれていた。


長いものから短いもの、朱塗りの高級品からキャラクターものまで、

古くも新しくも多種多様な箸が雑然と家のあちこちで山を形成している。


スマホアプリ「神様さがし」で何気なしにこの場所に寄ってみた真弓だったが、

ほとんど足の踏み場もないほど箸の積まれたこの家に半ば圧倒されていた。


…何十年。いや、何百年経ったらこうなるのかしら?

ともかくすごいわ、これ。


そんなことを考えていると、不意に上から声がかけられた。

「おや、あなたもこの家に招かれたんですね。」


気がつけば、階段の上から一人の上品そうなおばあさんが会釈している。

彼女も片手に数本の箸を握り、真弓の持つ小さな手提げカバンに目線を移した。


「カバンの中、そこにお箸が入っているでしょう、出してもらっても良い?」


「あ、はい」と、真弓は慌ててカバンを探る。

付き合っている彼からはよく「貧乏性」と揶揄されるが、真弓は自分の箸を持参するタイプだった。外でお弁当を食べるときはもちろんのこと、コンビニの弁当を買うときに万一箸の入れ忘れがあったとしても、これなら問題ないからだ。


出したのは木製の箸入れにしまっていた朱塗りの箸で、

おばあさんはそれを見ると嬉しそうにうなずいた。


「あらあら、立派な箸ねえ。年季も入っているし…でも、そろそろ寿命ね。

 ほら、ここにヒビが入っているわ。」


そうして指差す場所を見れば、確かに箸の横に薄い亀裂が入っている。

「きっと、お箸もここで天寿を全うしたかったのね。」


そう言うと、おばあさんは真弓を手招き階段を上らせる。


「ちょうどよかったわ、女性がもう一人必要でね、

 この仕事には最低でも二人は必要だから…」


なんのことかはわからねど、とりあえずついていく真弓。

狭くて急な木の階段を上がると、そこにもまた大量に積まれた箸があった。


「さあ、もう直ぐ来るわよ…」


おばあさんの言葉に首をかしげる真弓。

その時、ひゅううっと風の通り抜ける音が辺りに響いた…

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