4-3
香道なぎさは病院の霊安室で兄、香道秋彦の遺体と対面した。
警察から香道が重症を負って病院に運ばれたと連絡を受けたのが日付が変わる直前だった。なぎさが両親に連れられて病院に駆けつけた時にはすでに兄は帰らぬ人となっていた。
今が何時かもわからない。先ほど時間を確認したはずなのに忘れてしまった。
兄の亡骸を前にしても不思議と涙は出ず、泣いている両親が冷たくなった兄にすがりつく姿をなぎさはじっと見つめるだけ。現実味のない夢だな……などと彼女は呆然としていた。それくらい、何が起きているのかわからなかった。これは夢なのか現実なのか…。
(お兄ちゃんが……死んだ?)
足元のおぼつかないふわふわとした感覚のまま霊安室を出た。廊下には兄の上司の上野警部が立っている。
「早河さんはどこにいるんですか?」
『早河も肩を撃たれているので傷の治療をしています』
「そう……ですか」
彼女は感情の宿らない虚ろな瞳を上野からそらし、廊下のソファーに座った。どのくらいそうしていたかわからないがやがて足音が聞こえてきた。
「恵さん……」
兄の恋人、桐原恵がこちらに向かって歩いてくる。硬い表情の恵の目元には泣いた跡が残っていた。
『ご両親が中にいらっしゃいます』
上野が恵に言う。恵は無言で頷き、霊安室の扉をそっと開けて中に入った。
日付がいつの間にか8月14日になっていた午前3時、なぎさはタクシーで両親よりも先に自宅に戻った。静けさに包まれた家にひとりきり。
自室のベッドに伏せた途端に視界が滲んだ。
ようやく泣けた。どうして今まで泣けなかったのだろう。
兄と一緒に暮らしたこの家に戻って来てやっと現実を知った。もう兄はいない。この家に兄は帰って来ない。
「まだ言いたいことたくさんあったのに」
ありがとう、も、ごめんなさい。も言えないまま、こんなに急にいなくなるなんて。
夜明け前の暗い部屋の中で彼女は泣きわめいた。
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