第十九話 過保護
大きくなった魔法古書店。
その分、たくさんの本が並べられます。おばあさんから買い取った本とフォックス社から新しく仕入れた本を並べていました。
「ナナちゃん、それかして」
「これぐらい。平気です」
「いいから、いいから」
私が本を抱えて二階から降りてくると、アソウさんが取り上げていきました。持っていたのは、たったの三冊だったのに。
「それなら私はお掃除でも」
新調した棚を拭くのにはしごを用意しました。ところが、
「あ、俺がやるから」
アソウさんは私が手にしていた雑巾を奪い取って、軽やかにはしごを登っていきます。私は空いた手を見つめ、アソウさんを見上げました。
「もう! 私は妊婦さんか何かですか⁉」
いくらなんでも丁重に扱いすぎです。
「うわっ、妊婦⁉ いきなり大声を出さないでよ。びっくりして落ちるかと思った」
声に驚いたアソウさんは棚に捕まっていますが、さらに反論してきました。
「大体、ナナちゃん、身体が弱くてこの前倒れたばっかりじゃん。こういう体力を使うのは俺がするから」
「それはもう治りました! ジニーに魔法もかけてもらいましたし!」
私は元々身体が弱かったのですが、ジニーの魔法で健康に保たれています。倒れたのはジニーにから離れてはしゃぎ過ぎたせいなので、お店の中で働くぐらい何でもないのです。
『なになに、ケンカー? また店を二つに分けるつもり?』
本のジニーがふわふわと浮いて、私とアソウさんの間にやってきました。
「いや、いやいや。俺とナナちゃんはこの通り仲良しだから! 店を分ける必要なんてないから!」
アソウさんは作り笑いを浮かべて、私の肩に手を置きます。
「な! ナナちゃん!」
今度は私の顔を覗き込んできました。
「……。それなら、お言葉に甘えさせてもらって、部屋で一休みさせてもらいます」
「うんっ。客も来ないし、その方がいいよ」
私は二階にある自室に入り、ぼふんとベッドに飛び込みました。アソウさんは私の気も知らないで、いきなり接近しすぎです。
*
正直、ナナちゃんは俺の気持ちも知らないで勝手をし過ぎだと思う。俺ははしごから降りて、ジニーに話しかけた。
「なぁ、ジニー。ナナちゃんがちゃんと休んでいるか見て来いよ」
『えー、さすがに部屋で休んでいるんじゃない?』
ジニーはそう言うが二階で本の整理でもしていそうだ。
『ていうかー。別にいいじゃん。魔法は効いているんだから。店が別々な時はそんなに気にしていなかったくせにさ』
「そりゃ、見えなければそこまで気にしなかったけど……。ナナちゃん倒れたばっかりだし。それに」
『それに?』
何となく言いづらくて俺は黙ってしまう。
「いや、何でもない」
『なんだよ。気になるじゃん。アソウー、遠慮しないで何でも言っていいから』
「大した事じゃないからさ。それより今日は店を早めに閉めて、二人の快気祝いをしよう。店の新装開店祝いも兼ねて」
俺は積んであった本を適当に本棚に並べていく。並べながら晩飯のごちそうのメニューを考えた。
俺は町の大通りの露店に買い物に来ていた。
魔法が効いていることは分かっている。それでも心配するのはやはり実際に倒れている姿を見たせいだろう。この町の医者を呼んだ時、高熱を出しているナナちゃんに薬を飲ませるぐらいのことしか出来なかった。向こうの世界にいれば点滴なりなんなり、医療処置をとるだろう。薬だってちゃんと効いていたか分からない。別にこちらの世界の医者が信用ならないって訳じゃないけど、やはり環境が違う。
本当なら元の世界に帰った方がいいんだろうけど、ナナさんはきっとまだ帰りたいとは思っていない。帰ったら学校に来たり来なかったりの生活になるのだろう。ニセジニー、ジニーの本の件も穏便に済んじゃったし。それを理由に帰ろうとは俺からは言えない。
病み上がりのナナちゃんに栄養のある料理をと思っても、どの野菜に栄養があるのか分からなかった。とりあえず、どんな卵でも栄養があるはずだと、サッカーボールほどの大きさがある卵を購入する。
*
アソウさんが変です。どこが変かと聞かれると返答に困るのですが、とにかく変です。私の顔をじっと見て、何か考えている風なのに聞いても答えてくれません。
「アソウさん、私に何か言いたいことがあるんじゃないですか?」
「えーと、じゃあそこのフライ返しとって」
「はい」
そうじゃないんですけど、私は壁に掛けてあるフライ返しをアソウさんに渡しました。私とアソウさんはキッチンで晩御飯の用意です。
「お招きいただき、ありがとうございます。アソウさんの料理って珍しくて美味しいから楽しみです」
沢山料理を買い込んだのでお世話になったリアンさんも招待していました。ダイニングの椅子に座っているリアンさんはご機嫌なようでおしゃべりです。
「ナナさんが元気になってよかったです。ナナさんが熱を出した時のアソウさんの慌てぶりと言ったら、それはもう大変なものでしたから。だけど、そうしていると本当に仲良し夫婦って感じですね」
「リアンさん、今なんと?」
私は包丁を持ったまま振り返りました。
「ひぃっ、わた、わたし、また、何かへへへ、変なことを」
「あー、ナナちゃんと俺は夫婦じゃないって前言ったよね」
アソウさんが卵をかき混ぜる手を止めて言います。
「えええ、ええ。でも、あれって照れ隠しかと、た、単に夫婦喧嘩をして、店を二つに分けてしまったのかと、一つになったから仲直りしたのかなって思ったんですけど、すすす、すみません! また、余計なことを!」
『まー、落ち着いて。ケンカして店が二つに分かれていたのは正解だけどね』
ジニーがリアンさんを慰めるように肩を叩きました。
「それより!」
私は思わず声を張りました。
「アソウさんがそんなに心配していたって本当ですか?」
私はそこまで心配をかけたとは知りませんでした。前もって身体が弱いことを話していましたし、熱を出しただけなので、うろたえるようなことはないと思っていました。
「はい。それはもう顔面蒼白で」
「リアンさん!」
今度はアソウさんが大きな声をだしました。
「え? え? 話しちゃいけないことでした?」
『いや、大丈夫だよー』
私は包丁を置き、アソウさんを見つめます。
「本当にご心配をかけてしまったんですね。熱を出すなんていつもの事なのに」
「いや、ナナちゃんにとってはいつもの事でも、俺にはいつもの事じゃないんだよ」
言われてみるとそれもそうだと思いました。私にとっての日常はアソウさんにとっての日常とは違う。
「そんな心配をかけてしまうなら、アソウさんだけ元の世界に……」
帰ってもらった方が、心配かけずに済む。そう言おうとしたら両腕を掴まれました。
「ジニーに俺だけ戻そうなんて言わないでよ。最初はなんでこんな理不尽なことに巻き込まれたんだって思ったけど、今は違うから。今はナナちゃんのこと」
え。とくんと胸が音を立てます。
「妹みたいに思っているから」
ほんのり頬が染めてしまった私が馬鹿でした。
「妹ですか」
『妹かー』
リアンさんとジニーがつぶやきました。
「だから、一人だけ置いていかないから安心して」
私はつい言ってしまいます。
「なんか逆にアソウさんだけ残して帰ろうかなって思いました」
「え、なんで⁉ ここ感激するところじゃない」
「冗談です。これからもよろしくお願いします」
妹でも構いません。それにアソウさんと一緒じゃなければ、魔法古書店もやる意味もありません。そう思える人がアソウさんでよかった。
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