第十六話 ジニー②

 僕は数日かけて、サンドスネークの絵と特徴を本に書き留めた。


 図鑑はあと一ページ。これが終わったらまた新しい本を書きだそうと思っていたけれど、もうこの一冊で終わりにしようと思う。


「なんで? お兄ちゃん強いし、モンスター観察好きじゃない」


 キャロルに言うとそう返された。


「そりゃ僕は魔法が得意だけどさー。一応まだ子供なんだよね。だからまた書く時は大人になって、冒険者にでもなった時かな」


「ふーん。でもお兄ちゃんなら今からでも、冒険者でも守衛にでもなれちゃうんじゃない? 知ってる? 魔法書って、書いた人が使える魔法しか使えないんだって」


「へー……」


 キャロルはこの魔法書で使える魔法を詳しく知らない。僕が書いた魔法書はかなり強力な高位魔法から特殊な魔法まで簡単に使える。つまりキャロルの言うことが本当なら使う機会がないそれらの魔法も、僕が使おうと思えば使えるということだ。


 魔法書は僕の潜在能力を映し出している。そう思うとドキドキと心臓が高鳴り出した。


「宮廷魔術師でも目指してみようかな」


「あはは、お兄ちゃんが宮廷魔術師?」


 軽く笑われたけれど、僕は結構本気だった。




 サンドスネークに襲われて数日後。


 僕は再び夜の砂漠に来ていた。今度はちゃんと服を着て、杖も持って来ている。凍える寒さと用心のためにシールド魔法を張った。


 最後のぺージだから珍しいモンスターを書きたいけれど、この前の時のように粘ることはやめておこう。それほど襲われたことが精神的に堪えていた。それに今までは父さんと母さんから教わる程度だったけど、これからは本格的に魔法を学ぼうと思っている。図鑑を書いている時間はない。


 僕は魔法書を小脇に抱えて、杖を構えながら歩いた。少し遠くの砂丘の影で何かが動く。

行ってみよう! そう思って走り出した時だ。バサッと音がして何かが空を囲う。


「うわっ!」


 それは重りが付いた網だった。僕は網に捕まり、地面に転がる。


「なっ! なんだよ、これ!」


 僕は思わず叫んだ。網目は大きいけど抜け出すことは出来ない。


「ふっふっふ。やっと来たわね」


 後ろから声がした。身体をねじるようにして後ろを振り返る。


「おばさん?」


「誰がおばさんよ! お姉さんでしょ!」


 僕がおばさんと言ったのは彼女が年齢不詳に見えたからだ。黒いウェーブがかった髪を一つに束ねている。


「まぁ、いいわ。坊やは帰ってきてくれたんだから」


 真っ赤な口紅を引いている口をⅤの字に曲げる。


「帰って?」


「何日前だったかしら。大きな蛇と戦っていたでしょう」


 僕は目を見開いた。まさか見られていたなんて。


「私はミレーヌ。この近くにあるお城に住んでいる魔女」


 自分のことを魔女だと名乗る人に初めて会った。魔術師ではなく魔女だと名乗るのは魔法を悪いことに使っているに違いなかった。


「あの蛇、実は私のペットだったの。私のお城を守っていたペット。ああ、気にしないで。愛着なんてみじんもないから」


 サンドスネークを倒した僕が憎くて捕まえたなら分かけれど、そうじゃない?


「どうして、自分を捕まえたんだって顔をしているわね。私の目的はそれ」


 ミレーヌは僕が手にしている本を指さした。それでやっと分かった。


「これは僕の大切な本だ」


 僕は網の隙間からミレーヌを睨みつけ、本を抱きかかえる。僕の本を使って悪いことに使うつもりだ。


「そうでしょうね。だけど何も本だけが欲しいわけじゃないわ。強力な魔法書を書けるあなたも一緒に欲しいのよ。あなたがたくさんの強力な魔法書を書けば、それだけ多くの魔法の軍隊が出来るわ! その一冊だけでも、万の軍隊にも匹敵するけどね」


 グッと本を持つ手に力がこもる。


「どう? 私と一緒に世界を手に入れない? 頷いたら出してあげるわ」


 ミレーヌが顔を近づけて聞いてきた。僕の返事は決まっている。


「お前にやるのはこれだけだ! エツゥーオイツザーキ!」


 杖をミレーヌに向けて呪文を唱えた。稲妻がミレーヌを襲う。かと、思った。


「うわああああっ!」


 稲妻は僕が捕まっている網の中で暴れた。


「な、なんで」


「子供だからって、それだけの魔法が使える奴に何の対策もしていないはずないでしょ。この網には結界魔法をかけておいたわ。逃げようとしても移転魔法だって使えないわよ」


 魔女というのは伊達ではなかったわけだ。魔法が唯一の手段の僕はなすすべもない。やっぱり図鑑の完成させるために来るべきじゃなかったんだ。


「さあ、時間はたっぷりあるわ。私のお城に行ってゆっくり話しましょう」


 地面がズズズと揺れ始める。そして砂の地面から巨大な蛇、サンドスネークが現れた。一体何匹いるのか。ミレーヌは蛇の頭の上に乗った。


「さ、お客様を連れて行くわよ」


 ミレーヌがそう言うと、サンドスネークは網を器用に牙に引っ掛け、持ち上げた。




 揺らされながら僕は本のページをめくる。頼みの綱は僕が作った魔法書だけ。


 結界が張られていて、移転魔法は使えない。危害を加えられない様にシールド魔法は張り直した。攻撃魔法は自分に跳ね返ってくる。


 何かないか、何か……。


 ここに書かれているモンスターは全て僕と戦ったモンスターだ。だから使ったことがなくても、発現される魔法は何となくだけど分かる。あるページで僕は手を止めた。




「さーて、到着よ」


 城と言いうより砦のような建物の前で、サンドスネークは止まった。僕は地面に降ろされ、ミレーヌはザクザクと音を立てて近づいてくる。


「坊やは、あらっ!?」


 声をひっくり返してミレーヌは駆けてきた。そして網をひっくり返して中身を出す。


「上着と本だけ……。あの坊や、どうやって結界から出たって言うの」


 そう、あるのは上着と本だけだ。


「まあ、本だけでも十分成果はあったけれど」


 本を手にしたミレーヌ。上着にも手を伸ばす。


『触るな!』


 僕は思わず声を上げてしまった。ミレーヌの手から離れ、宙に浮く。


「なに? その声、まさか……」


『そう。僕だよ』


 僕は魔法で本になっていた。以前、相手の姿かたち、能力の全てを模倣するモンスターと相対したことがある。僕を模倣してきて、すごく厄介な相手で結局倒すことは出来なかった。その魔法を僕は本に向けて使ったのだ。


 模倣して本そのものになった僕には分かった。この本は世間の目に触れてはいけない。この本は僕の潜在能力を表している。本自体になって、僕は僕自身が怖くなった。


「どうしたの。その姿、ま、まぁいいわ。私と一緒に来てくれるわよね」


『そんなわけないよね』


 結界魔法から解放された僕は、すでに上着の下に隠していた本を安全な場所に移転させている。


 その晩、僕はその力を余すことなく使った。そして、もう二度と人の姿には戻らなかった。

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