第十二話 お出かけ①

『キャロル元気そうだったなー。よかった、よかった』


 店番をしていると、ジニーがやってきた。フォックス社から帰って来てから、数日経つというのに思い出したようにこぼす。


「そんなに懐かしがるなら、行ってやればいいじゃん。ジニーなら一瞬で行けるんだろ? 向こうも寂しがっているっぽかったしさ」


『……。忘れたの、アソウ。離れると魔法が効かなくなって、本当は病弱なナナは倒れちゃうかもしれないんだよ』


「じゃあ、ナナちゃんと一緒に」


『そんなにホイホイ店は開けられないよー』


 それ以上俺は何も言わない。何かと理由をつけてジニーはキャロルに会わないようにしているように思えた。


「こんにちは」


「あ。いらっしゃい、リアンさん」


 声のする方を見るとリアンさんが笑顔で入り口から入ってきている。


「何か本をお探しですか?」


 時々、リアンさんは勉強になるからと魔法書を買ってくれていた。新しい住居も落ち着いて、魔法書士の仕事も順調らしい。


「あ、ああ。す、すみません。今日はお買い物じゃなくて、新作の魔法書が出来たので見ていただこうかと……その、ジニーさんに」


 申し訳なさそうにしているリアンさんは両手で赤い表紙の本を手にしていた。ナナちゃんじゃなくて俺の店の方に来るのは珍しいなと思ったら、目当てはジニーらしい。たぶん魔力でどっちにいるのか分かるのだろう。


『どれどれー? 見せてみてよ』


「はっ、はいっ!」


 リアンさんの本をジニーが覗き込む。何だか先生と生徒のような光景だ。


「リアンさん、上に行きませんか? 俺、お茶でも淹れますよ」


 ジニーと話すならその方がいいだろうと、俺は二階に案内した。



  *



 お客様が気持ちよく入店できるように、私は店の外をほうきで掃除しています。


「こんにちは、ナナちゃん」


「おじいさん、こんにちは」


 隣の仕立て屋のおじいさんと挨拶を交わしました。空の色も晴れやかな青で、雲一つありません。こんなに気持ちのいい午後はお買い物にでも行きたくなります。とはいえ、お店があるので離れられないのですが。私もたまにはそんな気分になります。


 さて、これで綺麗になりました。掃き清められた地面を眺めて、私は満足感に浸ります。視界の中に焦げ茶色の靴が入ります。ここは店の前ですので、きっとお客様でしょう。


「いらっしゃいませ」


 私は顔を上げて言いましたが、その姿を見てビクッと身を震わせてしまいました。

 そこにいたのは茶色いマントの人。フードを被って顔を隠していますが背丈や雰囲気から言っても、以前騒動を起こした方に間違いないでしょう。


「あ、あの……」


 思わずほうきを握る手に力がこもりました。


「いこ」


「へ?」


 子供のような口調に少し間が抜けた声が出てしまいました。


「遊びに行こう!」


 茶色いマントの方は戸惑う私には構わず腕を取って、走り出します。


「え、え? ちょっと」


「ほいっ」


 マントの中に隠していた魔法書を取り出して、そんな掛け声が聞こえました。地面に風の渦が回りだします。


「き、やぁぁぁ!」


 私は腕を引かれるまま、ほうきを手にしたまま、風に乗って空を飛んでいきました。




 ぼすん!


 そんな音が聞こえそうな勢いで、私と茶色いマントの方は茂った木の葉の中に着地しました。


「ど、こですか、ここは」


 急上昇と急下降の連続で頭がくらくらします。


「しーっ」


 茶色いマントの方が口に指を立てて顔を近づけてきました。


「しーって、どうして静かにしないと……」


「さて皆さん揃いましたか?」


 下から聞こえる声で、私はつい口を閉じて身をかがめました。ガサガサと慎重に葉をかき分けて下の様子を覗き込みます。


「これから昨日の復習をしますよ。いいですか?」


「「「はーい」」」


 そこは小さな校庭のようでした。一階建ての建物の前に黒いローブを羽織った子供たちが並んでいます。先生は黒いローブを羽織った白いヤギさんでした。眼鏡をかけたヤギさん先生は杖を持って、呪文を唱えます。


「オノマミオケテーダ」


 すると、ヤギさん先生の目の前に色鮮やかな七色の羽を持つ鳥が現れました。


「さぁ、皆さんも順番に披露してもらいますよ」


 どうやら召喚魔法の授業の様です。一人ずつ名前を呼ばれ、魔法を披露していきました。呼ばれる魔物は角の生えたウサギだったり、子供の背ほどある大きなトンボだったり、失敗して何も呼び出せなかったり。


「次、カーラさん」


 ヤギさん先生が呼ぶと三つ編みの女の子が返事をして立ち上がりました。


「あ、あの子は」


 見覚えがあると思ったら、以前古書店にお買い物に来た小さなお客様に間違いありません。小さなお客様カーラさんは先生の前に出てきて、杖を振りました。


「オノマミオケテーダ」


 呪文を可愛らしい声で唱えます。杖の先が微かに光り、ポンと羽の生えた小さな人間ピクシーが現れました。くるくるとカーラさんの周りを飛んで、肩に止まります。


「はい。カーラさん合格。それも二重丸です」


 ヤギさん先生はそう言いながら、成績表でしょう用紙に書き込みました。


「すごーい! カーラちゃん」


 元居た場所に戻るカーラさんは笑顔のお友達に迎えられました。


「えへへ。召喚魔法はすっごく練習したんだ。お手本見せてくれたおねぇちゃんみたいに魔法が使いたくて」


 カーラさんもにこにこ笑顔で嬉しそうです。


 お手本を見せたなんてとんでもない。私は魔法書に込められている魔力で魔法を使っただけでした。カーラさんは立派にあの魔法を自分の力で習得しているのです。


「皆さん、一生懸命で可愛らしいですね」


 下の様子を眺めているだけで、胸がほっこり暖かくなってきました。


「よし、次いこー」


「え? あ!」


 茶色のマントの声に振り返る前に、私は空に連れ出されていました。



  *



 俺はリアンさんを二階に案内してお茶を出し、店に戻ってきた。


 なかなか客が来ないとはいえ、そんなに長く店を開けておくわけにはいかない。しばらく店の中を掃除し、本を整理し、魔法リストをチェックし、入荷した書物(フォックス社からいくつか手に入れた)を読む。


 難解な哲学的な内容の書物で、だんだんとまぶたが降りてくるのを感じた。客もいないし、このまままどろみに身を任せてもいいかと思っているその時だ。


 バンッ!!


「たたたた、たた、大変です!」


『大変だよー!』


 大音量を立てて開かれたドア。半分夢の中に入っていた俺は椅子から滑り落ちそうになった。


「なんだよ。二人そろって、魔法談議に花を咲かせていたんじゃないのか?」


 俺はリアンさんとジニーを振り返った。ジニーは分からないが、リアンさんは青い顔をしている。


「そそそそ、それが! ナ、ナナナ、ナナさんがいな、いなくなったんです!」


「なんだって?」


 俺は口の端にでていたよだれを拭いながら、立ち上がった。

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