1-2.静岡 一日目

 竹本の態度が気にいらない里奈は頬を膨らませて隼人の肩にもたれた。


「ねぇ隼人。竹本の奴、次の会長は自分だって言いふらしてるらしいよ」

『ああ。知ってる』


どれだけ声を潜めて会話をしてもバスの車内ではたかが知れる。隼人と里奈のやりとりに竹本は聞き耳を立てているだろう。


「どうするの?」

『どうするって何が』

「竹本は隼人に取って代わろうとしてるのよ。学祭のミスターもあいつは自分がなる気でいる。お金の力で票を買うつもりなんだよ。学祭の実行委員会の何人かは竹本に買収されてるって噂もある。このまま竹本に好き勝手させていいの?」


金に物を言わせる竹本のやり方を非難したくなる里奈の気持ちもわかるが正直、隼人はどうでもよかった。


『別にいいんじゃねぇの? どうせ俺らはこの合宿が終わればサークルは引退だ。三年の誰かが会長になるのは当然のこと。元々ミスターには興味ねぇし……いつの間にか出場することになってたけど、ミスターコン今年は辞退してぇな。過去の優勝者が毎年出るのもおかしいだろ?』

「そんなことない! 隼人は特例で出場が認められてるんだよ? 啓徳大学史上初のミスター啓徳四連覇がかかってるの。隼人は絶対にぜぇーったいにミスターコン出ないとダメ! 学祭の目玉なんだから!」

『四連覇ねぇ……』


おそらく外部からかなりの集客があるのだろう。毎年ミスターコンテストに出場することで客寄せに使われている気分だ。


 里奈との会話が面倒になってきた隼人は両耳にイヤホンをはめて外界を遮断した。

麻衣子はそんな隼人と里奈の様子を一瞥して目をそらす。

このミステリー研究会幹部メンバーにはただの仲良しグループではない雰囲気が漂っていた。


 バスは青い空と青い海を一望できる坂道を軽快なスピードで下っていく。


『8日の午前10時にお迎えに参ります』


バスが停車して運転手が告げた。皆がぞろぞろとバスを降りていく中、一番最後にバスを降りた隼人は風を感じて立ち止まる。木立に並ぶ木々が大袈裟に葉を揺らしていた。


「隼人どうしたの?」


バスが走り去る方向を見つめる隼人に気付いた麻衣子が話しかける。隼人は肩をすくめて麻衣子の方に向き直った。


『ん? いや……』

「はやとー! 何やってるの? 早く行こぉ?」


甘えた口調で里奈が腕に絡み付いてきて、隼人は言い掛けた口を閉ざす。サングラスをかけた彼の視線はまたバスが去った方向を見ていたが、里奈にせかされて隼人は歩き出した。

 ――“このまま進んでもいいのか”――そんな言葉が隼人の心を支配していた。


 足元の悪い砂利道を歩いてその先の大きな橋を渡ると、青い屋根の二階建ての洋館が見えてきた。入り口のアーチに張り巡らされたオレンジ色のノウゼンカズラ、庭には夏の主役のひまわりや星形の花弁が特徴的なピンク色のペンタスが咲き乱れている。

ここはまさに花の楽園だ。


「ペンションと言うよりもお屋敷みたいね」


洋館を見上げて麻衣子が感嘆の呟きを漏らす。


「もとはどこかの財閥の別荘だったようです。それをオーナーが買い取ってペンションに改装したんですよ」


あかりの説明に、カメラマンの松下は旧財閥の名称をいくつか挙げて福山と佐藤相手に蘊蓄うんちくを披露していた。松下は建築に造詣が深いようだ。


 ペンションの扉が開いて品の良い婦人とポニーテールの少女が現れた。


『やぁ冴子さん、美月ちゃん。久しぶり。みんな、ここのオーナーの奥さんの冴子さんと姪の美月ちゃんだ』

「皆様、長旅お疲れ様です」


福山の紹介を受けて冴子と美月が一同に会釈する。美月のポニーテールの毛先が左右に揺れた。


『姪っ子ってあの子か。けっこう可愛いじゃん』


渡辺が隼人に耳打ちする。終始、隼人の側にいる里奈は今は麻衣子とあかりと会話をしていて幸いにも側にいない。

隼人はサングラスを外し、玄関先で福山と立ち話をする美月を凝視した。


『そうだな。暇潰しにたまには高校生と遊ぶのも悪くない』

『さっきはガキには興味ないと言っていたのはどちらさんだっけ?』

『本人見て気が変わった』

『現金な奴。確かにあの子は隼人の好みの美人系だよな』

『俺としてはあっちの奥さんの方が好み。人妻なのが惜しい』


 隼人と渡辺の不埒な会話が繰り広げられているとは知らない他の者達は早くこの暑さから逃れようと、玄関に続く小道を連れ立って進む。

どこかで蝉が鳴いていた。

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